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33 幸運E-


 たちまち荒れ狂う歓声の渦。熱狂。すさまじい観衆の大声に鼓膜がやられそう。一気に膨れ上がった熱気に包囲されて、熱中症になってしまいそうだ。喉が渇く。汗がしたたる。俺はプロレスとかあんまり興味ないから年末ですら見たことないけど、実際に行ったらこんな感じなんだろうなって思った。


「そこよハンクス! 手足の一本や二本、千切っちゃいなさい!」


 ベスターが物騒な野次を飛ばす。


「すごい! すごいなぁっ! リーナとタメ張るやつなんて初めて見たわ!」


 ピットは手放しの賞讃を送った。


 それらを聞くともなしに聞きながら、俺は円の中の激しい攻防に目を奪われていた――っつっても、ろくに追えていないんだけど。

 瞬きするたびに二人の立ち位置が入れ替わっている。音叉を叩いた音を数百倍に大きくして、数千倍に鋭くしたような金属音が何度も何度も響く。

 そして舞い散る真っ赤な血しぶき。

 雄叫びは歓声を貫いて耳に突き刺さる。


「おぉぉおおおおおおっ!」

「うぉらぁぁああああっ!」


 真正面から二人の刃がぶつかり合って、止まった。いわゆる鍔迫り合いの状態だ。無責任な大喝采。いいぞ騎士様! やっちゃえリーナ様! 最高の喧嘩だ! いえーーー! ひゅーーーー! わっしょーーーーい!


「……セイリュウちゃん、大丈夫?」

「はっ? えっ、あっ」


 ベスターに声をかけられてはたと我に返る。


「だ、大丈夫」


 と言いながら俺は今、さっきまで浮かれていたことを猛烈に恥じていた。


 マネキンチャレンジみたいに(力が拮抗してるってことなんだろうけど)固まっているから、二人の状態はよく見える。

 どちらもボロボロだ。体中あちこちに切り傷が刻まれていて、血がしたたり落ちている。この距離で見てもめちゃくちゃ痛そう。リーナは左の太腿に一番大きな傷があって、そちら側ではあまり踏ん張れないでいるようだった。ハンクスは脇腹をざっくり斬られていて、ズボンの右半分が血に染まっていた。痛そう、っつーかなんかもう痛い。俺の体まで痛くなってきた。


 想像力の欠如した現代っ子で本当に申し訳ないと思った……見なきゃ分からないなんて。そうだよなぁ、真剣での喧嘩ってこういうことだよなぁ、命がけってこういうことなんだよなぁっ! ああああやっぱもっと止めておけばよかった! 賭けとかしてる場合じゃねぇーよ! 馬鹿! アホ! 間抜け! おたんこなす! ゲーム脳! あああもうっ!

 許されるのだったら『もうやめてくれ』って割って入りたかった。もうこれ以上、どっちも、無駄に傷付かないでくれって。


 でも同時に分かる。軟弱でへたれな現代っ子だけど、俺も男だから。

 そんなんで止まるくらいなら最初からやってなかっただろう。


 馬鹿たちの意地の張り合いを止められるのは、本物の聖()だけだろう。


「ほんまに大丈夫か、セイにぃ?」


 ピットが俺の腕をぎゅっと抱きしめた。


「だいじょぶだいじょぶ」


 こんな小さな子だって平気な顔して見てるんだ。俺だけリタイアなんて意地でも出来ない。

 というか加担して煽った手前、見届けないなんて駄目だ。応援しないなんて駄目だ。それじゃあ無責任にもほどがある!


 俺は大きく息を吸って、歓声に混じった。


「がんばれハンクス! 負けるなぁっ!」


 ギィィインンッ


 ひときわ耳障りな音と一緒に均衡が崩れた。押し切ったのはハンクスだ。


「っしゃ行けぇーっ!」


 畳みかけるハンクスに、だがリーナが黙っているわけがなかった。


 ――ここから先の一連の流れは、冷静になったあとから思い返している。実際の俺は「え」と呟いただけで、何も理解していなかった。


 ハンクスが一気に勝負を決めにかかって、強く打ち込んだ。それをリーナはあえて甘んじて受けたらしい。一際大きな血しぶきが上がって、観衆が大きくどよめいた。


 リーナの目的は“肉を切らせて骨を断つ”。

 けれどハンクスがそんなものに引っ掛かるわけがなかったのだ。勝負は勝負、手加減は無用だから。たとえ致命傷を与えていても、ハンクスは(にぶ)らない。彼が鈍る瞬間はごくごく限られている。


 反撃の袈裟切りを難なく打ち払って、リーナのサーベルが宙を舞った。血にまみれて汚れてもなお鋭く光る銀の凶器。


「え」


 その切っ先が俺の方を向いていると真っ先に気が付いたのは、ハンクスだった。

 致命的な鈍り。


「っ、セイリュウ?!」

「もらったぁああっ!」


 ベスターの短剣がサーベルを弾いた。

 軽い助走をつけたリーナの回し蹴り。


 地面にサーベルが突き刺さるのと、頭を思いきり蹴られたハンクスが倒れるのが、ほぼ同時だった――


 リーナが「ウチの勝ちやァァァアアアアアアッ!」と勝ち鬨を吠えながら倒れ、観衆が悲喜こもごもの喝采を上げるのを、俺はどこか遠くのことのように聞いた。


 ……なんてこった。ハンクスが負けてしまった――俺のせいで。



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