28 予測可能、回避も可能だったはずである。
ベスターがどこからともなく丸まった紙を取り出して、膝の上に広げた。
ここで俺は初めてこの世界の地図を見たのだった。
孤立したポーランドが海に浮かんでるみたいな感じだった。丸くて、そこまで大きくもない……といっても、縮尺がわからないから正確なサイズ感は不明なんだけど。
島の端から端を、北西から東に向かって山脈が斜めに通っていて、それより北側が黒く塗りつぶされていた。
「ヒバ山脈があって、その向こうが魔界よ。魔界へ行って戻ってきた人間はいないわ」
「ここがお前が最初に来た場所だ」
と、ハンクスが地図の左上の辺りを指差した。ポーランドでいうとシュチェチンの北の辺りだ。(なぜ俺がポーランドに詳しいかと言うと、大学で東欧史をやっていたからである……懐かしい。)
「そこから南に下りて、今は――どのあたりかは分からないが、目指しているのはここだ。リューミンスト王国首都セルバ」
ポーランドでいうと……ウーチの辺りか? たぶん。
「ちなみに最終目的地、エルシャード=ヴェルゴスティエイラ連合王国の首都はここだ」
ハンクスが指さした辺りは大体ワルシャワぐらいの位置だった。
ふぅん、わりと遠い……ような近いような。やっぱ縮尺が分からないって不便なんだな。
「二ヶ国しかないってこと?」
「セイリュウの方はもっとあるのか」
「あーっと……」
百九十六ヶ国……って言ったら驚かれるだろうな、と思って、「まぁ、ここよりはだいぶたくさんある」とだけ答えておいた。
「もともとは一つの国だったのよ」とベスター。「初代国王の死後、三つに分裂してね。その後、エルシャード王国とヴェルゴスティエイラ王国はもう一回くっついたんだけど、リューミンスト王国は残ったの」
「はぁ」
なんだか歴史の授業を受けてるみたいだ。俺は嫌いじゃないからいいけど。
「リューミンストの国民はねぇ、魔族との関わりが強くって、魔法を使える人が多いのよ」
「マゾクトノカカワリ……」
「魔族はこの間の悪魔みたいな、ほとんど人に近い魔物のことよ。もちろん、生殖もできる」
「セーショク……」
つまり、異類婚てやつ?
「魔族の血が濃ゆい人間だけが魔法を扱えるんや」
とピットが憮然とした感じで(“憮然と”って使い方あってる? なんかすっごく不満そうな、がっかりしているような感じでって言いたいんだけど)口を挟んだ。
「で、リューミンストの王家は魔法が使えちゃあかんのや」
「聖女の子孫って触れ込みだものね」
はぁー、なるほど、何となくわかった。
つまりあれか。魔法を使うには魔族と交わる必要があるけど、リュー、ミン、スト? 王国の王家は、聖女の末裔だと言っている。聖女は魔族と交われない。だから、魔法が使える人間が王族にいてはいけない――
「……それで、いらない子、って?」
「そういうことや」
ピットは薄い黄色の瞳をギンと尖らせて俺を見た。
「やっすい同情はいらへんで。ボクは魔法が使えることに誇りを持っとるんや。王様なんか元からなりたないし、あん村の屍術士の討伐かて自分から志願したんや。誰も彼も、何もせんとみっともなく縮こまってはったからなぁ」
自分の国のことやのに、と彼は吐き捨てた。
責任感と自暴自棄がごちゃまぜになったような声音だった。
――同情するな、と言われた手前、俺はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
俺が彼ぐらいの時はどうしていただろう? 命の危険も迫害もない、平和で安穏とした世界で、難しいことなんて何にも考えないで、鼻を垂らしながら呑気にゲームをしていたに違いない。子どもはそれぐらいがいい。いや、そうあるべきだ。同情とかじゃなくて――もっと単純に――ともすれば、大人も子どもも関係ないかもしれないぐらい――
――人間には、優しさが必要だって俺は思うんだ。
そんなことを考えた俺は、つい手を伸ばしてピット少年の頭を撫でていた。
「あっ」
「オイっ」
手袋を着けていないことをすっかり忘れて。
ハンクスとベスターが慌てた声を上げて、俺がそのことを思い出した時にはもう遅かった。
ピットは頬を真っ赤にして、うろたえたようにしながら、
「な、なんやあんちゃん……あんた……そ、そないなことしたって無駄やで。ボクは誰にも尻尾ふらんもん……――でも、あんちゃん弱そやし、見た感じ魔術師おらへんようやし? ど、どーしてもって言うなら……ついてったげても、ええで。ていうかついてったるよ。しゃーないなぁ! 感謝しいよ、あんちゃん!」
と、そう言った。
……ぱ、パーティのバランスが整ったね! やったな!
――とは、さすがの俺も言えなくて、白い目を向けてくる大人二人の方を全力で見ないふりしながら、もう用をなさなくなった縄を解いてやったのだった。




