50 いわゆる壁ド……いえ、なんでもないです。
「聖生、聖生!」
「どうした楠坂」
「“ハコニワ・ガンオイル”の新作が出るぞ!」
「マジでか!!」
俺は勢い余って大学の長机に膝を打ちつけた。痛みにのたうつ俺を見下ろして楠坂は高笑い。
「で、発売日は?」
涙目になりながら聞く。
「今度のゴールデンウィークの直前だ」
「おいおいおいおい、マジかよ。それってさぁ」
俺も楠坂もにやりと笑っていた。その笑みを突き合わせるだけで以心伝心。言葉にしなくとも分かる。
それはつまり、“休暇を存分に遊び倒せ”という意味だ。
「俺んちな」
「了解! 食料もってくよ」
「サンキュー!」
謎解き要素がふんだんに盛り込まれたガンアクションゲーム“ハコニワ・ガンオイル”シリーズ第三作目。
このシリーズは二人モードが最高に良いんだ! 二人モードでしか開けられないイベントとか、一人では倒すのに時間が掛かりすぎるボスとか、そういうのもあるし。だから俺たちは二人でメインストーリーを進めていくのを高校時代からの常としていた。
「よーし、じゃあ今のうちにバイトの休み取っとかないとな」
「先にレポート片付けようぜ」
「だな。さーて予約予約、っと」
通販サイトで発売のその日に家へ届くよう手配する。もうすでにわくわくしてきた。
「……なぁ、聖生」
「ん?」
改まったような感じで話しかけられて、俺はスマホから目を離した。
「忘れないでくれよ、頼むからさ」
「は?」
ふと見ると、楠坂の顔が黒く塗りつぶされていた。あれ? コイツの顔ってどんなんだっけ……?
「忘れるなよ、俺たちは――」
「俺たちは?」
「――」
楠坂が何かを言っている。何か。何だ? 聞こえない。周囲が暗闇に閉ざされていく。楠坂が遠ざかっていく。待って。あっちが本当の俺の世界なのに。友人がいてゲームがあって、騎士も魔法もない世界。それが本当の現実なのに。頼む、待ってくれ。行かないでくれ。待って――
「待てって!」
叫びながら飛び起きた。
その拍子にバランスを崩して椅子から転がり落ちる。
「どわっ!」
床、というか地面というか。例の隠し部屋の中だ。小さな雑草がひしめきあう上に倒れ込んで、俺はそのまま天井を見上げた。
外はもう暗い。透き通った天井の上を水が流れていって、夜空がゆらゆらと揺れている。すごく幻想的な光景だ。状況も忘れて見惚れてしまうほどに。
(なんか、懐かしいような夢を見たな……)
滲みそうになった涙を慌ててぬぐって、俺は立ち上がった。
机の上にはやはり、古びたノート。見た目も中身も昨日とまったく同じで、何の進展もなかった。
「はぁ……」
ハンクスたちに疑われているのは明白だ。どうやって誤魔化そう?
気が重いけれど、戻らなければもっと面倒なことになるに違いない。
俺は無理やり足を動かして、隠し部屋を出た。
教わった通りに本棚を動かして、通路を閉じる。夕食中だろうか、王様はいなかった。
書斎を後に、静かな廊下へ。
と。
「――ハンクス」
壁に寄りかかっていたハンクスが姿勢を正した。まるで俺を待ち構えていたみたいだ……いやこれ絶対に待ち構えてたな?!
(大丈夫、いつも通りに、いつも通りに……)
動揺しそうになったのを必死に抑え込みつつ、ハンクスの前を横切る。
「あー、えとー、もう夕飯食べた? 俺あの、まだなんだけど、その」
「セイリュウ」
パッと腕を掴まれた。横断失敗。
「……ええと、なに?」
そろりと窺うと、ハンクスと目が合った。びっくりするほど鮮やかな緑の瞳が俺を射抜くように見ている。ちょっとした恐怖すら感じる目だ。威圧感がやべぇ。
「昨日から何を隠している?」
静かに問い詰められて、俺は喉を鳴らした。
「べ、別に、何も……」
「嘘をつくな」
「嘘じゃない!」
勢いで手を振り払う。が、ハンクスの握力に敵うわけがなかった。がっちりと掴んでくる手はピクリともしない。それがまた無性に腹立たしく思えてきて、俺はハンクスを睨んだ。
なんで俺が責められなきゃいけないのか。なんで俺が、なんで――そう思ったらたまらなくなった。
「離せよ」
「セイリュウ、話を」
「離せ!」
思い切り腕を振ったらついに解放された。よし! そのままダッシュだ! 逃げてしまえ!
なんて思って走り出した俺の浅はかさを笑うがいい。ハンクスに足の速さで敵うわけがないんだよなぁ。
「え、わあっ!」
何をどうされたのかまったく分からなかった。体を操縦しているコントローラーの無線接続がふと切れてしまった、みたいな、よく分からない感覚に襲われたと思ったら、視界がぐるんと回転し、壁に押し付けられていた。衝撃とか痛みはまったくなかった。
胸倉を掴まれている。当然、ハンクスが目の前にいる。
「話を聞け、馬鹿」
「……」
むすっとしたまま黙っていると、ハンクスは溜め息をついた。
「どうしても話したくないんだな」
「……」
「分かった。ならいい」
と、ハンクスは手を離した。え、そんなアッサリ? いやありがたいけど。ありがたいけど!
ハンクスは尖らせていた目をやわらげて、わずかに微笑むようにした。
「その代わり、せめて飯はちゃんと食ってくれ。俺たちと一緒にな。ほら、行くぞ」
手招きされて、俺は素直に従った。
胸の奥がじわじわと痛む。
どうしよう。どうしよう。――俺は、死にたくない。けど、ハンクスたちを死なせたくもない。両立って出来ないものなんだろうか? どうにかして……それこそ、みんなに相談した方がいいのかもしれない。みんなで考えれば、何かわかるかも。
でも、みんなに言っても何も変わらなかったら?
ベスターもピットも、気遣ってのことなのか分からないけれど、普段とまったく同じように接してくれる。それを見ていたら余計に言い出せなくて、口数が極端に減った分、俺はちょっと飲み過ぎた。
酒が回る。考えが回る。ぐーるぐる……。




