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悪い子ピット‐2

 

 夜中にカチャカチャと小さな音が鳴って、ピットは目を覚ました。

 闇に目を慣らして状況を掴む。

 すでにハンクスもベスターも立ち上がっていて、なにやら牢屋の出入り口付近でぼそぼそとしゃべっていた。


(なんや、よぉ分からんけど、騒いだらまずそうやな……)


 そう察したピットは、静かに立ち上がって彼らに近付いた。

 近寄ってくるピットに気付いて、ベスターがかがみ、ニッコリと笑う。その銀色の視線を追うと、牢屋の鍵が開いていた。


(「行くわよ」)


 ベスターにひょいと抱え上げられる。ピットはあまり理解が追い付いていなかった――どうやら脱獄するらしい、ということしか分からなかった――が、大人しく運ばれた。


 鍵を開けたのは、見覚えのある従者だった。


(確か、兄上についてはった人やな。……なして、脱獄に協力してくれはったんやろ)


 その人の先導に従って、誰もいない王宮をするすると駆け抜けていく。ベスターもベスターだが、従者も従者だ。一切足音を立てないのはプロの従者、というより暗殺者のようだった。

 問題なく王宮の外壁にまで辿り着き、一部の人間にしか知られていない穴をくぐって、外へ出る。

 数日ぶりの外気は異様に美味しく感じられた。


「さぁて、近くの酒場でリーナが待ってるって話だから、そこまで行くわよ」

「リーナが?」

「ええ、そうよ。何があったかはそこで話してくれるって」

「ふぅん」


 ピットは小脇に抱えられたまま、唇を尖らせた。リーナに会うのは怖いが、話を聞かないわけにはいかない。だから仕方がないのだ。嫌だとは言えない……――


「……って、なぁ、なぁ」

「なぁに?」

「騎士のあんちゃんは?」


 ハンクスがいなかった。ベスターは平然とした様子で答えた。


「ハンクスちゃんは牢の中に残ったわ」

「なんで?!」

「ハンクスちゃんは一応、王国所属の騎士だもの。脱獄犯になったらいろいろと騒がれる可能性があるのよ。逆を言えば、殺される心配もアタシたちより低いってわけ。だから囮でもあるの」

「はぁー、なるほど……」


 頷きながら、なんとなく釈然としないものが残ったのを、ピットは敏感に感じ取った。


(殺される心配、か。……まぁ、確かに、ボクはいつ殺されてもおかしないもんなぁ)


 黙り込んだピットに、ベスターは何も言わなかった。



 酒場は閑散としていて、隅のテーブルにリーナがいる以外、客は一人もいなかった。


「よぉ、クソ兄貴。馬鹿王子」

「あんまり時間がなさそうだから、手短に話してくれる?」


 ピットを下ろして席に着くなりそう言ったベスター。

 リーナは舌を打って、ジョッキを乱暴にテーブルへ叩きつけた。


「セイリュウがミスした従者をかばって陛下の逆鱗に触れよった」

「あらまぁ」

「そんで陛下は明日にもてめぇらを処刑するって宣言しはって――ハッ。あんときのセイリュウの顔! ひっどいもんやったでぇ!」


 ウチかて見かねたぐらいや、とリーナは頬杖の中に呟いた。


「てめぇらの脱獄を手伝ったのは、そのかばわれた奴や。どーせクビになるんやさかい、最後にセイリュウのために出来ることをしたいて言い出してな」

「そう。……セイリュウちゃんらしいというか、何て言うか」

「ただのお人好しの大馬鹿もんや。反吐が出る」


 ジョッキに残っていた半分を一気に干して、リーナはぎろりとピットを見下ろした。


「んで、どないすんねん」


 睨むように見られて、ピットはびくりと全身を震わせた。


「な、なんでボクに聞くん?」

「お前以外にいぃひんやろ。アイツの暴走を止める方法を知ってる奴なんざ、なぁ」


 見ればベスターもこくこくと頷いていた。


「アタシたちが処刑されると思い込んじゃったら、セイリュウちゃんは本当に立ち直れなくなるわ。かといって無理やり連れだしたら、あの陛下のことよ、国を挙げて追ってくるに決まってる」

「それは……そうやなぁ……」


 兄上ならやる、と断言できるのがなんとも残念に思えて、ピットはうつむいた。


「せやから、セイリュウを大っぴらに助け出して、そんで陛下も説得するような、そんな妙案が必要なんや。それを思いつけるとしたら、アイツとほとんど同じ環境におったお前の他おらへんやろ。お前、そない頭悪ぅないんやし、ちゃっちゃと考え」


 それを言ったのがリーナだとは思えなかった。思わず顔を上げる。

 けれどそこにはやはりリーナがいて、不機嫌そうに顔を歪めていた。


「なん?」

「いや……なんや、その……」

「なんや、ハッキリ言えや!」

「……き、聞き間違いやと思うんやけど……リーナ、今、ボクんこと褒めた?」

「はぁ?」


 リーナはもともと歪めていた顔をさらに歪めた。もう少しで鼻が取れてしまいそうなほどに。


「誰がお前を褒めるって?」

「そ、そうやんな、ボクなんかを褒めるわけがあらへんよな」

「当然やろ。なんもしてへん奴を褒めたりはせぇへん。褒められんのは何かしてからや、ボケ」

「……へ?」

「褒められたい思うなら考えろ、そんで動け。ずぅっと思ってたんや、お前は何もせぇへんで、ただただ泣き喚くばっかで。そんなんで認められるわけないやろ。身分とか能力とか見た目とか、なんやそないくだらんもんは悪鬼にでも食わしとけ、どアホう」


 ピットは目から鱗が落ちたような思いで、危うく泣き出すところだった。


(……せや、ボクは、ただ、褒められたかっただけなんやな……)


 なのに何もしてこなかった。ただ境遇を嘆くばかりで。


(ちゃんとすれば、セイにぃは褒めてくれはったもんな)


 そうだ。セイリュウは素直に褒めてくれた。聖女の【被庇護の肌】は一方的な効果しかないから、彼の言葉は彼自身が選んだ、本心からのものだ。


(せやったら、ボクが今出来ることをせぇへんと。セイにぃを助けるために……!)


 そんな風に決意をしたら、ふっと天啓のようなひらめきを得た。同じような境遇。褒められることを知らず、塔の中に閉じ込められ、決まった考え方しか許されなかった。逆らうことはもちろん、飛び出すことなどどう足掻いても不可能だった。


 それは――閉じ込めていた張本人である父がいなくなった、今となっても。


(セイにぃと兄上、両方を救い出さなアカン、っちゅうことやな)


 ノルドはまだ塔のてっぺんに囚われているのだろう。自分がそうであったように。

 それならば――


「……飛び出せばええんちゃう?」

「飛び出す?」

「どういうことや」

「塔から飛び降りるんや。いっぺんやってみたかったんよ、あの窓を思いっ切りぶち割ってな、そこから飛び降りるって。あの塔にいる間、何度そんことを想像したから分からへん。そうすれば全部から解放される思うて……」


 それはつまり自殺だった。けれど、それでは救いにならない。だから。


「セイにぃに自分から飛び降りてもらう。できれば、兄上を引きずって、一緒にな。そんで、ボクの魔法で受け止める。兄上を引きずってこれなくても、死ぬ覚悟で飛び出されたら追ってきぃひんやろ。引きずってこれたら……きっと、兄上もあの塔から解放される。間違いなく」

「オーケー、それじゃあ、そうしましょう」


 ベスターが軽い調子で即答した。



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