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世話焼きベスター‐2

 

 しばらく前から、ハンクスがどこか塞ぎがちになっていたことには気が付いていた。


(本当に真面目なんだもの、難儀だわぁ)


 半ば錯乱しているような感じのハンクスを見ながら、ベスターはこっそりと溜め息をついた。

 リーナに喧嘩を吹っ掛けたのも、普段の彼だったらやらなかったに違いない。気分が落ち込んでいるのを誤魔化すため、あるいは己の強さを証明するために――……もしかしたら、とどめを刺してもらいたい、なんて気持ちもあったのかもしれない。なんにせよそんなふうに、感情に流されて手を出して、そして火傷した。


(まぁでも、いずれなることだったわけだし?)


 堅物な騎士様。戦闘力は高いが精神異常に弱い。

 精神の弱さは言葉通り、心の弱さからきているものだから。

 ここで折れるならばそれはそれで、別にどうでもいい。自分とは関係のないことだ。立ち直るならばいっそう強くなって帰ってくるだろう。セイリュウのためになる。そう思ったからベスターは、あえて事実を並べたてたのだ。

 案の定激昂したハンクスは中途半端なかっこうで出ていって、


「ベスターの馬鹿! 帰ったらちゃんと謝れよ!」

「はぁい、セイリュウちゃんがそう言うなら」


 セイリュウはそれを追っていった。

 すかさず続こうとしたピットを、ベスターはひょいと抱え上げた。


「ちょいちょいちょいちょい、放っておいちゃあかんやろ。なぁ!」

「いいのよ、ピットちゃん。むしろ放っておかなくちゃダーメ」

「せやけど、もう外は真っ暗やで! 騎士のあんちゃんはともかく、セイにぃが歩くには危険すぎる!」


 ベスターは感心した。【被庇護の肌】はこんな子どもにもきっちりと効いているらしい。こんな子どもにも危なっかしいと思われるセイリュウもセイリュウだけれど。


森霊(ザソス)をこっそり護衛に回すことって出来る?」

「……出来るけど」

「じゃあそうしてあげて。ね?」


 しぶしぶ頷いたピットを下ろす。彼がどこからともなく取り出した杖を軽く振ると、魔法陣が壁に浮き出て、そこから半透明の白いウサギが出てきた。ピットがそのウサギに二言三言命じると、ウサギは壁をすり抜けて出ていった。

 ベスターはそれを感心しながら見ていた。


(本っ当~によくできる子。思わぬ拾いものだったわねぇ)


 森霊とは本来“存在しないもの”である。魂とか魔力とか精霊とか、そういう目に見えないエネルギーを寄せ集め、固め、命令を吹き込み、ようやく動き出す幻影。人形を動かすのに近いが、人形と違って実体がないだけに扱いづらく、一体でも使役できたら優秀な魔術師とされる。

 それを三体扱ってみせたどころか、形も自由に変えられるなんて。


(これじゃあさぞかし生き難いでしょうねぇ。リューミンストじゃあ特に)


「騎士のあんちゃん、何か悩んどったの?」


 さっきまでハンクスが使っていたベッドに腰掛けて、ピットが不可解そうに言った。


「そうねぇ、難しいお年頃なのよ」

「ふぅん? あんな強いのに?」

「強ければなんでもいい、ってわけじゃないでしょ。ここにいる悪魔みたいにね」


 ピットは笑いたいような、でもそれ以上に怯えているような顔になって黙った。

 耳ざとく聞きつけたリーナが布団から顔を出してベスターを睨んだ。


「なんやクソ兄貴。なんぞ文句でもあんのか、えぇ? ウチらを捨てて好き勝手やっとるくせに、なんや他人の世話ばっか焼いて」

「ヤダ、焼きモチ~? 可愛げあるじゃなぁい」

「どあほう! 食えんモチなんか誰が焼くか!」

「アラ、なんかおモチ食べたくなってきちゃったわね」

「喉に詰まらせて死ね」

「婆ちゃんの死因ほじくり返すのやめてくれない?」


 モチ。何種類かの穀物を交ぜて蒸し、ピシュフヒュルゴ系の果汁を加えながら、粘り気が出るまで潰したもの。穀物と果汁のブレンドによっては殺人的な粘り気と弾力、まれに水分を含んで膨らむという特徴を持つこともあり、モチが死因となる殺人事件および事故は年百件を超える。

 だが中毒性を疑われるほど美味いので、消費者は一向に減らないのである。ベスターとリーナの祖母もまたモチをこよなく愛し、そしてモチに殺された人だった。


「あ、婆ちゃんで思い出したわ。それをアンタに聞きに来たのよ」

「どれや」

「聖女様のおとぎ話、覚えてる?」


 リーナは頬を膨らめて、それからぎゅっと顔をしかめた。不機嫌と痛みの混ざった顔。


「覚えてるけど、それがなん?」

「聖女様の御業、三つあったでしょう? 涙で傷を癒す、キスで加護を与える。三つ目って何だったかしら?」

「覚えてへんの? あんな何度も何度も、婆ちゃんが音を上げてもまだせがみ倒して喋らせた挙句に婆ちゃんの喉三日も潰しておいて?」

「ヤダ~、いつまでそんなこと覚えてるのよ。リーナってば実はアタシのこと大好きじゃなぁい?」


 ハンッ、とリーナは思い切り鼻で笑った。


「アホもここまで来ると笑えんなぁ。アンタが親父から逃げ出した後、ウチらがどんだけ苦労したか想像できるか? あぁ? ぶった切るぞ阿呆。大っ嫌いや。ほんまに」

「でもそれでアンタが悪魔になる必要はどこにもないと思うけれど?」


 押し黙ったリーナが、ふいに起き上がった。


「出てけアホ。出てけ!」

「ちょっとリーナ、怪我にさわるわよ!」

「うるせぇ、さっき散々叩いてきたヤツに言われたないわ! 出ていけ!」


 ぐいぐいと押されてベスターは部屋から追い出された。その後からポイポイとゴミを捨てるように、ピットと荷物を放り出される。

 最後にリーナが扉から首だけを出して、


「三つ目は最初っから分かってるんやろ? 確認に来たなら言ってやる――アンタの記憶が正しい」

「……そう。そうよねぇ」

「それと、これは持っていってやらんとアカンやろ。いくらなんでも」


 ぽいっと何かをベスターに投げ渡すと、乱暴に扉を閉めてしまった。

 手の中に残された物を見下ろして、ベスターは溜め息をついた。いろいろと懸案事項はたくさんあるが、現段階で最も悪い知らせになったのはこれだ。


「……ハンクスちゃん……さすがに……剣を置いてったのは、マズいんじゃない?」


 ピットまで「アホやん」と呟いた。


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