人狼の盗賊三兄弟
絶賛爆睡中のレヴィを木々に隠れながら見る不審な影があった。影は三つだが、正体を隠すようにマントを被っていて人相も分からない……しかし、頭の部分に妙な膨らみがあってそれは三人に共通していた。
「……本当に隙だらけで寝ているな」
「なぁ?言った通りだろ兄貴。周りにゃあ、護衛らしき姿もねぇし今なら襲い放題だぜ」
「確かにそうだね。他に通り掛かる人間もいないし、これって神からのゴーサインに違いないんじゃない?」
何やら物騒な会話をしあう三人組。内容からレヴィを襲うつもりのようだ。話を終えて纏め役らしき影が最初に躍り出ると、残りの二人も後に続いた。
走っていく先はレヴィがいる方角だったが、異様なのは三人の走り方だ。犬のように四足歩行で原っぱを疾走しているのだ。
時折見える、地を駆ける手足は人のそれでなく爪が長く毛深い体毛が生えていた。見た目だけでなく、速度も犬並で100メートル程は離れていた場所からあっという間にレヴィの側にへと走り寄っていく。
怪しい者たちが近づいているにも関わらずに、この期に及んでもまだレヴィは夢の中にいてる。
「ZZZ……ZZZ……」
「こいつぁ……結構な上玉だな。遠目からじゃあ、よく分からなかったが……かなりの美人だぞ」
感嘆するように言ってるが素の性格は悪辣そのものである。とは言え、レヴィの本性を知らぬ三人にしてみれば、天使のような寝顔で無防備に寝入ってる美少女にしか写っていない。
「な、なぁガバラの兄貴。どの道、目ぼしい物を奪ったら殺るか売り飛ばすかすんだろっ?ちょ、ちょっとだけ味見とかよぉ……」
「このお馬鹿さん」
「あでぇっ!?な、何すんだよ姉貴ぃ」
レヴィの男らしからぬ艶かしい太股に欲情でもしたのか、鼻息荒くしていたそいつを姉貴と呼ばれた人物が拳骨を浴びせた。
やや低音気味のボイスの持ち主は、被ってるマントで顔も分かりにくく少年のような口調だが姉貴と呼ばれているのでどうやら女性のようだった。
「全く、デレデレとしちゃって……少しは鼻を効かせなよ。見た目すごい可愛いけど、こいつ男だよ」
「えっ!?マジかよフェリルの姉貴っ……すんすん……あぁ、本当だっ。男の臭いだっ!ちくしょう、騙しやがったなこの野郎っ、何てふてぇ野郎だっ!」
「騒ぐなベルガ。目を覚ましたら面倒だろう」
どうやら三人は兄弟らしい。纏め役の男が長男のガバラで長女と思われるフェリル、そして次男であろうベルガ。
この三人……こうして街道脇の森に潜みながら、旅人や行商人を襲って強盗殺人を繰り返す盗賊である。大抵の奴は殺してから金品を奪い去って死体を燃やして証拠隠滅を図ってるが、顔立ちが整っていた場合は知り合いの奴隷商人に売り捌く悪辣な真似までやっていた。
騒ぐ弟を嗜めつつ、長男のガバラは素早くレヴィの品定めを始める。
(ふん……身なりは良いし、見てくれも悪くない。男と差し引いても尚余る美貌だ……こいつはバラすよりも奴隷商に売り飛ばした方がより儲けられるかもな。男でもこれだけ整ってたら価値も高くつくだろう……その前にこいつの持ってる鞄に値打ちものがあるかどうか調べるか)
幸いにも弟が騒いでいてもまだ目覚める様子が無い。注意しつつ、レヴィの腰元に提げられたポシェットの中身を物色しようとゆっくり手を伸ばした。
そして、十数センチのところまで伸ばしたところで突然に腹部に衝撃が走った。
「っ!?」
何が起こったのか即座には分からなかったが、目に写る景色が遠ざかっていく事から己の身が後方に向かって吹っ飛んでいくのは理解した。そのままいけば地面を滑走するように落ちただろうが、器用に空中で体勢を整えると難なく着地してみせた。しかし腹に受けた衝撃は思いの外強く、その場に踞った。
「ガ、ガバラの兄貴ぃっ!」
「大丈夫っ、兄さんっ?」
弟と妹が泡を喰った表情で急いで駆け付けてくる。二人も一瞬の間に何が起こったのかは知らない。ただいきなり前触れもなく、兄がその場から弾かれるように吹っ飛んだ事しか分からなかった。
「だ、大丈夫だ。少し腹に違和感はあるがっ……ぬっ」
腹部を擦りなから起き上がろうとしたガバラは、先程まで熟睡してた筈の標的が起き上がってるのを見た。あとの二人もそれに気がつき、すぐに身構える。
「……てめーら。人が気持ち良く安眠を貪ってるところを邪魔しやがって……頭蓋骨、抜き取ってやるぞこら、ああんっ?」
仁王立ちになってめちゃくちゃドスの効いた声と脅しでこちらを威圧してきた。安らかだった寝顔は見る影も無くなって、不機嫌を更に五倍増しした表情には明らかな怒りが読み取れた。
見た目とは裏腹な粗暴な口調に面食らうも、ガルバは冷静に判断する。
(一体何が起こったっ?……いや考えるのは後回しだ。今はとにかく、こいつを気絶させるなりせんと。変に手間取って、人目についたら面倒だ)
目配せをして妹と弟に意図を伝える。それに反応していち早く動いたのはベルガだった。四足ダッシュで標的の間近にまで瞬く間に迫り、鋭い手刀の一撃を首筋に目掛けて放った。
どこか抜けてるような感じのベルガであったが、一連の動作には淀みがなく素早く正確な攻撃だった。訓練を積んでる兵士や冒険者ならいざ知らず、ただの一般人ではとても対応できないスピードである。
振られた手刀が吸い込まれるように首元に向かっていき、そのまま意識を刈り取って万事上手く終了する……筈だった。
「甘ぇよ」
「んなっ!」
それまで棒立ちでいた標的が、当たる直前で身を捻るようにしてかわしたのだ。あのタイミングで避けられた事に動揺してしまったベルガは、ほんの少しの間だが硬直してしまった。
「隙ありだぜ、おらぁっ!」
「がぶっ!?」
その一瞬の間に、ベルガの顔面に強烈なストレートキックがお見舞いされた。完全に足がめり込んで歯が何本か折れる。
血を吹き出しながら倒れた拍子に被っていたマントが脱げて、その素顔が露になった。
「……へぇー、人狼だったのか。ここらじゃ珍しい種族だな」
倒れたベルガの顔は人ではなかった。
その頭部はどこから見ても狼そのもので、口からは鋭い牙を覗かせている。それを見たレヴィは既に知っていたようで、その種族名を言い当ててみせた。
人狼……狼の頭を持った亜人種で、人里には滅多に下りてこず森の中に集落を作って集団生活を営んでる者たちだ。
総じて人間よりも身体能力に秀でており、狼譲りの俊足が特に際立つが種族数自体はそう多くはないのも特徴である。
性格は男女共に粗野で荒っぽい者が多く、犯罪に手を染める者も多く一部では蔑みの対象にもされている。
「となると……てめーらも同じ口か?人狼は同じ奴でつるんで行動する習性があるからな」
「ふん……やけに詳しいな」
見られた以上は顔を隠す必要も無くなってしまったガバラは素顔を晒した。ベルガと同じ狼の顔だが片目には斜めに走る斬り傷があり、目付きもより鋭いなど修羅場を多く踏んでいそうな精魂な顔つきをしていた。
フェリルも同じくフードを脱いだが、こちらは人間の女性とほぼ同じ顔であった。相違点といえば鼻が犬のような形をしてるのと犬耳があるぐらいで、顔立ち自体は整ってる部類だ。
人でいうなら二十代に差し掛かる顔つきで、茶髪のショートヘアーに金色に光る瞳をしていて綺麗に見える。
「あっさりしてんな。種族がバレたからってわざわざ顔を出してくれるとはよ」
「別に同じ事だ。見たお前自身が誰かに喋れる訳も無いのだからな……生け捕るつもりだったが、可愛い弟をのしてくれた礼はせねばならん。五体満足でいられると思うなっ、行くぞフェリル!」
「オーケーだよ、兄さんっ!はっ!」
人狼の二人が同時に駆け出す。人体程度なら容易く肉を抉り切る爪を展開し、レヴィにへと再接近する。弟よりも更に素早い動きで左右から挟み込むように近づき、自慢の爪が振るわれる。
当たれば鎧などすら着ていないレヴィの体を豆腐のように抉ったであろう攻撃だったが。
「よっとっ」
体を反らして爪の軌道から逃れると、そのまま背面飛びをしてガバラたちから離れた。それでもすぐさまに追撃がされ、それぞれの両爪が容赦なく振るわれるが涼しげな様子でかわし続けた。見事と称賛もできる体捌きにガバラは内ながら感心する。
男としてはモヤシとも言える細い体で肉体的に鍛えられた様子は無いであるのに、自分たち人狼の俊敏な動きを完璧に見切っているかのようだ。それも二人を同時に相手にである。
なのに反撃の兆候が見られないのは、こちらの事を舐めているのか……薄笑った顔がそうだと言ってるようで、ひそかに立腹するが直にその笑いを凍らせてくれようとほくそ笑む。
「ふふ、そのなりだから見くびっていたぞ。相当に戦闘慣れしていると見た」
「あぁ、その通りだぜ。言っとくが今さらここで逃げても見逃してやんねーよ。俺の安眠を邪魔したお礼はたっぷりしてやるからよ」
「へぇ、デカい口を叩くねぇっ」
この見た目が美少女のような少年は自分たちに負けやしないという自信に満ち溢れているようだ。だがしかし、その自信が慢心だったという事をすぐに知らされる事になるだろう。
「けどさ、ボクたちの攻撃を見切ってるからって、あんまり得意顔してると足元を掬われるよ?」
「ほぉー、追い剥ぎに説教されるとはなぁ。で、どう掬われるんだよ?」
「……こういう事さっ!」
「っ!」
その時、軽やかなステップを踏んでいたレヴィの体がガクッと不自然に止まった。視線を足元に落とすと、足首を毛深い手が握り掴んで動きを止めさせていたのだ。
掴んでいる相手は、レヴィが最初に気絶させていた人狼のベルガであった。
まだ顔から血を流しているベルガはレヴィとガルバたちの攻防の最中に覚醒したのだがまだ顔面蹴りのダメージが残っており、立ち上がる事は出来なかった。
しかし、這いずっての移動は何とか可能でレヴィの背後に回ろうとにじり寄っていたのを見たガルバとフェリルは避けられながらも弟が掴み取れる場所にまで誘導させていたのだ。
「ぐふっ……ど、どうだ、これで動けねぇだろっ。兄貴、姉貴っ、今の内に致命傷を与えてくれっ」
「おぅっ!これでっ……止めだっ!」
「バイバイ、お馬鹿さんっ!」
その場から移動できないレヴィ目掛けて、五指の爪が胸部と腹部に迫る。足の動きを止めてる以上、そこから大きな回避は無理な状態。
鋭い爪先が胸と腹に突き刺さるのは避けきれないだろう。防御するにしても素手で防げるほど甘くはない。腕を交差して防ごうと、筋肉の付いてない細腕など何の障害にもならない。
少なくともガルバとフェリルはそう踏んだ。そう踏んでいた。それが覆される事態など全く予期していなかったのが大きな隙になるとも知らずに。
「ほい、キャッチ」
「何っ!?」
「えっ、そんなっ?」
迫り来るガルバとフェリルの爪が体まで十センチ間近まで行ったところで、レヴィが動いた。何とあっさりと手首を掴んで止めてみせたのだ。しかもそれぞれを片手でである。
これには二人とも狼狽する。動きの先を予期していようと、振られた腕を止めるなど生半可な者では出来ない。
しかも二人は人狼なのだ。力は人間の男を上回る剛腕であるのに、それを片腕で楽々と掴み取られた事が信じられなかった。
だが止められた事は事実だった。大きく動揺したガルバだったが、すぐに気を取り直させて腕を進ませて爪を食い込ませようと力む。
ところが、腕は掴み取られたところから進まない。全身全霊でもって押そうとしてもびくともしない。反対に抜かせようとしてもこれまた無理だった。
フェリルも同様で、押しも出来なければ引くも出来なくなってしまってる。
簡単に薙ぎ倒せそうだと思ってたのに、少年の底知れぬ実力を肌で感じ取ってガルバは嫌な汗を掻いた。そこでまだ片腕が残ってる事にようやく気が付き、そちらで切り刻もうとしたが遅かった。
「こいつは返すぜ。受け取りな」
「へっ?返すってなんっー」
ブォンッ!と風を切る重い音が鳴る。
一瞬で視界が上下反転したベルガは何が何だか分からないままに何かに叩きつけられた。そこで彼の意識は途切れ、寸前に姉の苦悶のような声が聞こえた気がしたが何が起こったのかついぞ理解できないままに気を失う。
「あぐっ!?」
「フェリルっ!」
一方のガルバはその一部始終を目撃していた。だがその目で見たにも関わらず彼は信じられなかった。
弟のベルガが掴まった状態の左足を持ち上げてみせると、そのまま横殴りするように高速で振ったのだ。体重七十キロ程度はあるベルガが掴まったままであるのに信じられない力である。
そしてそのまま質量弾代わりにされたベルガはフェリルに激突し、フェリルの方も反応が遅れてまともにぶつかって互いに意識を失ってしまった。
「後はてめーで終いだな。おらっ!」
「なっ、ぐがっ!?」
姉弟の身を案じて視線をレヴィから外したのが運のつき。掌底による一撃を顎に受けたガルバはたちまちの内に意識が遠退いていく。
人間より優れた身体能力を持つタフな人狼の三人は手傷すら負わせられずに敗北したのであった。
力なく崩れ落ちたガルバの腕を離して一瞥し、二人纏めてのされたフェリル、ベルガを見やった後は眠たそうに生欠伸までした。
「ふわぁ~~っ……あー、中途半端に寝ちまって戦っちまったし、気分最悪だぜ。ぶっ飛ばした程度じゃ憂さが晴れねーなぁ」
どうやらまだ気分は晴れないようで、苛々とした表情のままだ。よもや気絶してるとこを死体蹴りでもやる気だろうか。
「…………お、そうだ。良い詫びの方法思い付いちゃったぜ」
何かを閃いたレヴィは、ポシェットの中を漁ってある物を取り出した。それは一見すると、どこにでもありそうな普通のハサミだった。
ハサミの歯をかざしながら、気絶してる人狼の兄弟に近づくレヴィの顔は清々しいまでの悪どい笑顔をしながらジョキジョキと何かを切ってくのであった……。
人狼たちの哀れな顛末は次の回にて。