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悪い子ピット‐1


 薄い褐色の肌。薄い黄色の瞳。そして、黒い髪。

 それが完璧な王家の姿。父も兄も同じだった。


 だが、そこに白が混ざると王族ではなくなるのだ――ピットのように。


 白い房と黒い房が入り混じる自分の前髪を見ながら、ピットは全身を縮こまらせて座っていた。牢屋は床も壁も凍り付きそうなほど冷たい。しかしそれ以上に、自分の中身が冷たく凍えている。


「困ったことになったわねぇ」


 向かいの壁に寄りかかって座っていたベスターが、深刻な顔で呟いた。


「今回、ハンクスちゃんは暴れられないでしょ?」

「……最悪の事態になるまではな」

「そうよねぇ、一応、王国の騎士なんだものね。逆ギレされたら王国間の争いになっちゃうものね」

「あの調子なら大いにありえるな」


 奥の壁に背を預けて、ハンクスが頷いた。


「唯一安心なのは、セイリュウちゃんに危害は加えないだろう、ってことだけね。――ねぇ、ピットちゃん?」


 唐突に話しかけられて、ピットはびくりと肩を震わせた。

 うつむいたまま答える。


「……なに?」

「アナタのお兄様が今の陛下ってことは、お父様は亡くなったのね」

「そうや。去年にな」

「お兄様、今おいくつなの?」

「ボクが十一やから……今年十八になる」


 まだ若いわねぇ、と呟くような相槌。それからベスターはゆっくりと立ち上がった。狭い牢屋を二歩半で横切って、ピットの隣に座る。

 ショッキングピンクの髪と、妖しく輝く銀の瞳が、ピットを覗き込んだ。


「それにしても、あの一瞬でアタシたちを牢屋に放り込んで、セイリュウちゃんを連れていくなんて、ちょっと異常な感じだったわ」

「……」

「ねぇ、もしよかったら教えてちょうだい? アナタと彼は、どんなふうに育てられたの?」


 ピットはさらに肩を縮めた。できることなら消えてしまいたかった。手首に架せられた魔法封じのバングルさえなければ間違いなくそうしていただろう。しかし魔法が使えない今、そんなことはできない。


 セイリュウが兄に捕らえられた今、そんな無責任なことはできない。


 魔法に強く親しんでいるピットは、自分に【被庇護の肌】が掛かっていることを理解していた。自分が知っているどの呪いよりもすさまじい強制力を、あくまでさりげなく(・・・・・)発揮する、最上級の洗脳。呪いと呼んでも差し支えないもの。

 『彼を守らなければならない』という気持ちは、何の違和感もなく、まるで最初からずっと持ち続けていたかのように心の中枢へ根を張っていた。


(ほんま、すさまじい呪いや。神様レベルの呪い。ボクらが使う魔法とはちょっと系統が違う力や。解くことなんてできひんし、呪いやと気付く人もいぃひんやろ。ボクかてセイにぃの前にいる時は、これが呪いやてこと忘れるくらいや)


 ということはつまり、だ。

 魔法を使えない人間はこの気持ちを真っ直ぐに受け入れて、己に出来る最高の力を持って彼を守ろうとするだろう。

 命を懸けることも躊躇わず。


(ベスにぃはああ言ったけど……)


 セイリュウには危害を加えない――確かに、目に見える危害は与えないだろう。それは間違いない。

 けれど、兄が与えられてきた庇護(・・)を知っているピットには、そう楽観視はできなかった。兄が与える庇護は、目に見えない危害になる可能性がある。

 だから、ベスターの質問に答えることは、セイリュウを守るために必要なことだ。

 呪いに冒された心の中枢は、『言え、ヒジリオ様のためだ、自分の感情なんか捨てろ』と叫んでいる。


(……言いたないな。思い出すのも嫌や。ほんまに、最悪……)


 呪いだと知っている今、その声に抵抗することはそこまで難しくない。

 ピットはふいとそっぽを向いた。牢屋の灰色の床に視線を落とす。大きく深呼吸をして、それからようやく口を開く。


「ボクの物心ついた時には、兄上はもう王子として完璧に育てられとったさかい、細かいことはよう知らんけどな」


 そう前置きをして、思い出す。

 痛みをこらえて傷口をほじくり返す。


(村の人をちゃんと葬ってくれて……ボクを何のてらいもなく、素直に“すごい”て言うてくれはったあん人のためや)


 柔らかな手が撫でてくれた頭だけが、ほんのりと温かみをもっているように感じた。だから言うのだ。

 ヒジリオのためではなく、セイリュウのために。


「兄上は完璧な王様になるために、城の北西の塔に半分閉じ込められとってな。鍛錬と視察のために出てくるとき以外は、ずっとその部屋ん中で勉強し続けてたらしいねん。……ボクは反対に、南東の塔に放り込まれて、放置されてたな。リーナがちょいちょいしごきに来て……あとはたまーに、父上と兄上が来るくらいやった」


 その二人が来るときが最悪だった。物理的な危害を与えられることはなかったが、言葉の暴力を忘れることは出来ない。兄弟でありながら兄弟ではない、お前の弟は忌まわしき子ども、生まれてはいけなかった子どもだ、だが殺してはならない、お前は弟が国を呪わないように丁重に無視すること、弟は己の悪さを認めて静かに過ごすこと、それを絶対に守れ、と。


(ほんまに、冷たい目ぇして……思い出しても怖くてしゃあないわ……)


 忘れることは出来ない。

 ピットは二の腕をさすりながら、歯が鳴るのを抑えて続けた。


「父上の口癖はこうや――『これは全部お前のためや。立派な王様になるために必要なんやからな。自分はお前を守らなアカン。辛抱し。自分も辛抱してるんや』ってな」


 兄はいい子。だから守られる。だから辛抱しなければならない。


(ボクは悪い子。せやから守られん。せやから黙って息絶えるのを待て――いやアホか、黙ってなんていられるかぁっ!)


 ピットは初めて顔を上げた。


「ベスにぃ、アカンで。ほんまにアカン。兄上は他に守り方を知らん。セイにぃは、確かに外側は安全かもしれんけど、内側からやられてまう。その前に、どうにかせんと!」


 ベスターはさっきよりもさらに深刻な調子で「……困ったわね」と呟いた。

 事情を知っても、打つ手はないのだ。


「せめてここから出られればいいんだけど……」


 ピットは歯がみして、膝に顔をうずめた。

 何か出来ることはないか――どれだけ考えてもアイデアは何も浮かんでこなくて、絶望的な閉塞感が三人を包み込んでいった。


 

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