決死の告白劇
ライラットの初恋、大詰め段階です。
顔馴染みからの叱咤激励を受けて、思いの丈をレヴィに伝える事を決めたライラットだったが宿屋に帰りついてから衝撃の話を聞かされた。
「な、何だってっ!?……明日にはここを発つのかっ?」
宿屋の食堂スペースにてレヴィと談笑しながら食事を取っていたのだが座っていた椅子から立ち上がってしまう程に驚くライラット。対面に座ってるレヴィは済まなそうな表情で話を続けた。
「はい。突然に言ってすみません、今朝から言おうかと思ってたんですがライラットさんがどこに出掛けていったのか分からなくて帰られるまで言いそびれちゃいまして……」
「そ、それに関しては行き先を告げてなかった私に落ち度はあるんだが……どうしてまた急にっ?」
各地を転々と旅してる事から、いつかはこのレスタードから離れる事は承知していたが聞かずにはいられなかった。
「路銀も大丈夫なぐらいに貯まりましたし、それに顔と名も街中に拡がって仕事もしづらくなってきましたからそろそろ旅立つ頃合いだと思ったんです。今日までパーティを組んでくれて、ライラットさんには本当に感謝していますよ。心身共に頼れる人に出会えて、ぼくも嬉しかったです♪」
向けられる純真無垢な笑顔。いつもだったら見とれてしまう可愛らしさだが、今だと何だか涙が出てきてしまいそうになる。
遂に離れていってしまうのだ。初めての恋を抱いた彼が自分の側から離れていってしまう。もし出来るなら彼に同行していきたいとも思ったが、そうなるとこの街のギルドからも離れる事を意味する。
職員や同僚、それに住民からも自分は頼りにされている貴重な上級冒険者なのだ。恋の為にそれらの期待を置き去りにして出ていくのを躊躇ってしまう。
それにレヴィが誰かの同行を許すのなら、自分が出会う前に誰かしらが居る筈なのだ。彼だけという事は、少なくともこれまでは誰の同行も要らないで旅をしてきた事になる。そうなると素直に連れていってくれる可能性は低かった。
そして短い間で培われた想い出が走馬灯のように駆け巡り、言い様のしれない様々な感情が走る中で、ライラットは思い詰めた顔で立ち竦んでから決意する。
(今夜だっ、もう今夜を置いて言う他ないっ!……たとえ受け入れられなくても私の想いだけは言っておきたいっ)
△ △ △
その晩……ライラットは錆び付いた人形のようにぎこちない動きをしながら宿の二階へ昇る階段を上がっていた。
ぎくしゃくしながら歩いて目は左右にチラチラと忙しなく動き回り、すれ違った宿の従業員はおかしな様子のライラットに声を掛ける事なく、むしろ下手に関わるべきじゃないと思ったのかそそくさと早足で通りすぎていった。
彼女が向かっているのはレヴィが泊まっている個室である。遂に満を辞して想いを伝えるべく、彼女は歩を進めている。
緊張しすぎて強張ってる顔は、今から犯罪やっちまうぜ的な異様な迫力を醸し出してしまってる。従業員が避けたのはそのせいでもあるが、ライラット本人でもどうしようもないぐらいに顔の筋肉が固まってしまっていた。
(リ、リラックスの為に風呂に入ったが、出てからものの五分ぐらいでもう緊張が振り切れてしまいそうなぐらいになってしまった……こ、こんな状態でちゃんと面と向かって話せるだろうかっ。ま、また明日の朝にでも伝えようか……いや駄目だ駄目っ、日和るな私っ。また次の機会にと先延ばししてる余裕なんか無いんだぞっ、絶対に今日の内に言わねばっ!)
何度も何度も妥協したくなる精神を奮い立たせてライラットは歩く。頭の中で話すべき言葉を整理していたら、もうレヴィの個室に辿り着いてしまった。
自分の足で来たのに何故こんなに早く着くんだ、もう少し心の準備をさせろとどにもやり場のない不満をぶつける。
とは言え、いつまでもドアの前で突っ立ってる訳にもいかない。ライラットは覚悟を決め、ノックをすると中からパタパタと音がしてからドアが開く。
「あ、ライラットさんでしたか。どうしたんですか、こんな時間に来るなんて初めてじゃないですか?」
「はぶぅっ!」
「えっ、どうしたんですかライラットさん?」
顔を会わせるなり鼻を押さえて踞るライラット。出てきたレヴィはこの時間帯なので寝間着に着替えてたようで、薄手のシャツにショートパンツという格好だったのだがそのお陰で男らしからぬ美脚を目の当たりにしてしまってライラットは直視しきれなかったらしい。
それでも気合いを振り絞って立ち上がり、レヴィと何とか面を会わせる。
「そ、その、そののっ……話、がしたくてっ。い、良いだろうかっ!」
「は、はい。ぼくは構いませんけど……大丈夫ですか?顔が真っ赤ですし、ちょっと動きが変ですけど」
「も、問題ないからっ!」
気を遣うレヴィを半ば強引に押しきってライラットは部屋へと入れて貰う。一人用の個室だけにそれほど広くない空間だが、掃除だけはしっかりされてるので清潔に手入れされている。ガチガチに緊張しながらライラットは直立不動の体勢で突っ立った。
「あの、座りますか?立ったままで話というのも何ですし」
「い、いや私は別に大丈夫だっ。レヴィこそ座って貰ってて良いから」
「そうですか。じゃあ」
ライラットは呼吸を整えて落ち着きを取り戻そうとするが、ベッドに腰掛けたレヴィを見てたら心臓がバクバクと破裂しそうなぐらいに鼓動してしまう。上から見下ろしてる姿勢なので、シャツの隙間から覗く平らな胸と突起が目についてしまって今にも鼻血が出てしまいそうだった。
「それで、話というのは何ですか?」
「う、うむっ、は、話というのはっ、その、あのだなっ」
「はい」
「レ、レレ、レヴィ、わ、私はっ……君の、事がっ!」
好きになった。後はその言葉を伝えれば良いのだが、どもりまくりの口は上手く動いてくれない。
それでも緊張を振り払って、ライラットは声を大にして告白した。
「す、すっ、すきゅ、スキュラぁっ!」
突拍子もない発言に、レヴィは目を丸くして硬直する。
「は?スキュラ、ですか?……別に好物という訳では無いですけど、それがどうしたんですか」
ここで解説しよう。この世界のスキュラは蛸と蛇が合体したような魚生類であり、気持ち悪い見た目とは裏腹にその身はマグロのごとき味わいでスキュラの刺身盛り合わせは高級料理店で富裕層に大人気の絶品食材なのである。
「って、そうじゃないだろうがぁぁぁぁぁぁっ!」
見当違いの事を宣った自分に渇を入れるべく、ライラットは壁に思いっきり頭を叩き付けた。木造の壁の一部が凹む程の勢いである。幸い、部屋の両隣には誰も泊まってないとは言え、宿の主人に弁償を迫られるのは確実である。
「あの、本当に大丈夫ですかライラットさん?」
「え゛え゛っ?何も問題ないがっ!」
声が裏返ってる上に額から血がちょっと出ている。どう見ても大丈夫でない、主に精神的にが。
頭の外と中を心配そうに見てくるレヴィに居たたまれない気になってくるが、血を流したお陰が少しばかり冷静さが戻ってきてくれた。咳払いをすると努めて平静を保つ。
「ごほんっ……私が言いたいのはだな…………告白、なんだ」
「告白、ですか?」
「そうだ。私は、私は……」
すぅと一呼吸おいて、彼女は正面から言った。
「好きなんだ、君の事がっ!」
「……えっ?ぼくの事が……好き、ですか?」
恋愛には奥手で純情でありながら堂々とした告白。言っておきながら羞恥心で更に顔を赤くさせる。非常に驚いたように目を点にさせながらレヴィが聞いてくる。
「その……好きって言うのは恋愛感情の好きって事で良いんですよね?」
「う、うんっ、そうだっ。私みたいな年増に好きなんて言われて迷惑かもしれないんだがっ……」
「迷惑だなんてそんな……それに確かにぼくから見れば年上ですけど年増なんかじゃないですよ。ライラットさんは十分に魅力的な女性です♪」
「へ、へうっ!?そ、そんな誉め殺すような事は言わないでくれっ、恥ずかしいっ……!」
告白という試練は乗り越えたのに更なる羞恥が襲ってくる。おかしい。好きというのを言えさえすれば少しはマシになる筈だと思ってたのにこれは詐欺だ。
混乱するライラットを余所に、レヴィが立ち上がってすぐ側までやって来る。あわあわと狼狽えるライラットに朗らかな笑みが向けられた。
「……本当にぼくなんかで良いんですか?見た目どおり、ぼくは女の子みたいな華奢な男だし。ライラットさんならお似合いのもっと頼れる人とかが……」
「た、頼れるとか、華奢とかそんなのは良いんだ別にっ……君という人間に私は惚れたんだ。も、もちろん年の差が離れすぎてる問題はあるが、何も付き合って欲しいという事でもないんだっ……ただ、このまま気持ちを伝えずに会えなくなるのが心苦しかっただけで……だから、君の、レヴィが私をどう想ってるかだけ言って欲しいんだっ」
ライラットの語る熱い想いをレヴィは一言も聞き逃さないようにしていた。
どんな返事を返してくれるのか、ライラットは仄かに期待しながら待った。
そして……
「ライラットさん……そこまでぼくの事を想っててくれたなんて嬉しいです」
「あ、レ、レヴィ……」
抱き締めてくれたレヴィの優しい語りに、ライラットは熱が上がりすぎて頭がクラクラし始める。
これは脈ありなのか。そう考えて良いのか。
期待の眼差しを向ける彼女だったが…………口調とは裏腹に、レヴィの顔には何やら暗い笑みがあった事は気づかないままだった。
そして……次の日、太陽が昇る時間帯になってもライラットは部屋から出ては来なかった。
ハッピーorブラック?
気になる方は次回にて判明。