44 落ちていく欲望
わああああああ、と叫んでいるのが、俺なのかノルドなのか分からない。分からないけど、でも、俺はたぶん黙ってはいなかっただろう。確実に叫んでいた。だいたい絶叫系は苦手なんだ。乗ったら喉が潰れるまで騒ぎまくって場合によっては泣くレベルなんだから、黙っていたわけがない。
こんなガチのフリーフォールなんて!
風の唸りと服のはためき。キーン、と耳が鳴る。
塔の外壁がすさまじい速さで空へ突き刺さる。
落ちる。
落ちゆく。
落ちていく。
塔のてっぺんから地面に向かって、真っ逆さまに――!
走馬灯のようなものなんて見えなかった。
俺が分かったのは、天地がひっくり返っても飛び降り自殺だけはするべきでない、ということだけ。
ああああああああああああしぬしぬしぬしぬ、しん、だ……――
――ふ、と。
体にかかっていた重力が消えた。
何か柔らかいものに包まれたようだった。
いつの間にか閉じていた目を恐る恐る開ける。
俺とノルドは地面を目の前に、ふわふわと浮かんでいた。
周りには幽霊みたいな白い人影が漂っていて、俺たちを支えてくれている。
「セイにぃ!」
「セイリュウちゃん!」
「ピット! ベスター!」
風に吹かれたように幽霊みたいなのが消えて、俺たちは地面に落ちた。落ちたといってもささやかなものだ。しっかりと抱きしめてしまっていたノルドを放す。彼は放心状態で、地面に両手をついていた。
「セイにぃ、無事か?!」
飛び付いてきたピットを受け止める。
「ありがとうピット、助かった!」
「へへー、いやなに、セイにぃのためならたとえ火の中水の中や!」
いやー怖かった。いくら助けてもらえるって分かってても、怖いもんは怖い。バンジージャンプみたいなもんだ。……助けてもらえるって分かってなかったノルドの衝撃なんて、想像したくもない。ごめんなマジで。
でもこれがベスターとピットの指示だったのだ。
実は俺、起きた時には夢の内容なんてほとんど忘れていた。けれど枕の下に手紙が入っていて、そこに書かれていたのだ。
『兄上を解放してやらんとアカン。あの塔から。せやから飛び降りてくれ。絶対にボクが受け止める』
と。
「……ほんま、信じてくれてありがとぉな、セイにぃ」
俺は泣き出しそうになっているピットの頭を撫でた。
それからようやく立ち上がった。まだ落下の衝撃が抜けきっていない膝は震えていたけれど、生まれたての子鹿よりまともに立ち上がる。
「なぁ、ノルド」
ノルドはうつむいたまま、びくりと肩を震わせた。
「これで分かっただろ?」
「……」
「塔の中から飛び出しても、傷付いたりしないって」
「……え?」
「塔に閉じこもっているのは確かに安全だよ。でも、外に出たらすぐ死ぬってわけじゃない。少なくとも俺には、こうやって、守ってくれる仲間がいる。だから平気なんだ。――だから、塔の中でやりたいことをやれないまま過ごすのは、辛抱できないんだ」
「……」
「悪い子だ、って叱ってくれていいよ。思いっ切り叱って、そしたら、許してくれ。俺たちはここを出て、先へ進む」
言いながら手を差し出した。
ノルドは何とも言えない、これまでに見たことのない、子どものような顔をしていた。鼻に向かって顔中をしわくちゃにして、悔しいのを我慢するような、泣くのをこらえるような、そんな顔。
それが、俺の手を掴んで、
「……ほんま……ほんまに悪い子や……ほんま、しゃあないなぁ! もう!」
夕日が照らす中、華やかに笑った。




