38 生存本能だからな!
俺を抱えて走るハンクスはまったく息を乱すことなく、すさまじいスピードであっさり森の外へと駆け出した。まだ町までは距離があるけれど、とりあえず地面は平らになって、見通しが良くなる。ハンクスのスピードが上がって、悪鬼どもを引き離しにかかった。
「キャシャシャシャシャシャッ!」
「ギャシャッ! ギャシシシシッ!」
「ギャーシュギャーシュッ!」
ん? なんか話し合ってるみたいな雰囲気だな……。
とか思いながら見ていたら、奴らは立ち止まった。諦めたのだろうか。
「ギャーシュ!」
「ギャーシュ!」
あー、あれは、組体操だ。悪鬼たちはピラミッドを作り始めた。なっつかしいなぁ、俺ちょうど真ん中らへんに配置されて、けっこうきつかったんだよなぁ。
止まった連中と走り続けるハンクスで、どんどん距離が開いていく。けれどまだ見えるのは、ピラミッドがそこそこの高さになって――
――次の瞬間、ピラミッドの倍くらいはある大きな鬼に変化したからだ。
……合体して大きくなるのって、ロボとスライムだけじゃないっけ……。
「ギャオォオオオオオオオスッ!」
「んぐっ!」
「うわっ!」
大鬼の咆哮は音波というか衝撃波だった。それに背中を突き飛ばされるようにして、ハンクスが膝をつく。それでも俺を落とさなかったあたりすごいとしか言いようがない。
だが、ハンクスはそこから動きを止めた。
「ハンクス? おい、大丈夫か?」
見れば、額には大量の脂汗。まばたきを何度も繰り返して、歯を食いしばっている。
ヤバい、何か知らんけど明らかにおかしい!
腕から力が抜けて、俺は滑り落ちた。
「ハンクス!」
「……っ」
「? なんて?」
何か言った。大鬼の足音と高笑いのせいで聞き取れなかったのだ。ああもううるさい!
慌てて耳を近付ける。
今度ははっきり聞き取れた。
「加護、を、くれ……」
「――了解!」
ようやく俺に出来ることがやってきた!
「聖なる加護よ、頼む……俺の騎士を助けてくれ!」
俺はつい癖で、神社での参拝みたいに両手を打ち鳴らしてから、ハンクスの額にそっと口付けをした。
「ギャシャシャシャアッ!」
大鬼の勝ち誇ったような声がすぐ真上で響き、俺たち二人よりもなお太い棍棒が振り上げられた。
だがその棍棒は地面を叩いただけ。
再度俺を抱え上げ、余裕で離脱したハンクスがぼそりと教えてくれた。
「悪鬼の声には呪いがあるんだ。ヒジリオの加護であればきっと打ち消せるだろうと思って」
「なるほど」
きっと、とか、だろう、っていう曖昧な表現がちょっとだけ嬉しかった。逃げろって言わなかったことも。俺はどうやら賭けるに値するらしい。
「だが、その場しのぎだ。少なくともやられることはないが……」
ハンクスはぶん回された鬼の棍棒を軽々と避けながら、唇を噛んだ。
「このサイズを素手で倒すのは、さすがに厳しいな。街中に連れて行くわけにもいかないし……」
「大丈夫だよ、ハンクス」
首を傾げたハンクス。
俺は笑いかけた。
「ピットの魔法が俺にくっ付いてたんだろ? だったら――」
「セイリュウちゃん! ハンクスちゃん!」
「セイにぃー!!」
ほら見ろ、やっぱり来てくれた。
ピットが杖を振りまわし、女の幽霊みたいなのがぐるぐると鬼の周りを旋回する。ターゲットが俺たちから外れる。その隙にベスターの撃った矢が、鬼の手から棍棒を叩き落とした。
「本当、信頼できるいい仲間だよな」
「……そうだな」
ハンクスは何とも言えない表情でわずかに頷いて、それからパッと進路を変えた。
「ベスター、セイリュウを頼む」
「ハァイ、アタシにお任せあれ~。ところでハンクスちゃん、ハイ、忘れ物」
「あ、ちょっと待ってベスター」
俺と引き換えに差し出された忘れ物を、俺はハンクスより先に掴んだ。
地面に下ろしてもらって、剣を捧げ持つ。
「ワンパン、お願いします!」
攻撃は最大の防御。ハンクスが怪我をする前に、この剣が敵を斬り伏せてくれるように。
俺は柄にはめ込まれた小さな宝石にキスをして、それからハンクスに剣を差し出した。
「んじゃ、あとはよろしく!」
「……ああ。任せろ!」
俺が差し出した剣をしっかりと掴んで、ハンクスは踵を返した。
抜剣も、そのあとの斬撃も、俺の目ではとうてい追えなかった。ハンクスの姿は消えたように見えて、俺に分かるのは結果だけ。
ベスターがひゅうと口笛を吹いた。
「吹っ切れたみたいねぇ。何か言ったのかしら?」
「いや?」
大鬼は一瞬で寸断された。断末魔の叫びが夜明けの空に響き渡る。後で近隣住民に謝った方がいいかもしれない。こんな声で目を覚ましたらその日一日最悪の気分だろうから。俺たちは最高の気分だけどね。
俺はゆったりと剣を納めて戻ってくるハンクスに手を振りながら、
「童貞のまま死ぬのは嫌だよなぁって話しただけ」
と言った。
ベスターは「真理ね……」と言いながら、しみじみと頷いた。




