30 震える理由が会いたいからとは限らない。
そんな風にはしゃいでいたピットも、首都に着いた途端静かになった。
「おわ……これはまた、なんというか……」
なんちゃら辺境伯領は西洋風だったのに対して、リューミンスト王国はなんとなくアジア風だった。カラッと乾いた空気と浅い色の空。活気は辺境伯領の数十倍(当社比)。簡素な屋台風の市が立っている通りは、ひらひらした服を着た褐色の肌の人々でごったがえしている。異国情緒あふれる……いや、異世界情緒って言うべきだろうか……うーん、悩みどころだな。いやどっちも同じかもしれない。海外旅行をしたことのない俺にとっては、異国も異世界も大差ないような気がする。というか言葉が通じるだけ異国よりいいかもしれない。
あちこちをきょろきょろと見回す俺は誰がどう見ても“お上りさん”だったと思うのだが、絡まれなかったのはハンクスとベスターのおかげだろう。この二人、見た目の牽制力ヤバいんだよな。味方だからありがたいけれど。
「で、どこに行くんだ?」
「王宮よ」
ベスターが怪しげなキノコを差し出してきた手を払いのけながら言った。
「通行証に印が必要になるの。――ッんだてめぇゴラァッぶっ殺すぞ! ――それに、ちょーっと会いたい人もいるし」
会話の最中にぶつかってきた奴への罵倒を挟んで、掏られた財布を掏り返したベスター。器用が過ぎる。っていうかこの国治安悪くない? 俺一人じゃなくてマジで良かった。……できるだけハンクスから離れないようにしておこう。
「会いたい人って?」
「アタシの妹」
「妹ぉっ?!」
俺は目を剥いた。ベスターの妹……ベスターの妹?!
「妹……いたの……?」
「ええ。辞めてなければ、王宮に勤めてるはずだわ。そもそもアタシ、この国の出身だし」
「名前、なんていうん?」
口を挟んだのはピットだ。
「そうね、ピットちゃんなら知ってるかも。リーナって言うんだけど」
「ひぇっっ」
ピットの顔色がさっと変わった。
「り、リーナ……あんちゃん、あん悪魔の……」
「悪魔?」
「あらヤダ、リーナってば相変わらず乱暴してるみたいね! うふふふふ!」
ベスターはものすごく楽しそうにしているが、ピットは小さく震えている。あんまり顔色が悪いから、俺は詳細を聞きたいのを我慢して、すり寄ってきたピットの手を取った。
こんなに怯えられる悪魔……ベスターの妹……駄目だ、想像が出来ない。ショッキングピンクのゴリラがドラミングしているイメージ映像が脳内に浮かんできたが、それでないことは明らかだ。というかこのイメージは色変させた大乱闘するゴリラだ。
まぁでもこっちには騎士と盗賊とピットがいるんだし! 身内なんだし! 平気だよな!
数十分歩いたところで、王宮についた。
「うっ、わぁ……すげ……」
さすがにでかい……なんちゃら辺境伯の屋敷でもだいぶでかかったのに、それよりもさらに五回りくらい大きい。王宮ってこういう感じなんだ……まぁ皇居にも行ったことないから比較対象がないんだけど。このスケールなら確かに、そのへんの壺の一つや二つ割ったところでバレそうにないな……。
「通行証の認可はこっちやで。ほらほら」
「わ、と、そんなに引っ張るなよ」
「せやかてセイにぃ……」
と、ピットはどっかの関西弁の探偵みたいに言いながら、俺の腕をぐいぐい引っ張って、思わず前傾姿勢になった俺の耳に囁いた。
「ボクほんまに会いたないんや。ベスにぃには悪いけど……」
「ああ、えっと……ベスターの妹さんに?」
ピットは神妙な顔つきで頷いた。
「あんな、ほんまにやめた方がええ。セイにぃも会わん方がええ。ぱっぱと通行証に印鑑貰て、ちゃっちゃと次に行くべきや。あん悪魔に目ぇつけられてみ、下手したらボクら一生この場に――」
「――お帰りなさいませ、ピット様?」
氷のような声が降ってきて、ピットがびしりと音を立てて固まった。
俺は恐る恐る顔を上げた。
そこにいたのは、巨乳のお姉さんだった。
一瞬でベスターの妹だと分かった――瞳の色とか肌の色(褐色でなかった。それを残念と思うかどうかは微妙な線)とか、背の高さ(俺よりもでかい)とかはどうでもいい。そんなことより、真っ先に目に飛び込んできた――
――そのショッキングピンク!
(ベスターの髪って染めたわけじゃなかったのか……)
どぎついショッキングピンクの髪の毛をポニーテールにして、どこか無骨な印象を受ける服を纏い、腰にサーベルを下げて、彼女は俺らの進行方向を塞ぐように立っていた。
「……」
(……え、怖……)
俺は唾を飲み込み、姿勢を正した。
ベスターにそっくりで、銀色のタレ目と南国系の顔立ち。すごく美人さんなんだが、怖い。笑顔なんか欠片もなくて、めちゃくちゃに怖い。明らかに殺気立ってるし。その威圧感に殺されそうだ。
しかしさすが兄妹と言うべきなんだろうか。
「ハァイ、リーナ! ごぶさた~!」
すげぇよベスター! この殺意の塊みたいな女にそのテンションで話しかけられるなんて!
だが逆効果だったようだぜベスター!
「ベスター……っ!」
額に青筋を浮かべる人間というやつを俺は初めて目の当たりにした。
そして次の瞬間、
「――なにのんきに帰ってきとんじゃこの(ピーーーーー)ッッッ!!」
ものすごい音量で叩きつけられたドギツイ罵声に、俺の意識は吹っ飛ぶ直前までいった。ふぅっ、ハンクスが支えてくれなかったら吹っ飛んでたね……。




