31 大乱闘ブラザーズ
王宮の廊下に響き渡った、王宮に相応しくない罵声。
そしてリーナは俺らの脇をものすごい勢いですり抜けて、ベスターの胸倉を掴み上げた。
「なぁにアホ面さらしてんじゃワレェ……ッ! 今さら何しに来よった、アァッ?!」
「ヤーダもぉ、リーナってば、相変わらずお口が汚いわね。昔みたいにいちいち拭いてあげなきゃダメ?」
「喧嘩売っとんのかテメェオラァッッ! 死に晒せェッッ!」
うーわ、なんだこの兄妹喧嘩……王宮のど真ん中でやることじゃない……。
だが集まった注目はすぐに逸れていった。
気のせいかな……なんか、『ああ、いつものことか』って空気を感じたような気がしたんだけど……気のせいだよな。気のせいだと信じたい。信じてる。やめろよピット、その悟り切った顔。日常茶飯事ですって顔すんなよ。
「ちょっと落ち着きなさいよぉ。短気は損気、いつもお婆様に言われてたじゃない」
リーナはとても人間とは思えない唸り声を上げながら、ベスターを放した。すかさず「よーしよしよしよしよし、よくできまちたねぇ」と猛獣をあやすように煽ったベスターが、当然のように繰り出された拳をひらりと避けて、俺の隣に。
「それでねリーナ。こちらの彼が聖男様よ」
「ヒジリオ? ――あぁ」
銀色の瞳が俺の頭の先から爪先までをじろりと見回した。
そしてハンッと鼻で笑う。
「らしいなぁ。いかにも軟弱そうな感じが」
おぅふ、すんません……いやでも実際あなたと比べたらあなたコンクリブロック、俺絹ごし豆腐、ってくらい軟弱だと思うので腹も立たない。
「あぁら、リーナ。セイリュウちゃんの悪口は言わない方が身のためよ」
だが、代わりとばかりに周りの連中が一気に殺気立った。やめろて。いやありがたいけど。ハンクスは分かりやすくムッとしているし、ベスターは声が笑っていない。あんなに震えてたピットまで(まだ震えてはいるけれど)気丈に俺の前に立つ。
リーナはまた馬鹿にするように笑った。
「昔っから大っ嫌いなんや。そうやって守られるだけのお荷物様が、世界を救う? はぁー、そりゃまた結構なことで。魔物の一匹も殺せなさそうな顔して、なぁ!」
俺は咄嗟にハンクスとベスターの腕を掴んだ。不満げな目を向けてくる二人に首を振ってみせる。やめろてマジで。事実だし。それよか王宮で騒ぎを起こす方が嫌だ。
「なんや、青っちろい顔してぷるぷるぷるぷる首振って! 首振り人形の方が邪魔にならんだけまだマシや! 言いたいことがあんならはっきり言わんか、腰抜け!」
首振り人形ってこっちにもあるんだ――とかって余計なことを考えた隙を突かれ、ハンクスに手を振り払われた。
あ、と思った時には彼は前に進み出ていて。
背中が怒りで膨れ上がっていた。いつもより二回りくらい大きく見える。
「撤回してもらおう。お望みとあらば剣を賭けてもいい」
「……面白い。受けてたとう!」
リーナの凶悪な笑み。
息を潜めて聞き耳を立てていた周囲がどよめいた。そして次の瞬間、「喧嘩だ!」「決闘だ!」「悪魔のリーナに挑むやつがいるぞ!」と悲鳴のような歓声のような雄たけびが四方八方で響き渡った。あっと言う間に喧騒が満ちて、もはや半分お祭り騒ぎ。
「うーん、やっぱりこうなったわねぇ。大丈夫かしら、ハンクスちゃん」
「なぁ、ええんか。リーナ、ほんまに強いで?」
俺はそんなに心配していなかった。だってハンクスだし。いくらピンクのゴリラが相手でも平気だろ。
「ハンクスちゃん、魔物の相手には慣れてると思うんだけど、リーナは対人戦のプロだから」
「百人抜きを一時間かけずに達成した女やで」
「殺さず無力化って大変なのよねぇ」
「単純に強い上に、汚い手ぇも平気で使うし。リーナに逆らうやつは一人もいないんや。どこをとっても国一番の剣士ってわけ」
「お前らさ、そういうことはもうちょい早く言っておいてくれない?」
そうしたらもっと真剣に止めたのに! 何て言ってももう遅い。
俺は人波に流されていくハンクスの背中に心からの祈りを捧げた……どうか無事に済みますように!




