40 監禁発狂エンド、その先がこれである。
ノルドに誘拐(?)されてから、三日が経った。
俺は夕暮れの窓際に座ってうなだれていた。
「なぁんでこんなことになったんだろうなぁ……」
いや俺のせいだってわかってるんだけどね?!
ここは王宮とは孤立している塔の最上階だ。窓からは王国を一望できる――つまり、脱出も救出も不可能ということだ。ここから逃げ出そうと思ったら、空飛ぶ絨毯か空賊のババアか、稀代の大泥棒が必要になるだろう。
……もう俺には恥も外聞もないから、必要とあらば思いっ切りヒーローの名前を叫んであげるんですけどね? え、いらない? そんなこと言わないでくれよ……。
調度品はどれもこれも最高級だと素人目にも分かる。デカいベットは天蓋付きでめっちゃくちゃふかっふかだし、用意された服はどれもいい匂いがして手触りも最高だった。
毎日運ばれてくる食事はびっくりするほど美味しいし、湯浴みやなんかも全部用意してくれて全部やってくれる。……最初は恥ずかしかったんだけどな。だんだん慣れてきてしまった。人間の順応力の高さが怖い……怖いよぉ……ここで怠惰になるまで飼い殺される……。
俺の身の周りはすべて女性で固められていた。俺が男に庇護欲を植付ける能力を持っていると知ったノルド陛下がそうしたのだ。
せめて男が一人でもいれば、【被庇護の肌】からの泣き落としでハンクスたちと連絡を取らせたのに……チクショウ。(俺もヒジリオであることに段々順応してきてる。怖いよぉ……これ元の世界に戻っても後遺症がありそうだな……。)
しかし、何より怖いのは――
コンコンッ
――これだ。ノックの音に俺の肩はびくりと震えた。慌てて立ち上がり服装を正す。
扉の横に控えているリーナ(こいつがここにいるってこともけっこうな恐怖。逃げられる気がしねぇ)がするりと扉を開けた。
入ってきたのはノルドだ。もう見慣れた狐面の笑み。最上級の恐怖。
「ごきげんよう、セイリュウ」
「ご、ごきげんよう、ノルド……」
俺は力なく反復した。ノルドが満足げに笑みを深める。
「ちゃんと挨拶できて偉いなぁ。ええ子、ええ子。さ、座り」
「はい……」
勧めに応じて椅子に座る。
素早く、しかし音は一切立てることなく、従者の人たちが飲み物とお菓子を運んできた。一人がノルドの斜め後ろに片膝をついて、報告書をうやうやしく捧げ渡す。
「……ええな。起きた時間も食べたもんも完璧や。本もちゃんと読んどるな。うん、ええ子、ええ子」
この『ええ子、ええ子』がめちゃくちゃに怖いんだよなぁああああ! と俺は内心で泣き叫びながら、じっと固まって耐えていた。挨拶も呼び方も、「陛下なんてつけんでええよ。――そうそう、ええ子やなぁ」「挨拶はせんとアカンよ。――そや、ええ子、ええ子」と言われてあっという間に教育されてしまったのだ。
そう、この環境、ただ怠惰に過ごせるだけではないのだ。俺の行動はすべて管理されて報告され、なにか予定と違うところがあるとめちゃくちゃに追及され、じっくりと説教されるのだ。一日目にしてそれを知った俺は一瞬で彼の人形に成り下がった。……だって怖いんだもん! 圧がヤバいんだ! ふぁーーー! ぶっちゃけ発狂しそう!
まともに顔も見られないぐらいだ。怖くて。レモンがトラウマになりそう。
「なんや不満はないか?」
「ありません……とても、満足、しています」
「あの本、おもろいやろ」
「はい、とても、面白いです」
「……セイリュウ」
ふ、と空気が冷え込んだ。ヤベぇ、待って何が逆鱗に触れた?!
かたり、と小さな音が鳴った。ノルドが立ち上がったのだ。ゆっくりと近付いてくる。俺は唾を飲み込んだ。
「っ……」
冷たい指が顎にかかって、持ち上げられる。
レモン色の瞳が目の前に。
「人と話す時は、そん人の目ぇを見るもんやで」
「……はい。すみません……」
「繰り返してみ」
「……人と話す時は、その人の目を見ること」
「よろし」
ノルドは再び笑顔になって、「ええ子、ええ子」と俺の頭を撫でた。それからいつもの決まり文句を耳元に囁く。
「ボクがこうするんは、セイリュウのためやからな。アンタを守るのに必要なんや。ちょっとの辛抱やで。ボクも辛抱してるさかい、な」
「……はい」
俺は頑張って目を逸らさないようにしつつ頷いた。毒をちょっとずつちょっとずつ盛られている気分だなぁ、なんてぼんやりと思いながら……。
……なぁ、マジで誰か助けて?




