56 アイスルコトってステキなコトよねフフンフ~(棒)
――なんだか寒いし、冷たい。
と思いながら、目を開けた。
灰色の空が広がっている。今にも降り出しそうなくらい、薄暗い。
そして、
「っ、ぶえっくしょいっ!」
寒い!
なんだよこれ寒っ!
申し訳程度に掛けられていた白い布は薄っぺらくて、とてもじゃないが耐え切れない――というか、
「なんで服着てねぇの俺?!」
全裸で石壇の上に寝かされていたらそりゃ寒いわ……風邪ひくぞコレ。
「それはですねヒジリオ様」
「余分なものはそぎ落として来たからです」
「せめてローブを着ていてくれたらそれは連れてこれたんですけどねぇ」
三つ子の声が左手から。
チビ神官どもはちょうど俺の手が届かないくらいの位置に並んで立っていた。いつも通り、にこにこと笑いながら。
「僕らに唯一遺された“女神様の権能”です」
「女神様に属するものを神殿まで一瞬にして運ぶ神呪です」
「魔法とは違うのでそこんところ勘違いしないでくださいね」
「魔法と言えばあのチビっ子、面倒なことしてくれました」
「時間稼ぎにヒジリオ様を昏倒させるなんて」
「あの一瞬でやりきったことは評価してあげてもやぶさかではありませんが」
「やれたことは所詮“時間稼ぎ”」
「まぁ女神様の権能をそこらの魔法が邪魔できるわけないんですが」
「魔法の気配はない、とか言ってたあたり、笑っちゃいそうで困りました」
言いながら本当にけらけらと笑い出す。
俺はだんだん胃がむかむかしてきた。今までの気安いうっとおしさじゃなくて、もっと腹の底から来る、本気の苛つき。寒さとか気にならなくなるぐらい。
神官どもはぱらりと三つに分かれ、真ん中を残して二人が円を描くように歩き出した。
「だめですよぅヒジリオ様。逃げるなんて」
「ヒジリオ様にはやっていただかなくてはならないことがあるんですから」
「今更できないとかそういうの無しです、無し」
「魔王はまだ復活してないんだろ?」
俺の反問に、三人はにたりと笑って「「してませんけどぉ~」」と声を揃えた。
「そろそろします」
「予想ではあと数時間後に」
「僕らの予想が外れることなんてありませんけど」
三人は俺の周囲に、均等に散らばった。俺を中心にコンパスで円を描けば、きっちり三人の頭の上を通るだろう。
俺は三点の内のどこに向かって話せばいいのか分からなくて、自分の爪先を睨みながら言った。
「魔王と戦って死ぬのが“やるべきこと”じゃないのか?」
「それでもいいんですけど」
「別に“魔王と戦うこと”は絶対条件じゃないんですよね」
「必要な手続きを踏んだ上で、この場で死んでいただければ」
「必要な手続き……?」
嫌な感じがする。嫌な感じしかしない。
三つ子は朗々と、ミュージカルの子役のように語る。
「世界に触れること」
「世界を愛すること」
「世界に愛されること」
「生贄は犠牲とは違います」
「一方的であってはいけない」
「無償の献身でなくてはならない」
「あなたがその身を捧げると自分の意思で」
「この世界のために死ぬと自分の心で」
「決意してくださらなくては」
「ほんの数人で構わないんです」
「あなたが覚悟を決めてくれるなら」
「あなたのために泣く人がいるのなら」
「聖女の奇跡はその上に成立します」
「愛し、愛され、愛し合い、惜しまれつつ退場する」
「そこにようやく“救いの光”が生まれるのです」
ふざけるな!
――って、言えなかった。
言いたかったけれど、言えなかった。
だって理解できたから。身勝手だけど、それで世界が壊れずに済む、って聞いたら、そうしない理由はない。
だから、
「ふざけるな!」
鋭い声の主は当然、俺ではなく。
ハンクスとベスターとピットが、神殿の階段を駆け上がってきていた。




