61 デジャヴュ
鼓膜をぶち破るような轟音に、肌までびりびりと打ち震えた。
思わずつぶってしまった目をそっと開く。
ピシャアンッッッ!
「どわっ!」
間髪入れずに、落雷、再び。
特に雷をめちゃくちゃ怖がるタイプってわけじゃないけど、こんな近くに落とされるなら話は別だ。だってたった数メートルしか離れていないところに即死級の電流が不可避のスピードでくるんだぜ? 恐怖はひとしお。
でも、
「これ、攻撃とちゃうな……」
ピットが呟いた。
確かに、俺たちに向かって落ちてくるというわけではない。
ぐるぐると渦を巻く暗雲は、どこか迷っているような――
ピシャアンッッッ!
三度目。今度は目を瞑らずに済んだ。
だから見えた。黒い稲妻が神殿の石を焼いて、もくもくと噴き上がった白い煙の向こうに、人の影が現れるのを……あれ、なんかこの光景見たことある気がするな。
その人は――そうだ、思い出した。あの煙は俺がここに呼び出された時に見たやつとよく似ていた。
そしてその反応もまた。
「え? なにここ。何これ。ハァ?」
煙が風に流されて、立ち尽くすその人の見開かれた目と、目が合った。
――瞬間に俺が受けた衝撃のすさまじさは、稲妻に貫かれたほうがまだ優しかったかもしれない。驚きすぎてしばらく言葉を失ったくらいで、ようやく出した声もほとんど悲鳴に近かった。
「く……楠坂?!」
見間違いなどするものか、親友の顔を! 明日からゲーム合宿やろうぜ、って言ってたまさにその相手を!
「知り合いなのか?」
「向こうの世界の、俺の親友」
ハンクスに頷いてみせて、それから改めてその懐かしい顔を見る。
楠坂は俺の家に来るときのようなラフな格好で、手にはぱんぱんに膨れ上がったコンビニの袋を提げていた。神殿にはまったく似合わない格好だ。
「え、聖生? なんでお前こんな……っていうか何ここ? お前んちいつから異世界に――え、異世界なのか? マジで?」
いつもの冷静沈着な顔が崩れて混乱しきっていた。
普段だったら笑えるところなのに、今は違う。一瞬の懐かしさと嬉しさが過ぎ去ったあとの胸中には、強い戸惑いしか残っていない。――どうして楠坂がここに?
「「あっ!!」」
大声を発したのは神官ズだ。
そして俺の腕を引き背を押す。
「な、なに? なに?!」
「マズいですヒジリオ様!」
「急いで彼に加護を!」
「早くしないと、魔王が!」
「えっ?」
慌てて向き直る。
と、空で渦巻いていた暗雲がにわかに高度を下げていた。竜巻のように細長くなり、その先端は――
――楠坂に向かっている!
俺はいつだってこうだ。事態に気づくのが遅すぎる!
「楠坂!」
「え、あ――」
駆け寄ろうとした俺を嘲笑うように、暗雲はあっという間に楠坂を包み込んでしまった。手から滑り落ちたビニール袋が石畳の上でガツンと音を立て、そこからビールの缶がころころと転がり出てきた。
「っ……!」
近寄ろうとした俺を、ハンクスが引き戻した。
ベスターもピットも前に立ち、神官ズは俺の周りをぐるりと囲む。
ピリピリと空気が張り詰めていた。空はどんどん暗くなっていき、遠くから魔物と思われる唸り声がとどろいてくる。
その中に、こみ上げる感情を抑えきれない、といった風情の笑いが。
「ふ……ふふ……」
それは楠坂の声をしていた。
「はっははははははっ! 親しき娘の一人もいないとは! 寂しいやつよの、聖女――いや、聖男といったか?」
「楠、坂……?」
「せっかく、娘の手で確実に息の根を、と思ったのだが」
楠坂――の顔はニヤリと笑い、下品に舌なめずりをした。目が赤い光をまとっている。
「まぁ、触れられなければ良いだけのこと。そして、貴様ら人間ごときに触れられるほど、我は安くない」
片手を上げて指先を鳴らす。
すると、黒い霧のようなものが楠坂の体を包み込み、次の瞬間甲冑に変わった。全身をくまなく覆う鎧兜。手には剣。
それを振りかざして、
「さて――蹂躙の時間だ!」
その号令を皮切りに、神殿の四方八方から魔物という魔物がうじゃうじゃと現れ出した。数え切れないほどの大群だ。ピットが慌てて杖を振り回し、ベスターが素早く矢をつがえる。
ハンクスは目の前の魔王にじっと対峙していた。
「ヒジリオ。貴様は、我が手ずから殺してくれよう」
「させるか!」
俺がまばたきをした一瞬のうちに、二人の剣がかち合って鋭い音を響き渡らせていた。




