49 経験しないからこそ書けることもある。
読み終えたときには天井は暗くなっていた。
ランプの灯りがちらちらと揺れる。
話自体はそう長くなかった。異世界から来た勇者と、女神に選ばれた聖女。道中で出会った盗賊と、旅の魔法使いを仲間にして、魔王を封じるというよくあるストーリー。なんのストレスもない創作物。
けれど、俺はすっかり疲れ切ってしまった。やっぱこういうのって当事者になっちゃいけないな……なるとは思っていなかったけど。
椅子に座ったままぼんやりと天井を見上げる。夜空には瞬く星々。水で光がぼかされて、不思議な感じになっている。
(最後のスキルは本当に、最期のだったんだな)
ずっと使い方が分からなかった【浄化の光】――それは、聖女が死と引き換えに放ったものだった。その光は大陸中へ広がって、魔王を封じ、魔物を山の向こうへ押し込み、そして汚染された土地を浄化したのだという。
本の中で、聖女は聖女らしく語っていた。
『私の命ひとつでこの世界が平和になるのであれば、惜しくなどありません。むしろこの上ない幸せです』
と。
(それで……世界は平和になって、王国が出来て……初代国王は元の世界に戻っていった……)
文字はもともと存在しなかったのだという。初代国王がすべて教えていったらしい。だから漢字があるのかと妙なところに納得した。よく教え切ったな、という謎の感心も。
(そういや神官ども、ちゃんと“聖”の字“ひじり”って読んでたもんな)
そんなどうでもいいことを思い返してしまうほど、俺の頭は混乱しているらしかった。
今思えば、最初にあの神殿を
『生贄を捧げる祭壇みたい』
と思った俺の勘はなかなかに鋭いものであったらしい。
あれはまさにそうだったのだ。聖女は魔王を封じるために命を捧げるものだった――。
(……やっべ、どんな顔して戻ろう)
絶対にみんなにばれるという自信があった。ベスターは鋭くて容赦ないし、ピットだって見逃しはしないだろう。俺がどこに行ったかも知っているから、問い詰めてくるに違いない。ハンクスにもたぶん気付かれる。自分の顔が疲れ切っているのが自分でも分かるくらいなのだから。
ばれたら、彼らは何て言うだろうか。
(なぁんか……やだなぁ……)
みんなが『そんなひどい話あるか!』って怒ってくれたら、俺はかえって決心してしまうかもしれない。死ぬことを深く考えず、俺のことを思ってくれるみんなのために、って。そんな風に流される自分は、みんなの気持ちを利用して自己犠牲に酔っているみたいに思えて、すごく気持ち悪い。
かといって、『それじゃあ仕方ないな。世界のために諦めてくれ』なんて言われたら……俺は怖くなって考えるのをやめた。そんなこと言われたら俺はきっとベッドに潜り込んで出てこなくなる。そんで引きずり出されて無理やり生贄にされるんだ。
(ダメだ。これは言えない。隠そう)
隠すしかない、と俺は決意した。……隠したところで現実は変わらないけど。
両手で頬を張る。
「よしっ! 戻るか」
通路を逆に戻ると、書斎で王様が待っていた。
今度は確信する。やっぱり可哀想なものを見る目だ。だけどそれだけじゃない、って分かった。
「私がいないときも好きに入って良いぞ。従者には言っておく」
そうして、王様は通路の閉じ方と開け方を教えてくれた。開け方は見たことがある……っていうかめっちゃやり込んだゲームのやつとまったく同じだった。こんな偶然あるか?
「城の中のものは好きに使ってくれて構わん。猶予はしばし、残されている。立たねばならぬ時は呼ぶのでな、それまでは、ゆっくりと過ごされよ」
「はい」
王様は謝ったり強要したりしなかった。それがかえってプレッシャーに思えて、俺は息を詰まらせた。
部屋を出ると、三人がそろって俺を待ち構えていた。
「遅かったわねぇ、なんの話だったの?」
「あー、なんかあれだった。原初の聖女の伝説があったんだけど、結局よく分っかんなかった」
「わかんなかったん?!」
「そうそう。なんか昔の文字でさ、読むのに時間かかって。しばらく読みに通わないといけないかも」
「手伝えることはあるか」
「いや、大丈夫。なんかその部屋、ヒジリオ以外入れないらしくって。だから大丈夫だよ」
我ながら完璧な言い訳だ。
と思いながら、俺は三人と目を合わせられなかった。あんなに頼りになる三人の目が、今は怖くて仕方なかった。
(なんでこんなことになっちゃったんだろう……)
背中に感じる視線から逃げるように部屋まで戻って、そのまますぐベッドに潜り込む。
ふかふかのベッドも、昨日ほど気持ちよくはなくて。
俺は泥沼へ沈むように眠りへ落ちた。




