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苦労人ハンクス‐2


 “自責の念”というやつを覚えたのはいつ以来だろうか。


(……もしかしたら、初めてかもしれない)


 ハンクスはVSゾンビ、第四ラウンドを淡々とこなしながら、そんなことを思った。

 徘徊する死者たちは大した脅威でない。群れをなして襲ってくるのが厄介なだけで、一体一体の攻撃力と防御力はさほどでないし、たとえ傷付けられたとしても傷口の穢れに注意して処置すれば死ぬこともない。

 だから、半ば意識を飛ばしていても問題なくて――


 ――だから、先日の“不覚”が何度も脳裏によみがえってくるのだった。


 悪魔の魅了(チャーム)に呆気なく落とされて、セイリュウに剣を向けたあの夜。


 操られて朦朧とした意識と、霞がかった視界の中、零れ落ちてしまいそうなほどに見開かれたセイリュウの焦げ茶の瞳が、怯えと驚愕に揺れながらこちらを凝視していた――


「っ!」


 死者の爪が肩口を切り裂いた。にぶい痛みに思わず顔をしかめる。

 少しぼーっとしすぎたようだ、とハンクスはちょっと頭を振って、剣を握り直した。


 ――謝罪のチャンスを逃し続けているのも、気分が晴れない原因だろう。


 それどころか、彼が元の世界に戻れるかどうかすら断言できないでいるのだ。元の世界に、という話をした時の、迷子の犬のようなセイリュウの顔を思い出す。あの表情に対して何を言うことも出来なかった自分は、なんて不甲斐なくて情けなくて頼りないのだろう。それでも誓いを立てた騎士だろうか。


「ハンクスちゃん! あと十体よ!」


 魔法でも使っているのか、この異様に濃い霧を見通しているらしい盗賊の声に、無言で頷き返す。


 ――癪だが、認めざるを得ない。彼は、ベスターは有能だ。


 料理は美味いしよく気が付くし、魔法も使えるし、人の心に入り込むのが上手だ。先日の事件だって、彼がいなかったらどうなっていたか分からない。ついさっきも、少年の不審な行動に真っ先に気が付いた。聖女の特性をよく知っていて、セイリュウがいくつかの特殊技能に気付けたのは彼のおかげだとも聞いている。その事実がまたハンクスの心を塞いだ。


(それに比べて、俺はどうだ? ……剣を振るうしか能の無い俺は……)


 辺境の砦にいた頃には無縁だった悩み。

 それが今、彼からわずかに鋭さを奪っていた。


「っ、ぐっ……!」


 脳天を貫くような痛みに襲われて膝をつく。

 ゾンビが膝の下に噛み付いていた。仕留め損ねていたことに気付かなかったのだ。変異した牙がブーツを裂き、肉に食い込む。


「う……おおぉぉおらぁあああっ!」


 雄叫びで無理やり自分を奮い立たせ、ハンクスは残りの死者たちを斬り捨てた。


 ☆


 目を開けるとセイリュウの泣き顔があった。


(本当にすさまじい効果だな、聖女の……いや、ヒジリオの涙は)


 全身に刻まれていた傷という傷がすべて塞がっているのが分かる。穢れも感じない。心なしか疲れまで取れているような気がした。


「だ、大丈夫か、ハンクス……?」

「ああ、おかげでな。……だから、もう泣かなくていいぞ」

「ひぐっ……うぅ、うん……」


 子どもみたいにぼろぼろと涙を落としていたセイリュウが、「ホラホラ、もう平気よ~。ハンクスちゃんは丈夫だから、ね」とベスターに涙を拭われて、さすがに恥ずかしそうにうつむいた。

 ハンクスは立ち上がり、改まってセイリュウに向き直った。

 ともあれ、この窮地を脱しないからには、次は無い。次が無ければ、世界の未来が無くなってしまう。それだけは避けなくては。


(たとえ、この命に代えても)


 ☆


 ――彼が泣くのは、ヒジリオとしての責務だ。

 ――俺が彼を守るのは、騎士としての職務だ。


 ――偶然、あの神殿に最初に行ったのが俺だったというだけであって。

 ――騎士であれば、彼を守れる人間ならば、誰だって良いに違いない。


 ――だから。


 ――命が尽きても惜しくない。

 ――それは騎士の本懐である。


 ――どうせ植え付けられた庇護欲なのだから。

 ――俺が死んでも、次の騎士が現れるだろう。


 ――だから……。


 ☆


 魔術師から魔法の講義(のようなもの)を受けていたセイリュウが、ふいにハンクスの隣に来た。


「なぁ、ハンクスも知ってる?」

「……ああ、知ってるよ。有名だからな」

「へぇ……マジか……」

「ちなみに続きは、“だから諦めなければ負けではないのです。負けとはすなわち死なのですから。ゆえに立ち止まりません、勝つまでは”だ」

「ウッソ、なんでそこで戦時色出てきたの?!」


 異世界こわ……――とセイリュウは呟いた。とても年上には見えない、子どもっぽくて、平和ボケした男。


(どうか彼が、元の平和に戻れますように――)


 そのためならこの命など惜しくない、と、ハンクスは本気で思ったのだった。

 


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