手料理スキルは必須です
ライラットの手料理がとんでもない結果に……?
レヴィが人狼とひと悶着起こし、きっちり後始末を付けてから一時間後……狩りから帰ってきたライラットが早速とばかりに食事を振る舞ったのであるが。
「…ほんとマジで使えねーな、お前。自炊すらろくにやって来なかったのかよ」
仏頂面でぼやくレヴィの目の前にあるのは、肉らしき何かだ。肉の匂いこそするが、表面は焦げ焦げ状態、一部は炭化までしている有り様の酷いもの。
これが本日の昼食である、もう一度言おう本日の昼食である。何かの罰ゲームかとさえ思えるコレを食べろと言われたら誰だって嫌な顔をするだろう。実際、レヴィは露骨に嫌そうな顔をしている。
「し、仕方ないだろうっ、食事は宿や露店で済ませてたんだからっ」
気まずそうにしながらライラットが言う。普通の猪の倍はデカいブラッドボアという魔物を仕留め、それを担ぎながら颯爽と戻ってきたところはカッコ良くもあったが、それを炭肉にしてしまった今はそのカッコ良さは雲散霧消した。
こと戦闘関連に関しては文句無しのスキルがあるのだが、家事全般となると途端にポンコツと化してしまうのだ。今回は血抜きと皮を剥ぐところまでは素材収集の仕事をしてた経緯もあったので無難にこなしてたのだが、調理する段階で盛大に躓いてしまったのである。
今までは料理が出来ずとも特に不自由してこなかったので、腕を上げようなんて事もしてこなかったツケが回ってきてしまったのだ。
「……まぁ、俺と組んでた時にそういうのは薄々分かってたけど、それにしたって酷すぎるだろーがこれはよ。てめ、こんな焦げ臭肉を食って動けってか?この料理音痴が」
見下しMAXの視線をぶつけながら遠慮無しにズバズバ言ってくる。自分の不手際でもあったので最初は大人しくしていたが、何度も何度もしつこく言ってきて次第に腹が立ってきた。
「ほんとにどうしようもねーなー。せっかくの捕った肉をこんなクソマズ飯にしやがって。ほんとクソだなクッソ、こんなもん虫でも食えやしねーだろ。ほんと、料理下手にも程があんだよぶきっちょ女」
「う、うるさいっ!そこまでミソカスに貶さんでも良いだろうっ、大体偉そうに言うお前は出来るのかっ?」
ボロクソに貶されて流石にライラットも反論した。実際レスタードで活動してた最中にレヴィが料理を作ってるところなど見た事が無い。依頼中の食事はお互いに露店で購入したものを食べてたのだから。
それを指摘してやったのだが、レヴィは余裕綽々といった感じだった。
「当たり前だろうが。俺は今まであちこちの地方を回ってたんだからな、いつも宿に泊まれる訳じゃねーし、料理のスキルぐらいは身に付けてんだよ……せっかくだしな、俺の腕前を見せてやろうじゃねーか」
言うが早いか、レヴィがポシェットから小鍋やら包丁やらの料理道具を取り出す。そしてまだ残っていた肉を使って調理の準備を始めた。
手慣れた感じに思えるが、ライラットはどうせ大した事ないだろうと高を括っていた。
(ふんっ、どうせ口だけだっ。出来ても大したものじゃなかったら大いに嘲笑ってくれるっ!)
~十五分後~
「ほら、完成したぜ。どーよ?」
「…………ごくりっ」
レヴィが差し出してみせた鍋の中身を見て、思わず喉を鳴らして見いる。不出来な出来映えだと嘲笑ってやろうなんていう気持ちは見た瞬間に飛んでしまった。
小鍋の中にあるのはじっくり煮込まれたミルクの海とブロック状に小さく切られた人参などの野菜類、そしてブラッドボアの肉がミルクに浸りながら浮かんでいる。
シチューと呼ばれる料理でライラットも何度か食した事はあるのだが……ここまで香ばしく食欲もそそられる匂いがするものを見るのは初めてだ。
料理道具と同じくレヴィはポシェットから取り出した食器類にとろとろのシチューをよそい始める。
「ん~、我ながら良い出来だぜ……まずは一口っと」
椀に注いだシチューの匂いを嗅ぎつつ、スプーンで掬った分がレヴィの口にへと入る。さも美味そうな顔で自分の手作りシチューを吟味した。
「うん、問題なく美味いな。野菜の柔らかさもバッチシだし、肉の煮込み具合も満点だぜ♪……何杯でもおかわりしちまう味だな、これはよ」
「……ぐびっ」
目の前で美味しそうな料理をさも美味しそうに食べられたら誰だって腹を空かせてしまうだろう。事実、頻繁に喉を鳴らしてしまってるライラットは空腹感を覚えている。狩りで体力も幾らか消耗したのも手伝って彼女は飢えていた。
「ん?何だよ、人が舌鼓打ってるとこをじろじろとよ」
「うっ、その……わ、私にも分けてくれるか?小腹が空いてきて……」
「は?分けねーけど?つーか、そもそもお前の分なんて最初からねーよ」
何言ってんのお前?みたいな顔で断られた。これにはライラットも怒った。
「なっ!……き、貴様っ、食事を作ると言っておきながら自分だけ食う気かっ?」
「何を言ってんだか……作るとは言ったけど、お前の分も一緒になんて言ったか?言ってねーだろ、バーカ」
「バ、バカだとぉっ……わ、私には飢え死にでもしろというのかっ!」
すると、レヴィがある一点を指差した。差した方には、ライラットが失敗してしまった焦げ付き肉の塊が置いてある。よくも失敗してくれたな~的な無念そうなオーラを出してる気がしないでもない。
「自分が作ったもんなんだから自分で責任持って処理しろよ……もちろん捨てるんじゃなくて食ってだけどな。ちょうど腹減ってんだろ?残さず食べろよ」
「む、むぐぐぐっ……」
確かに焦がしてしまったとは言え、狩猟で得た食糧を無造作に捨ててしまうのは良くはない……良くはないが、納得は出来かねる。確かに腹は満たされるだろうが満足感には程遠いものなのだから。
とは言え、冒険者たる自分が空腹だからと人から食事を奪うなど卑しすぎる。例え、相手が性格が悪いひねくれ小僧だとしてもそれは同じ事である。
ライラットは仕方なく、こんがりと言うより焦げがりに焼けた炭肉に手を伸ばし、モソモソと食べ始めるがやはり見た目どおり不味かった。
「うぅ……こ、焦げ臭い……ほとんど炭の味だこれは……な、泣けてくるぞ……」
もちろん感激の涙でなく不味いものを食べてる己の不遇さからである。哀愁を漂わせながら食べてる姿は、例えるなら仕事から帰った亭主が冷めきったご飯を無言で食してるみたいな感じだ。
そんなライラットをニヤニヤしながら、これみよがしにシチューを見せびらかしながらレヴィが煽りまくる。
「あー、美味いなほんと美味いなー。手の届くところに美味いシチューがあんのに、焦げたマズ肉を食わなきゃなんねーなんて可哀想になぁ?ほんと見ていて哀れに見えてくんなー?けど、残念ながら俺専用だから分けられも出来ねーんだけどなぁ?あー、美味い美味い。舌が蕩けちまいそうだわー♪」
「ううぅぅぅっ!もうっ……くれる気が無いなら見せつけて食うなぁっ!この性悪男ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
全く持って質の悪い絡みをされながら、ライラットは焦げ付き肉をむさむさ食べるのだった…………。
△ △ △
そんな賑やか(?)な食事をしてる二人から遠く離れた場所にて、三人の人狼たちが沈痛な面持ちで座りあっていた。
「…………はぁ……」
「…………」
「…………ち、ちくしょうっ……」
三人とも口数が少なく、まるで己の不運を呪うかのような空気が場に充満している。
ついでに言うとこの三人の人狼たちは装備も付けてなく服も着ていなかった……いやだからといって全裸という訳ではなく、人狼故に胴体などはふさふさした毛に覆われてるので大事な部分は見えない筈……なのだが全員が良く言えば個性的な、悪く言えば奇抜な格好をしていた。
まず、片目に刀傷がある逞しい体つきの人狼は……頭部の毛が中央を除いてツルツルに刈られており、世にも面白き玉ねぎヘアーとなっている。体の方は乳首回りにハート型の模様があしらわれていて、変態という毛文字が全身各所にあるなどキッツい有り様だ。
もう一人の雄の人狼に至っては頭がつるっぱげ同然になっている……いや一部には残っているのだ。ただし、十字を折り曲げたようなマークにされた毛だけが後頭部にあるだけだが。正直言うとダサいの一言である。
極めつけは腹部と背中にデカデカとある『バカ』という文字だ。これも一部の毛を刈り上げて出来たもので、逆に凄いとさえ言える。
そして、残る一人は女性の人狼なのだが……彼女は顔を真っ赤にさせて両腕を使って体を隠すようにして縮こまっている。
こちらは先の男ふたりと違って頭の毛が丸刈りな訳でも奇抜な髪型になってる訳でもないのだが……首から下がえらい事になっている。
まず、慎ましい膨らみのある胸や股間といった局部回りだけの毛だけ残されて後はつるつるになっているのだ。毛皮の下は人間と変わりない肌面積が広がっているのだが、より際立たせてるのが残された毛にある。
胸の場合は極小のビキニでも着けた状態になっていて、下半身はハイレグのような形の毛しか無かったのだ。大事なところは隠されてる訳なのだが、スレンダーな体型と安産型のヒップが強調されてぶっちゃけエロスの一言しかない。
「……もう俺は生きていけん……」
「……こころ……へしおれた……」
「……こ、こんなかっこにするなんてっ、あいつ絶対に許さないっ!」
三者三様に嘆いているこの人狼たちは何を隠そう、ついさっきレヴィを襲っていた人狼の盗賊三兄弟である。
三人とも敢えなく敗北し、目を覚ましてみたら身ぐるみ剥がされてこんな惨状になっていたのだ。お互いに酷い姿を目の当たりにして、卒倒しかけた。
間違いなく、こんな姿にさせたのはあの見た目に合わない武闘派な少年だろう。無駄に器用な手先の良さを恨めしく思う。
また嘆いているのは負けただけでなく、人狼にとってはアイデンティティにもなる体毛がごっそり刈られてしまった事だ。
毛深い体毛が無い人狼の肉体は顔以外は人間と遜色ない為で、彼らが自らの毛を刈る事は愚か切る事すら無いぐらいだ。
それが今ではハート模様があしらわれてるだの、バカ文字が書かれてるだの、卑猥な姿にされてるだの、人狼の尊厳をダイナマイトで発破解体の如く砕かれたのだ。心がポッキリ折れてしまうのも仕方ない事だった。
生え揃うのを待とうにも、人狼の体毛の伸びは速くないし、ここまで刈られてしまったら元通りになるまで十年単位は掛かるだろう。
「……弟よ、これからは森の奥で静かに暮らすとしよう……」
「……そうだなあにき、おれもうひとまえにでるのこわい……」
長男のガルバと次男のベルガは元凶であるレヴィに仕返しするという事すら思えず、森に引きこもるのを選択したようだ。特にベルガなど、幼児のように辿々しい言葉遣いになっていて余程に重症のようらしい。
「……ボクは行かないよ」
だが、長女のフェリルだけは兄の提案を拒否した。それに目を剥いたガルバはすぐに何故着いてこないのかと問い質した。
「こんな格好にされたってのに、尻尾を巻いて引きこもるだなんて敗けを完全に認めたようものじゃない。そんなの、ボクは絶対にしないから」
男っぽい口調から察される通り、フェリルは負けん気と意地が強い。そんな彼女にしてみれば、こんな破廉恥な姿にしたあの生意気な少年に背を見せて逃げ隠れするなど承服しかねる事だった。
「……ならどうするつもりだ?まさか奴に復讐を考えてるのなら、止めておけ。アレは俺たちよりも多くの修羅場を潜ってきた人間の臭いと凄みを感じた……生半可な手段で借りを返せる相手じゃない」
それは直感的なものであったがガルバは確信していた。あの見た目相応の年齢でありそうながら、敵への迎撃には一切の躊躇も感じさせない素振りを見たのだ。
その上で自分たちの命を見逃してやったのは、また襲ってきてもどうという事はないというのを示している……言うなれば実力で完全に凌駕してると言ってるようなものだ。
それでもフェリルに諦めようなんていう素振りは無かった。
「別に方法が力ずくだけって事は無いでしょ……それにそんな単純に力で捩じ伏せてもボクの気は晴れやしない。あいつにはボクの受けた屈辱を何倍にも増して返させてやりたいんだ。兄さんが何と言おうとボクは諦めないよ、絶対にっ!」
「っ!……フェ、フェリルっ……」
それだけ言うと、立ち上がって踵を返して駆け出してしまった。ガルバは引き留めようと口を動かしたが名前だけ呼んで後は何も言わずにただ見送った。
姿が掻き消えたところで、ガルバは項垂れるようになりながら地面に力無く座り込んだ。
屈辱を感じてるのはガルバも同じなのだ……ただ、本能からあいつに臆してしまっているのを自覚していた。たぶん、目の前で相対したらすぐに戦意喪失してしまうだろう。それ以前に近づきもしない筈だ。
だが、この屈辱をどうにかして晴らしてやりたい気持ちもある……それがあったからこそ、無理してでも妹を止めなかった。下手をしたら返り討ちにあって、今度こそ殺されるかもという可能性を考えながらも。
「……酷い兄だな、俺は……」
「あ、あにき……ふぇりるのあねきはどう、するんだ?」
「……どうもせんさ。俺たちは森の奥でひっそり暮らすだけだ、無事に帰ってこようとこまいと同じだ……さぁ、行くぞ」
すっかり覇気を失ったガルバは自己嫌悪に陥るも妹の身を案じていた。
せめて……せめてなら一矢を報いた後で無事に帰ってきてくれと願いながら、弟を連れて人気の無い森の奥へと消えたのだった。
「そう言えば、なぜ焚き火など炊いていたんだ?」
「いらねーもんがあったから燃やしてたんだよ」
要らないものの正体……三兄弟の体毛です。一部はちゃっかり懐に入れてますが。