45 ふと出る訛りの可愛さよ
塔からの落下劇はなかなかのショックだったらしい。ノルドはあのあとすぐにぶっ倒れて、しばらく寝込んだ。
いやマジでごめんって思ったけれど、
「謝る必要はないわよ~セイリュウちゃんを監禁した罰だもの。アタシに任せてくれたらもっと――ンーン、なんでもない」
ってニッコリ笑いながらベスターが言っていたので、俺はこれ以上気にしないことにした。むしろあれぐらいで済んだことを感謝するべきらしいぜ、ノルド……。
国家間のもろもろの都合上(兼おとりとして)牢屋に居残っていたハンクスも無事解放され、通行証の申請も通り、俺たちはようやく元の旅路に戻れることになった。
荷物を整えて部屋を出る。一悶着あって慌ただしくしていた城内も、今はすっかり落ち着いて、出ていく俺たちに気さくに会釈してくれるようになっていた。……会釈のついでに飴とか駄菓子とかを次々押し付けてくるのにはちょっと閉口するけど。
城を出るころにはポケットも両手もお菓子でいっぱいになっていた。どうしようこれ。
でも、ここまで馴染めたのは良いことだと思いたい。一国の王様にあんな真似して大丈夫なんだろうかとか思ってたのが杞憂で済んだのは喜ばしいし、後味の悪い旅立ちにならなかったことも嬉しいと思う。
……そうか、いよいよこの国を出るんだ。
「なんか、長かったような、短かったような……」
「そうねぇ、いろいろあったものねぇ。ハンクスちゃんが負けたり、王様に監禁されたり」
しれっと放たれたベスターの言葉に、ハンクスもピットもそっぽを向いた。
「……悪かったな」
「うちのがえらいすんません」
「まぁーでも終わり良ければすべて良しって言うじゃなぁい! 迷惑料もたぁっぷりいただいたことだし、せっかくだから美味しいものいっぱい食べてから行きましょ!」
「え、迷惑料?!」
目を剥いた俺に、ベスターはウフっと笑ってみせた。
「財政大臣にちょちょっとね、掛け合ったの」
「いつの間にそんなことを……」
「うふふっ、貰えるものは貰っておかないと、損するでしょぉ」
「抜け目ないなぁ、ベスにぃ。さすがや!」
「盗賊の本領発揮だな」
「やだぁっ! そんなに褒・め・な・い・で!」
ベスターに思い切り背中を叩かれたハンクスが「うっ」と呻き声を上げた。すげー音鳴ったもん、痛そう……。
城の正門辺りに差し掛かった時だった。
「セイリュウ!」
呼ばれて、振り返る。
「ノルド」
もう陛下って呼んだ方がいいのかな。まぁ今更だしもういいか。
ノルドがリーナと、従者さん――紅茶をこぼした子だ。クビにならなかったのか! 良かった!――を連れて駆け寄ってきた。
「セイリュウ。行くんやな」
「うん。帰りにまた寄るから」
「絶対やで。絶対やからな! 気ぃつけていくんやで。怪我せんようにな。悪いもん食ったらアカンよ。できるだけええ宿に泊まるんやで。夜は出歩いたらアカンよ。絶対一人にならんようにな。悪い女に引っ掛けられんように注意するんやで。上手い話には必ず裏があるって覚えとき。なんかあったらすぐ言うんやで、どないにでもしたるからな。それから――」
「わ、分かった、分かったよノルド、大丈夫、気を付けるから」
真面目にオカンじゃん……一国の王様が天下の往来でこんなことしてていいのかよ。って思ったけど、どうやらいいらしい。周りの目は温かかった。……普段の様子が偲ばれる。どんな生活してたんだノルド。
俺ががくがくと頷くのを見て、ノルドはしぶしぶといった感じに言葉を飲み込んだ。
それから、ふと頭を下げた。
「ほんまに、ありがとうな、セイリュウ。あんたのおかげで、僕は塔から出られた」
ノルドはレモン色の瞳を柔らかく細めて――ちらりと、ピットの方を見た。
「どうか、よろしゅう頼んます、セイリュウ。……足手まといにはならんと思うから」
「大丈夫だよ。一番のお荷物は俺だから。この間みたいに、たくさん助けてもらうつもりだし」
「さよか」
ノルドは愉快そうに笑った。なんだか憑き物が落ちたみたいだ。
それから彼は「なんや積もる話もあるやろ」と言って、王宮の方に戻っていった。リーナが一度だけ振り返って、思い切り舌を突き出し、ノルドの背についていった。リーナらしい見送りだ。
一人残ったのは従者さん。淡いブラウンのふわふわとした髪の毛を、清楚な感じで一つにまとめていて……あの時はテンパってたから気付かなかったけれど、可愛いな。
従者さんは俺に向かって深々と礼をした。
「ヒジリオ様、先日はご迷惑をおかけいたしました」
「いやいやいやいや、平気だって! 聞いたよ、ベスターたちを助けに行ってくれたって。ありがとう、おかげで助かった」
「いいえ、わたくしなど大したことはしておりません!」
パッと手を取られて、俺は一瞬頭の中が真っ白になった。手袋越しでも分かる、柔らかくて繊細な手が、俺の手をぎゅっと握って――真っ直ぐに見てくる青い瞳はなんだか潤んでるみたいにキラキラしていて――頬は赤く染まっていて――
「ほんまに、ありがとうございます、ヒジリオ様。あなたがご無事でいてくれはったのが、わたくしの幸せです。どうかこの先も、お気をつけて。……よろしければ、またここで、お会いしとう存じます」
「え……」
「無事のお帰りをお待ちしております。どうぞ、どうぞお体にお気をつけて」
そう言いながら彼女は、まるで祈るみたいに俺の手に額を近付けて、
「――お引き止めしてしまい失礼致しました。旅のご無事を祈っております」
パッと離すと、従者らしく綺麗な一礼をして踵を返した。
俺はしばらく動けなかった……なに今の、まさか……いやまさか、でもまさか……まさか!
「……鼻の下伸びてるぞ、セイリュウ」
「うるせぇよ?!」
「セイリュウちゃんってば、うぶねぇ。かーわいい!」
「やめろよキモいよっ!!」
「セイにぃ、ちょっとちょろすぎんとちゃう?」
「ピットお前まで……っ! もういい、行くぞ! 早く行くぞ! ほら!」
俺は照れ隠しに走り出した。なんだかどこまでも行けそうな気がするぅぅーーー!




