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39 君子危うきに近寄らずというけれど。

 

 王宮の救護室に着くまで、ハンクスとベスターはひたすらに言い争っていた。


「どうしてセイリュウちゃんが怪我してるのよ! アンタはいったい何してたの?!」

「それはこっちの台詞だ! どうしてセイリュウを一人にしたんだ!」

「そもそもアンタが勝手に出ていったのが悪いんでしょう?!」

「それでも、セイリュウを放置した方が悪い! お前が付いてきていればこんな事態にはならなかったはずだ!」

「アンタがあんまり遠くに行くから悪いのよ! セイリュウちゃんが追いかけてくることくらい予想できたでしょう?!」

「どうして止めなかったんだ! 悪鬼は予想外にしてもあの時間だぞ?!」


 うんぬんかんぬん。

 俺はベスターに背負われたまま、遠くの青空を見上げていた。あー、綺麗な空。間違いなく今日も好い天気だ。

 ピットが呆れ返った眼をして、二人を見ている。


「なぁ、こん人ら、いっつもこんな感じなん?」

「そう。その通りだから慣れてくれ、ピット」

「……ヒジリオ様も大変やなぁ」


 思わずほろりときた。ピット、お前はいい子だなぁ……!



 救護室に着くなり、俺はベッドに座らされた。隣のベッドではリーナが爆睡している。すげーいびき。乙女としていいのだろうか、これ。


「ヒジリオ様の涙は自分には効かない……それはちょーっと厄介ねぇ」

「せやったら、ボクの出番やな!」


 ピットがひょいと杖を掲げて、自信満々に胸を張った。


「アラ、ピットちゃんは治癒魔法も出来るの?」

「ちょちょいのちょいや。見ててな」


 そういうと、ピットはパパッと俺の足に巻かれていた布を取った。うっわ、傷口ぐろぉ……溶けて固まった皮膚と血がこびりついていて……ぐろぉ。自分の怪我なのに見ていられない。思わず目を逸らした。

 ピットは平気なようだった。


「『早う治り、早う治り、でないと傷口ほじくり返すで』」

「なぁ、なんで詠唱いっつも脅し文句なの?」

「そういうもんや」


 そうか、そういうもんか。そう言われると二の句が継げない。


「見てみ、ほら」


 ピットがそういうから、俺は恐る恐る目線を戻した。

 と、傷口には金色の光がまとわりついていた。そして目の前で、みるみるうちに、傷が塞がっていく。痛みはおろか痒みも違和感もない。


「おおおおおおう……すげぇ……」


 なんて呟いた時には、綺麗さっぱり元通りになっていた。


「ふふん、すごいやろ」

「すごい! すごいよピット!」


 俺は得意げにしているピットの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 その時ふと思い出した。


「あ、と、そうだった。ベスター、手袋の替えってどこに入れたっけ?」

「それならこっちよ」


 そうそう、溶けたせいで指先が丸見えになってるんだよな。これでうっかりオカンを増やすなんてことがあってはならない。オカンはこれ以上いらん。


「ハイ、どーぞ」

「ありがとう」


 手袋を着け替えようと、古い方を取る。

 ちょうどその時だった。


「はい」


 ノックの音にハンクスが応じて、扉を開けた。

 入ってきたのは、ハンクスと比べるとやや小柄な、でも俺とは大差なさそうな体格の青年だった。薄い褐色の肌。黒い髪。レモンの色と形をした目。

 なんだかピットによく似ているな。と思ってピットの方を見たら、彼は見るも無残に硬直していた。その小さい口が「アニウエ……」と呟いたような気がした。アニウエ? アニウエ……兄上か?


「おはようさんでございます、ヒジリオ様」

「あ、えと、どうも……?」


 青年はするりと近寄ってきて、俺に一礼した。さりげなく、でもたくさん着けている金のチェーンがしゃらりと音を立てた。


「自分はこの国の王を務めております、ノルドと申します。以後お見知りおきを」


 言葉遣いは丁寧だがイントネーションは完璧に関西系だ。……っつーか王様?!

 俺は途端に緊張してきてしまった。生粋の庶民なもので……王様とかそういう響きに弱いのだ。


 ノルド(様ってつけた方がいいだろうか? いや、王様なら陛下か?)は一瞬だけピットを横目で見た。


「そこなピットは自分の弟です。不出来なもんで、なんや御迷惑お掛けしてますやろなぁ。えらい申し訳ありません」

「えっ、いやいやいやいや、そんなことないです!」


 俺はぶんぶんと首と手を振った。


「もうすでに何度も助けてもらってますし、俺の怪我もついさっき治してもらったばっかりで……本当に、助けられています」

「ふふ、優しいお人ですな」


 ノルド陛下は狐のお面みたいに目を細めて笑い、冷淡な声で言った。


「ほな、今後ともどうぞよろしゅうお願いします」

「あ、はい、こちらこそ」


 すぅっと差し出された手を俺は反射的に握っていた。


「あっ」

「ああっ」


 視界の端でハンクスが頭を抱え、ベスターが目を覆った。それを見て俺もハタと気付く。


 ……俺は何度同じことを繰り返せば気が済むんだろうな?


 素手で俺と握手したノルド陛下は、仮面みたいな笑顔をぴしりと割った。何とも言えない表情になって、その顔が赤く染まっていく。うわー、このへんピットとまったく同じ反応だ。さすが兄弟、って言ったら怒られるだろうか。なんか確執がありそうだし。


「あ、あー、ヴンっ、ごほんっ、あーっと、ヒジリオ様?」

「えと、はい、なんでしょう……?」


 ノルド陛下は俺の手を両手で包み込み、にっこりと笑った。声が熱を帯びている――なんか、嫌な予感!


「どうぞボクの国でごゆっくりお過ごしください。誰にも、あなたを傷付けさせはしません。危険な旅などやめてしまいなさい。王都へは使いをやりますから、さ、こちらへどうぞ」

「えっ、ちょ、待っ……」

「衛兵! 他の連中を牢へ放り込め!」

「はぁっ?! ちょ――」


 ドドドッとなだれ込んできた兵士たちに視界を遮られ、あっという間に分断される。騒いでいる声が聞こえたが、さすがに多勢に無勢と見えた。しっかし見事な統率。俺を連れ出す手際なんか歴戦の誘拐犯みたいだった……いや待ってこれヤバくないか?!

 俺の手を握ったままスキップし始めそうな勢いのノルド陛下は、満面の笑みを俺に向けた。


「さぁ、これで安心ですな、ヒジリオ様。外へ出なければ危険はない。あなたを守るにはこれが一番や。魔王と戦うなんて言語道断。あなたを守るのが我らの使命やさかい。……悪い虫はぜぇんぶ駆除するに限りますなぁ」


 しまった――コイツ、箱入り娘を作る系のオカンだったか……!

 ここ最近で一番のピンチのような気がしてきて、俺の冷や汗は止まらなくなった。




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