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43 夜の校舎でそれをやるほどの度胸はなかった。


 俺は夕暮れの窓際に座ってぼんやりとしていた。

 コンコンコン、とノックの音。しかし俺は立ち上がらない。


「ごきげんよう、セイリュウ……――セイリュウ?」


 振り向きもしない。

 ノルドの気配がいぶかしむような感じに変わった。


「どないしたんや、セイリュウ。挨拶もせんと……なんや具合でも悪いんか?」

「……」

「セイリュウ」


 ノルドの手が俺の肩にかかった。


「どないした?」


 穏やかで優しくて――ぞっとするような、冷たい声。

 俺は二の腕に立った鳥肌と、ここ数日かけてじっくり叩き込まれた恐怖をどうにか抑え込んで、立ち上がった。


「ごめん、ノルド」

「何がや」

「俺は“いい子”ではいられない」


 レモン色の瞳を見据えて、俺はハッキリとそう言った。

 ノルドは鼻の辺りをぐしゃりと歪めた。


「……なんやて?」

「俺は“いい子”じゃない。このままここで何もしないのが“いい子”なら、俺がここへ来た意味がなくなる。それじゃあ駄目だ。俺は聖男(ヒジリオ)で――世界を救うために来たんだから」

「セイリュウ……」


 これで説得されてほしい。俺は心の底からそう願った。


 だが。


「――……誰になに吹き込まれたんか知らんけど、それは間違うてるで、セイリュウ」


 頑なな瞳。

 そうだよな、この程度で考えを変えるなら、もっと早くに気付いていたよな……仕方ない。

 ノルドは俺の両腕をぐっと掴んだ。


「駄目や。辛抱しい、セイリュウ。辛抱せんとアカンのや。他ならぬあんたのためや。ここにおんのが、あんたの幸せなんや。世界なんて知らへんよ、あんたの命以上に大切なもん、この世にある? ないやろ。ないんや! セイリュウ、頼むで。ええ子やさかい、僕の言うことを聞いて――」


 辛抱してくれ、と言ったノルドの腕を激しく振り払った。びっくりしている隙に座っていた椅子を持ち上げる。


(いやぁ、まさかこの歳になって、異世界でこんな真似することになるとは思わなかったなぁ――!)


 ちょっとだけ覚悟が必要だったから、思い切り歯を食いしばって。


 そして、窓目がけて思い切り振り抜いた。


「っ――!」


 豪快な音が鳴り響き、粉々に砕け散る窓ガラス。


 俺の中には『ひゅう、やっちまったぜ』と笑うアメリカンな部分と、『あぁ……マジでやっちまったよ……』と汗を流す優等生な部分がいる。はは、何とも言えない微妙な爽快感。二度と味わうことはないだろうけど、浸っている場合でもないのが微妙に残念。


 なにせこの後にはもっと怖いことが待っているのだから。


「セイリュウ! あんた何して――」

「ごめん、ノルド」


 俺を掴んできたノルドの腕を、逆に掴む。


「“いい子”になれなくて、本当にごめん。俺はここを出ていくよ。――邪魔するくらいなら、一緒に来てもらう!」

「はぁっ?! ちょ、セイリュウ……っ!」


 俺はノルドを無理やり引きずった。よかったぁ、コイツがハンクス級の体幹馬鹿じゃなくて! 俺みたいな現代人でも簡単に引きずれるくらいの奴で!


「ま、待ちぃっ! あんた、何考えて!」

「そんなん決まってんだろ――」


 ――お空へ向かってゴー・トゥー・エスケープだ!


 俺はノルドとともに、窓から身を投げた。


 

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