35 暴れ柳ってわりとトラウマもんじゃない? ……じゃないか。そうか。
俺の息はすっかり上がっていた。ほとんどタイムラグ無しで部屋を出たはずだったのに、ハンクスの姿はどこにもなかった……えー、アイツの足の速さ、異常じゃない……? 世界新狙えるのでは……? それともなに、俺が異常に遅いのか……?
仕方がないから手当たり次第に聞き込みをした。
といっても、俺が尋ねたのはほんの一文。
「金髪・高身長・イケメン、どっち行った?」
たったそれだけなのに、全員、
「めっちゃ綺麗な金髪のあんちゃんやな? あっち行ったで!」
「あー、あんの背ぇたっかいな。そっちやそっち!」
「ものっそいスピードで出てったで! いやぁ、えらい速かったなぁ」
って即座に指差してくれた。これが俺だったらこうはいかなかっただろう。ハンクスの金髪がめちゃくちゃ目立って助かった。……俺も髪の毛染めようかな。探される予定はないけれど。
「ハンクスー!」
外はもう真っ暗だった。昼間あれだけ賑わっていた市場は静まり返っている。歩いているのは兵士っぽい人か酔っ払いばかり。
俺は兵士っぽい人たちを選んで聞き込みを続けたが、やはりこの暗さだ。いくらハンクスの金髪が派手でも、月もない夜闇には敵わない。目撃情報は一気に減った。
俺は当てもなくさまよいながら、必死になって考えた。
(ハンクスならどこに行くだろう……本当に真っ直ぐ王都へ行ってしまった? いやでも、あの真面目なやつが、通行証無しで行くとは思えないし……)
だとしたら、明日までは少なくともこの王宮近くにいるはず。
(宿に泊まるか……いや、野営だな)
野営だ。間違いなく。謎の確信があった。
そして野営をするなら、きっと緑が近くにある場所を探すだろう。
(騎士団の砦の周りみたいな感じの……そんなところ無かったとしても、それに出来るだけ近いような感じの場所を……)
俺は通りすがった兵士っぽいおっちゃんを捕まえて、木がたくさん生えているような場所が近くにないか聞いた。
「木? そんなら、とりあえず南にぎゅーんて行ってな、それから東にきゅって曲がれば、なんやそれっぽい場所はあるけど」
「わかった、ありがとう! それじゃあ!」
「あっ、ちょい待ち、坊主! そっちは今――」
兵士のおっちゃんに手を振って、俺はそっちの方に走っていった。
走り始めてから、南にぎゅーんてどれぐらい行けばいいんだろう? という疑問を持った俺は馬鹿なのかもしれない。いや擬音の多さよ! それで伝わるのは同じ文化圏の人だけだから! 異世界人の俺に伝わると思うなよ?!
(ぎゅーん……ぎゅーんって、これくらいか?! わっかんねぇなぁもう!)
わっかんないから適当なところで東に曲がった。心の中で「きゅっ」って言いながら。
――わっかんないと言えば、ハンクスのことだってそうだ。
(……やっぱ、【被庇護の肌】なんて嘘くさいよな)
百歩譲って本当に効き目があるとしても、俺みたいなお荷物を守るのはきつかったんだろう。主に精神的な面で。
(マジでなんで俺だったんだろうなぁ! 聖女じゃないし、男だし! ほんっと、女の子を呼べよ女の子を! 野郎を抱えたってそりゃ面白くもなんともねぇもんなぁ! デメリットしかない!)
男女差別? 知らんね、人に向き不向きがあるみたいに、男女にだって向き不向きがあるもんだろう! なんでもかんでも機械的に平等にすりゃそれでいいと思うなよバーカばーか!
(俺だって嫌だよ……っ!)
守られるばかりで、何も出来ないなんてさ。挙句の果てに、ここまで一緒に来てくれた優しい奴に、あんな追い詰められた顔をさせて。
(役立たずは俺なんだ。ハンクスじゃない)
通りからはどんどん人家が減っていって、兵士も酔っ払いもいなくなった。「きゅっ」って曲がる時に、隅っこでうずくまって眠るホームレスっぽい人とすれ違ったのが最後。
寒くも暑くもない。空気は乾燥していて、なんとなく肌がざらつく感じがした。
ふいに、空気の中に湿り気が混ざったと思ったら、おっちゃんの言葉通りそれっぽい場所が見えてきた。
「ここか……?」
確かに木はある。森とは言い難いし、騎士団のあった辺りとは方向性が真逆だけど。
なんだっけ……こういう観葉植物あるよな。あんまり水あげなくてもいいやつ。むしろあげすぎたら根が腐って枯れてくやつ。熱帯系の。細くて枝みたいな幹が何本もより合わさって一本になってるような感じのやつ。
それを俺の背丈の二倍にしてたくさん並べれば、今目の前の光景になる。……いや、なんか怖いな?! こういう木ってなんか暴れ出しそうじゃない?!
「――……よぉし」
ちょっと(嘘。だいぶ)びびったけれど、俺は意を決して踏み込んだ。
森(便宜上そう呼ぶ)の中はさらに暗くなった。空気はなんかねっとりとして重たいし、足元も悪い。細い根っこがぼこぼこと地面で波打っていて、何度も転びそうになった。
「ハンクスー……?」
ここまで来ていなかったらどうしよう。とんだ徒労だ。
(……待ってこれベスターたちにもけっこう迷惑かけているのでは……?)
はたと気が付いて俺は頭を抱えた。ほんっとこの想像力の無さよ!
「あああああ……馬鹿だろ俺……! 馬鹿! 本当に馬鹿! ああもうっ!」
苛立ちと恐怖で無闇に大声を出した瞬間、
ガサガサッ!
真後ろで葉が擦れる音。
「ひっ!」
俺は飛び跳ねた心臓を無理やり押さえこんで、振り返った。
輝く金色。
「ハン――」
一瞬安堵しかけて、しかしすぐに俺は硬直した。
輝く金色は比喩でなく発光していた。しかもそれは髪の毛じゃない。丸い光。二つ並んでいる。
目だ。
金色の目。
ガサガサガサガサ……ッ
立て続けに木の葉が揺れて、光が増えた。四つ。八つ。十六――
怪しく輝く目の下には、鋭い牙がガッタガタに並んでいる。そこからしたたり落ちた涎が木の根っこに当たると、じゅぅと音を立てて白煙が上がった。
ソイツらは骨と皮しかない猿みたいな姿で、にたにたと笑っていた。
「キャシャキャシャキャシャ……」
「セイジョ、セイジョ……」
「キャシャシャ、コロス、コロス……」
……誰か俺の膝の振動数を数えてくれないか? 歯でもいい。きっと今なら世界新を出せるから。
「キャシャシャシャシャシャ……シネ!」
「「シネェェッ!!」」
「うああああああああああああっ!!」




