表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/73

57 聖職者の定義に疑い有

 

 ハンクスは何も言わずに剣を抜き、何も無い空間に振り下ろした。

 ギィイイインッ、と耳障りな金属音が響き、剣が止まる。

 けれどハンクスは止まらなかった。何度も、何度も剣を振り、何度も見えない壁に阻まれる。


「ムダムダムダムダァッってやつですよ」

「いくらハンクス様と言えども、僕らがこの場で綿密に執拗に建設した結界は斬れません」

「あなたがたの時間稼ぎは僕らにとってもよい猶予でした。ありがとうございますぅ」


 くっそ話は理解したが相変わらずうざいなコイツラ! 変顔ヤメロ! 舌を出すな踊るな鼻の横で手をピロピロさせるな!


「ボクに任せぇ、ハンにぃ! 『来ぃや、我の忠実なる――」

「あ、それは」

「駄目ですね」

「神罰、てぇい!」


 ぱちんっと三つ子が指を鳴らした瞬間、突然落ちた雷がピットを撃った。


「ぎゃんっ!」

「ピット!」


 反射的に動いて、はじめて気が付いた。足に何かついてる! 冷たさに慣れ過ぎていたせいか全然気が付かなかった。鎖だ。石壇とつながれてんじゃん! うっわ、最悪! これが神官のすることかよ!


「おっと見逃しませんよ!」

「神罰神罰神罰!」

「てぇいてぇいてぇい!」


 神罰を豆鉄砲みたく気軽に撃つなよ!

 紫電が縦横に飛び交って、低いうめき声と倒れる音が二つ。


「ベスター! ハンクス!」


 後ろから回りこもうとしていたらしいベスターも、愚直に結界を叩き続けていたハンクスも、雷に撃たれて倒れ伏していた。


「いやぁ、神罰って一撃が重たいんですよねぇ」

「でもさすがハンクス様」

「二発くらって――まだ、立ち上がるとは」


 よろけながら、ふらつきながら、ハンクスは立ち上がった。でも剣先は下りたままだ。遠目にも苦しそうなのがよくわかる。


「あと一発」

「くらったら死ぬんじゃないですかね」

「その前に、ヒジリオ様?」


 三人がくるりと俺の方を向いた。


「すぐ右手のところに、あるでしょう?」

「ナイフの使い方はご存知ですよね?」

「知らなくとも、自分の心臓に突き刺すくらい誰でもできると思いますが」

「っ……!」


 ひゅっ、と喉の奥が鳴って、気温がさらに下がった気がした。

 手元には確かに、革の鞘に納められた短剣が一本。重たい。重たいのが、物理的な重みなのか、心情が関わっているのか、よくわからなかった。


「言ったでしょう? ご自分の意思で、と」

「さぁ、では、さくっといきましょうか!」

「愛する人たちを死なせたくはないですよねぇ?」


 ……これが神官のすることかよっ!

 恐喝じゃん! 自殺しなかったら殺す、って……脅しじゃん! 犯罪じゃん! 聖職者のすることじゃないだろ?! というか聖職者じゃなくても、善良な人間のすることじゃないよな!!

 ああ、頭がぐわんぐわんと揺れ始めた。気持ち悪いぐらい。


「やめろ、セイリュウ……! 従う必要は、ない……っ!」


 絞り出されたハンクスの声はひどく震えていた。いつもの何十分の一にも満たない、小さくて弱々しい声。本当に、今にも死んでしまいそうだ。

 それを聞いておきながら無視するなんてこと、出来るわけがない。

 俺は手の震えを抑えこんで、ナイフを鞘から抜いた。


「やめろっ!」


 ごめん、ハンクス。ベスター。ピット。俺はもっと早くみんなに相談するべきだったんだ。どんなことでも、正直に。そうすればあんな風に、強引な手を使わせることもなくて、せっかく見つけた打開策のこともきちんと話せただろうに。

 あーあ、こんなふうに後悔するの、何度目だろう。

 俺は何だか、もうすべてがどうでもよくなってきた。初代国王が書いたノートだって、どこまで本当か分からないし。こんなにつらいなら、全部捨ててしまった方が楽になれるかも。


 ……痛いのは嫌だけど。

 刺したら痛いかな。痛いよな。嫌だなぁ。……嫌だなぁ。


 目の前がジワリと滲んだ。


「セイリュウ!」


 手がみっともないほどがたがた震えていた。怖いだけじゃなくて寒いんだ。

 それでもどうにか、ナイフを逆手に持ち替え――


 ――る、途中で、手が滑った。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー

cont_access.php?citi_cont_id=366438141&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ