34 傷口に岩塩を捻じ込むタイプの鬼
ぶっ倒れたハンクスとリーナは即座に救護室っぽい場所へ運ばれて、手当てを受けた。俺はすぐに涙を流そうと思った(というか思う前にすでにちょっと滲んでた)のだが、
「ヒジリオ様の特殊能力が広まったら、あんまりよくないと思うのよ。やるなら人がいなくなってから、ね」
「せやな。あの治癒能力はヤバい。下手な奴に知られたら干からびるまで搾り取られるで」
と二人に止められた。確かに【癒しの水】はあまりに効き目が良すぎるからな。この大怪我を一瞬で治してしまって、それが広まったら、面倒事は避けられないだろう。こういうところも俺の想像力が足りない部分。
手当て自体はあっと言う間に終わった。この手の騒ぎには慣れ切っているらしく、医者の人たちは淡々と事に当たって、終わるなりすぐに部屋を出ていった。お礼を言ったら怪訝な顔をされた。ちょっと傷付く……。
「セイリュウちゃんのせいじゃないわよぉ」
ハンクスが収められたベッド脇の椅子に座っていたら、ベスターが出しぬけにそう言った。
「え、なにが?」
「ハンクスちゃんが負けたこと」
「……なんでわかったの」
「顔に書いてあるわ。もー、セイリュウちゃんってば本っ当に優しくていい子なんだからぁ。ウフフッ」
ベスターはリーナのベッドにぞんざいに座った。そして布団ごしに、リーナを思いきり叩いた。
「っっってぇっ! っにすんねんクソ兄貴!」
「最後のアレ、リーナがサーベルの飛ぶ方向を調整して、わざとセイリュウちゃんの方へ行くようにしたのよ」
「えっマジで?」
「そうよね、リーナ?」
布団から顔だけ出してベスターを睨んでいたリーナは、ぷいとそっぽを向いて「勝つためなら手段は選ばん」と呟いた。
つまり本当にそういうことらしい。……でも、俺がお荷物って事実は変わらない。
「そうでもしなきゃハンクスちゃんに勝てなかった、ってことよ」
「フンッ。あんなあっさり引っ掛かるとはさすがに思わんかったけどな。どんだけ信用されてないねん、兄貴も、そっちの腰抜け野郎も」
「こーら、セイリュウちゃんに向かって汚い口きくのやめなさい」
「いででででででっ、怪我人になにすんねやアホ!」
「傷口を倍に広げられたくなかったら、余計なこと言わないのね」
そう言ってベスター、にっこり。妹にも容赦ねぇのさすがっす……久々に彼がお頭と呼ばれていたオカマ様であったことを思い出した。
リーナは舌を打って布団に潜り込んだ。
ベスターが俺を見て、静かに頷いた。やっていいわよ、ってことらしい。
俺は頷き返して、ハンクスの顔を覗き込んだ。
半分以上がガーゼや包帯で隠されている顔。布団で見えなくなっているが、体はもっと傷付いている。こうやって倒れているハンクスの姿を見るのは三度目だ。いつだって俺が足を引っ張っているのに、俺は無傷で、ハンクスだけが倒れている。
情けなくて、涙が滲んだ。
「……ごめんな、ハンクス」
何事もなかったかのように治せるけれど。
本当は、そもそも傷付いてほしくないんだ。
「俺がもっと戦えればいいのに……」
目を瞑ると、それに押し出される形で涙が落ちたのが分かった。
ぽたり、とハンクスの頬に雫が乗って、それが一瞬で消える。銀色の光が散らばって――緑の瞳がパッと開いた。
瞬間、ハンクスはがばりと起き上がった。俺は慌てて目元を擦って涙を引っ込める。
「大丈夫かハンクス。痛いところは無いか?」
「……」
「ハンクス?」
しばらく俺の顔をじーっと見ていたハンクスは、ふいにベッドから飛び降りた。そしてボロボロになった服を着て、荷物を纏めて――何やってんだコイツ?
首を傾げた俺に向かって、ハンクスは目を伏せたまま言った。
「悪い、セイリュウ」
「……え、何が?」
「俺はお前の騎士には相応しくない」
「は?」
今の俺はこの世で一番呆けた顔になっているはずだ。ハンクスは見なかったけれど。
「王都へ先行する。向こうで一番の騎士を見つけて、お前の護衛に付くように頼む。合流したら【被庇護の肌】を使うんだ。いいな。それまでここで待っていてくれ。それじゃあ」
「ちょ、ちょっと待てよハンクス!」
そのまま出ていこうとしたハンクスの腕を、俺は咄嗟に掴んだ。
「なんだよ突然……何それ、どういうこと? 何考えてんの?!」
「俺は役立たずだ。お前を守れない。わかるだろう」
「わっかんねぇよ!」
いや本当にわからなかった。相応しくない? 誰が? 別の騎士? 誰が、誰の? 役立たず? マジで誰が?!
ハンクスは意地でも俺と目を合わせようとしなかった。そのまま出ていこうとする。体幹で敵うわけがない俺は半ば引きずられながら、ベスターとピットに目で訴えた。お前らも何か言ってくれ、助けてくれ!
んー、と小首を傾げて困ったように微笑んでいたベスターが、口を開いた。
「そーやって逃げるなんて、確かに相応しくないわね」
ベスターァアアアアア! なんでお前はそうやってとどめを刺しにいくようなことを……! 確かにハンクスの動きはピタリと止まったけれど! でもこれは説得される流れじゃない! 逆だ!
「騎士様が聞いて呆れるわ。ちょーっと悪魔に魅了されて敵対して、ゾンビにやられて、自分から吹っ掛けた喧嘩に負けてセイリュウちゃんを一文無しにしたくらいで、ねぇ」
並べ立ててやるなよ……鬼かお前は! 一文無しになったのは俺のせいだし!
ハンクスがぎり、と奥歯を噛んだ。ヤバい。
「そうねー恥ずかしいわよねーわからなくはないわぁ。でもそれでぜぇんぶ放り投げて逃げ出そうっていうのはちょぉっと理解に苦しむわね」
「……うるさい。お前に何がわかる」
「騎士様のことなんて何もわからないわ。それともなぁに、わかってほしかったの? ヤダァ、それならそうと言ってくれなくっちゃ。でもダーメ。そんな甘えんぼさん、こっちから願い下げよ。行くならとっとと行きなさい、ホラ」
「貴様に言われるまでもないっ!」
ハンクスは俺の手を振り払って、部屋を飛び出した。ああ、行ってしまう!
「ベスターの馬鹿! 帰ったらちゃんと謝れよ!」
「はぁい、セイリュウちゃんがそう言うなら」
ひらひらと呑気に手を振るベスターを扉の向こうに閉じ込めて、俺はハンクスの背中を追った。




