64 いったん馴染むと離れがたい。雨の日のプールみたいに。
俺が眠りこけていた一日の内に、楠坂はすっかり騎士団に馴染んでいた。どれぐらい馴染んでいたかというと、制服を貰って訓練にまざっていて、俺がそのことに気が付かなかったくらい。
「あっ、おーい聖生!」
声をかけられて初めて気が付いた。
「楠坂?! お前何やってんの?」
「まぜてもらってた! なんだよここマジで異世界じゃん、すっげーな!」
楠坂はかなり興奮していた。そういやコイツ、なろう系の話とか大好きで、自分も書いてるやつだった。そりゃテンション上がるよな。
あ、と一瞬固まって、唐突に楠坂は神妙な顔つきになった。
「聞いたぜ、ハンクスとベスターとピットから。大変だったんだな、聖生」
「ああ、まぁ、うん」
「いやー、まさかお前が聖女なんてなぁ。似合い過ぎで笑った」
「おい。おいこら」
俺が軽く睨むと、楠坂は「冗談だよ」とけらけら笑い、その笑顔まま声だけを真剣な調子にした。
「マジでお疲れ。お前が死ななくて本当によかった」
「……おう」
「次は俺を巻き込まないようにちゃんと彼女作っておけよ」
「次があってたまるか! ……彼女は作るけど!」
なんてくだらない話をするのも随分と久々な感じだ。あんまり懐かしくて、楽しくて、うっかり涙腺が緩みそうになったけれど、他の騎士たちがどやどやと集まってきたから慌てて瞬きをして涙を追い払った。
宴席を用意してあるんで! と、まるでいつかのように引っ張られて、ずるずると食堂に連れていかれる。その道中も、食べ物を頬張っているときも、酒が入ってからも、ずっと俺は褒めたたえられた。みんなが笑顔で、心底から安心していて、そして俺に感謝していた。
俺は何度も泣きそうになった。守れてよかった、とか。俺一人じゃ無理だったよなぁ情けない、とか。いろいろな思いが、長かった道のりのあれこれと一緒にとめどなく浮かんできて――
――いつかの反省なんて喉元を過ぎた熱さ。
ハンクスやベスターやピットがいない、という違和感には気づいていたけれど、それを問い詰める暇もなく。
俺はすっかり飲み過ぎて潰れたのだった……。
「セイにぃ、セイにぃ! 起きてぇや!」
二日酔いでがんがんしている頭を押さえて、俺はのろのろと起き上がった。カーテンの隙間から、早朝の白い光が射し込んできている。今何時だ? 夜明け直後ぐらいじゃないか?
あー、昨日の記憶が途中から無い……俺またいらんこと言ったんだろうなぁ、やだなぁ。なんて思いながら、ベッドの脇でぴょこぴょこ跳ね回るピットを見る。
「おはよう」
「おはようさん! んでな、ボクが天才やっちゅう話なんよ、褒めてええで!」
「……なんもわっかんねぇけど、えらいえらい。さすがピットだな」
白黒の頭をなでてやると、ピットは得意げに笑った。
「で、何の話?」
「元の世界に戻る、っちゅう話や!」
「えっ」
「ほな行くで! こっちやこっち!」
俺はピットに手を引かれ、痛む頭を無視して走った。脳の中で“元の世界に戻る”という言葉がばたばたと飛び回って、頭痛がいっそうひどくなるみたいだった。
ピットが走りながらしゃべくり始める。
「一昨日からな、ボクらみんなで、セイにぃたちを元の世界に戻す方法を探しとったんよ」
「あ、だから昨日もいなかったんだ」
「せやで。でな、昨日の遅くにようやく見つけたんやけど、それがもうえらいこっちゃあって感じの方法で!」
「えらいこっちゃあ?」
「うん。時間制限があったんや」
時間制限。
「他の世界線から人を連れてこれんのはな、女神様と魔王だけなんやて。つまり、戻せんのもその二人――二人って言ってええのかな? まぁええわ。その二人だけってことになる」
「えっ、それじゃあ……」
「せや。女神様がのうなって、魔王を倒した時点で、セイにぃが帰る方法はなくなっとったんや」
けどな! とピットは矢継ぎ早に言った。走りながら出来る限界までふんぞり返って、得意げに。
「そこをボクがどうにかしたったんよ! まず神殿に残っとった魔王の魔力を掻き集めてな、それを分析して、それとあのー神官どもが使ってたけったいな転移魔法あったやろ? あれと、ボクが使える女神召喚魔法の理論を掛け合わせて逆流の魔法を組み上げたんや。これでセイにぃは帰れる!」
……理論上は、という小さな呟きが聞こえたけれど、俺は特に気にしなかった。
「けど、その魔王の魔力をとどめておくんがこれがまたむずかしゅうて。神官どもが上手いこと抑え込んでるけど、それももってあと一時間てとこや」
「一時間……」
「せやさかい、こない慌てて呼びに来たんよ。ハンにぃは情報収集のために王都まで行っとってな、今こっちに向かってる。ギリギリ間に合うと思うけど」
「……そっか。ありがとうピット。ハンクスにもちゃんとお礼が言えたらいいんだけど」
「ハンにぃのことや、何が何でも間に合わせると思うで」
「だな」
俺は出来る限りいつも通りに笑った。




