旅立ちの時
その日、レスタードの冒険者ギルドでは青天の霹靂ものの話が舞い込んだ。
今日まで色々と話題に事欠かなかった美少年冒険者のレヴィが街を離れるというのだ。この話をギルド職員から聞いたギルドマスターは、留まってくれるかどうかの打診をした。
僅かな期間とはいえ、彼が持ち寄ってくる素材はいずれも希少なだけでなく実用性もあったのでギルド側としては出来れば有能な人材は手元に置いておきたい意向もあったのだが返答は残念ながら色好いものではなかった。
「そうか……これ以上は留まってくれないか」
執務室にて、レスタードの冒険者ギルドのトップを勤めるアンザンは落胆したような顔だった。彼の目の前で長椅子に座っている小柄で華奢な少年……レヴィにもう少しだけでも良いから滞在してくれないかと頼んでいたのだ。結果は残念ながらNOであったが。
「すみません、ギルドマスター。ですが……」
「ああ、皆まで言わんでいいよ。そもそも君はフリーの冒険者なのだから、こっちから束縛するような真似は出来んしな……まぁ、ちょっともったいない気はあるが潔く諦めよう」
思いの外、あっさりとアンザンは引き下がった。これがもし他方のギルドに所属していたならば、そこのギルドマスターに直談判でもなんでもしてごり押ししてやるつもりだったがフリーの冒険者相手ではギルドマスターの権限もほとんど意味を為さない。
「まぁ、今日まで様々な素材を卸してくれたしな。これだけでもウチにとっては相応な稼ぎに繋がった。また機会があれば寄って貰いたいんだがな」
「そこは絶対という確約は取れませんけど……またいつかは寄らせて貰います」
「うん。そんじゃあ、余所に行っても達者でな」
ギルドマスターに挨拶を済ませたレヴィは執務室を出ていく。そこからギルドから出る途中でも多くの冒険者に詰め寄られていた。
ほとんどは女性の冒険者だった。レヴィと同じ十代半ばの少女から、二十を過ぎた成人女性まで幅広い年齢層の女性がよってたかって詰めかかっている。
荒事な仕事も多い関係上、男の冒険者はむさ苦しいのが占めており、その中で美少女のように整った顔立ちのレヴィは女性たちからアイドル並の人気を獲得していた。可愛い可愛いと連呼すれば「そんなに可愛いなんて言わないでください。ぼくだって男なんですからっ」と不満げに頬を膨らまして抗議するところもまためちゃカワと評判であった。
街から出ていくという事から暫く揉みくちゃにされていたレヴィだったが、ようやく群がる女性の輪から脱出できた。乱れてしまった髪を整えてると、そこへまた女性が近づいてきた。
しかし、さっきの人たちと違って目の色を変えてるようではなかった。
「あ、受付嬢のミーティアさん。どうも」
「あはは、また群がられちゃってたねー。まぁレヴィくんみたいな可愛い子には縁が無いからね皆」
「むぅ……ミーティアさんまでそんな事言うんですか。男のぼくに可愛いなんて誉め言葉は嬉しくないんですよ」
「そうだったわねー。そうそう、街を出るって話は聞いたよ。レヴィくんなら他のギルドに行ってもすぐに馴染めると思うけど頑張ってね」
実際、ここでもその見た目にほだされた女性だけでなく毒気の無い風貌に裏表が無い性格もあって男性冒険者たちからも邪険には扱われず上手くやっていた。最も、あのライラットと組んでいたという事も関係してるが。
「次はどこに行くのか決まってるの?」
「そうですね……特には無いですけど、今度は西の方面に足を伸ばすつもりです」
「そうなんだ…………それで、レヴィくん……ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何ですか?」
「……ライラットさんはどこに?レヴィくんが来てるのにいないみたいなんだけど」
そう。見た限りではギルドに来ているのはレヴィだけで、あのライラットの姿が見えなかったのだ。もし来ていたならば、さっき女性たちに囲まれてた際に助けに来た筈であるのに。
「あの人とは……宿屋で別れてそれっきりなんです」
「そう、なんだ。そのさ……こんな事聞くのは野暮って分かってるんだけどね……彼女に告白とか、されちゃった?」
それに対して頷きで返したレヴィに、ミーティアは共に来ていない理由を察した。
たぶんに想いを伝えたが結果はフラれてしまったのだろうと。それで顔を会わせるのも気まずくなってしまったので、彼の前から姿を消したに違いない。
(素直そうな子だから受けてくれると思いもしてたけど、意外とガードが固かったかぁ……後押しした手前、私も顔を会わせづらいよ)
どう慰めてあげるべきか。何せ初恋が早々に実らなくなってしまったのだから。精神的なダメージは大きかろう。もしかしたら依頼が手につかない程に落ち込んでるかもしれない。
こっちから探すよりも心に整理をつけさせてあげる時間をあげて、向こうから来るまで傍観しておいた方が良さげかもしれない。
それからやけ酒や愚痴にでも付き合ってあげようと思った。
「ミーティアさん……もし、ライラットさんが来たら伝えて貰って良いですか?……ぼくは気持ちに応えられなかったけど、貴女と過ごした時の事は忘れませんって」
「……分かったわ。言える状態だったら伝えるから」
「ありがとうございます。それでは……今日までお世話になりました」
ぺこりと礼儀正しくお辞儀して、レヴィがギルドから出ていく。その後ろ姿に何か感慨深いものを覚えながらミーティアは見送ったのだった。
ほんの短い時だったが、彼の存在感は大きかった。やはりいなくなると、何か侘しさが込み上げてしまうものがあった。
…………それからは、まだたむろしてる冒険者たちにさっさと仕事するように言って解散させるとミーティアも受付と事務の仕事に取り掛かる。
やりながらライラットが来たらどうやってフォローしてあげようかと脳内シミュレートしつつ机に向かって暫く書類を片付けていると、一人のギルド職員がやって来た。手には何か封筒のような物を持っている。
「あ、ミーティアさん。その……これを」
「何かしら?……えっ、ギルドからの除籍願い届けっ!?」
封筒に書かれてるそれを見てミーティアが驚く。
ギルドに除籍を願う……それは所属から離れてフリーの冒険者になるという事なのだ。一旦これが受理されると、もうどこのギルドに行っても流れ者の冒険者扱いをされる。わざわざ不安定な生活になろうとする者は滅多にいない。ミーティアとて、この書類を見るのは初めてだ。
しかし、何故これを一介の職員が持ってるのか。普通こんな重要な事は届け出の本人がギルドの責任者等に手渡しするものなのに。
「ちょっ、ちょっとっ、これって誰から渡されたのっ?」
「それが……ライラットさんからだったんですよ」
「えぇっ!!」
ますます驚くミーティア。このタイミングでこれを出してきた……それも直接でなく職員に受け渡して本人は姿を現さず。嫌な予感が頭をよぎった。
「ほ、本当に彼女からこれを?」
「はい。出勤してくる途中で会ったんですがこれを渡されたんですよ……僕も最初は驚いて理由を聞こうと思ったんですが、その……何か凄く張り詰めた空気を纏ってて、詳しく聞く勇気が出なくて……」
これは……もしやフラれたショックで放浪の旅に出る事を決めたのか。ミーティアにはそうとしか思えなかった。
しかし、ライラットはこのギルドで色々と重宝されているベテラン冒険者だ。このままスムーズに受理という訳にも行かないのだが、いつ受け取ったのかを聞けばもう一時間近くは経ってしまってる。恐らくは既に街から出ていってしまってるだろう。
「早まったことしたわね、もう~……取り敢えず、ギルマスには報告しておかないと」
またゴタゴタが起きるなぁとミーティアはぼやいたが、そこまでショックだった事の裏返しでもある。
帰ってくるにしても、せめて心の傷は癒された状態であって欲しいと願ったのだった…………………………。
△ △ △
ライラットがギルドから抜けるというそんな事が起こってるとは露知らず。レスタードから出たレヴィは、街道を西沿いにへと向かって歩いていた。
本日は快晴であり、旅立ちには絶好の天気日和である。時々、すれ違う人がその容姿に気を取られて振り返るというのが何度もあったが本人にしてみればいつもの事であり、特に気にしてもいない。
そうして歩いてること、二時間が過ぎたぐらいで休憩でも取ろうとしたのか、ちょうど大きめの樹が立ってる辺りで立ち止まった。
幹の根本に座ってポシェットから食べ物を取り出して食事を始めた。何でもない事なのだが、いつもとは違っている事があった。
ライラットと共にいた時はこういう野外で食べる時なんかは脚を崩して女性っぽい座りかたをしていたのだが、今は片膝を立てた少し行儀が良くない座りになっている。食べてる物にしてもサンドイッチのような軽食が専らであったのに、今は串に刺された肉汁を滴らせるぶっとい肉巻きを頬張っている。
ガツガツと食欲旺盛だが、食べるのも早ければ量も多い。大人でも一本で腹が満たされる肉巻きを一挙に三本もぺろりと平らげたのだ。あの細い体によく入ったもんであると感心したいところである。
口の回りについた肉汁を舐めとり人心地ついて伸びをしていると、そこへ誰かが近付いてくる。
旅人……にしてはシルエットがやけにゴツい。それに背中には武器のような物を背負っている。冒険者か或いは傭兵か……その答えはレヴィの目の前に来たところで判明する。
「……あれ?ライラットさんじゃないですか」
「………………」
やって来たのは何と、レスタードで彼と臨時にパーティを組んでいた女性戦士のライラットであったのだ。
「どうしたんですか、こんなところまで?ひょっとして、何かの依頼のついでに見送りに来てくれたんですか♪」
「………………」
ところが、どうにも様子がおかしかった。人懐っこい笑顔を振り撒くレヴィに、対して、ライラットの顔は怒気が滾ってるようで一言も喋らずに無言でレヴィを睨むようにしている。
「ライラットさん?どうしてそんなに怒ったような顔をして……」
「白々しい演技はいい加減にしろ」
冷えたような口調に刺々しい気配。彼と組んでいた時にはまず無かった声色で、豹変でもしたかのようだ。目を丸くするレヴィを睨み付けながら、ライラットが続ける。
「昨夜の事はハッキリと覚えてるからな。お前だって、このまましらを切れると思ってないだろ。本音を出して喋って貰うからな」
「…………ふぅ」
溜め息ひとつ。それをした直後のレヴィの印象がガラリと変わる。
人懐っこい笑顔が消え失せ、代わりに他人を嘲るような微笑が浮かぶ。ぱっちり開いてた目は細められて切れ長の鋭い目付きに早変わりする。
ほんの数瞬で可愛げのある少年が、腹に一物抱えた油断なら無い気配を漂わせる男にへとなったのだ。
「やっぱ騙されちゃくんねーよな。昨日あんだけ滅茶苦茶にヤってやったもんなぁ……なぁ?お堅くてうぶなライラットさん♪」
「ちっ……」
少年っぽさが残ってたハスキーボイスが低い声になり、口調まで荒っぽくなっている。それを見たライラットは忌々しい顔で舌打ちまでした。
一体これはどういう事なのか……それは昨夜、ライラットが彼に告白したところまで遡る……。
遂に裏の顔を出したレヴィ。告白劇の間に何があったのかは、次回にて明かします。