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3 麦は太陽の恵み、つまり麦酒は太陽である。


「ヒジリオ様?」

「大丈夫ですか?」

「行きますよ!」

「あ、ああ、うん……」


 俺は手を引かれて、ゆっくりと階段を下り始める。

 ドラゴンの足元では、ドラゴンに比べたらあまりにも小さすぎる人間たちが走り回っていた。そこにハンクス様が飛び込んでいった。わたわたしていた隊列がピッと整って、倒れていた人がどんどん運び出されていく。


「あのドラゴンは瘴気をまとっています」

「そのせいで攻撃が通らないんです」

「ヒジリオ様のお力でそれをどうにかしてほしいんです」

「どうにかって……」


 瘴気、瘴気か……。なんかそういうモンスターいたよな。何体か狩った記憶がある。ただし二次元で。


「具体的には、どうすんの?」

「ヒジリオ様は特殊技能(アクティブスキル)をお持ちのはずです」

「【浄化の光】【聖なる加護】【癒しの水】……」

「そのあたりを上手く使ってください」

「いやいやいやいや、そんなん知らんよ。初耳だわ。どうやって使うんだよ」

「え、知らないんですか?」

「ヒジリオ様なのに?」

「うっそだぁ~」

「くっそムカつくなお前ら……一方的に呼び出しておいて……」


 うーん、と三人はまったく同じ仕草で首を傾げた。


「ですが困りましたね」

「ヒジリオ様をお呼びしたのはこれが初めてのことなので」

「僕たちにもわからないんです」

「ヒジリオ様ご自身がわからないとなると」

「どうしたものか……」

「このままでは騎士団が――」

「グォォオオオオオオオッ!」


 ドラゴンが吠え、突然翼を広げた。飛ぶ!


「うわっ!」

「「ひゃぁあ!」」


 ドラゴンは俺たちの頭上を掠めるようにして飛んでいった。

 ぶわっと下から吹いた風に煽られて、借りたマントが翻った。外れそうになった腰のタオルを慌てて押さえる。あっぶね、猥褻物陳列罪になるところだった。


「わ、わ、わ!」

「ヤバいですヒジリオ様!」

「こっちに来ます!」

「え?」


 三人の声に目を開けて振り返る。

 と、


 ちょうど上空で体勢を整えたドラゴンと目が合った。


 ――殺られる!


「こっちです!」

「早く早く早く!」

「急いでください!」

「わ、ちょ、ま、お前ら……っ!」


 階段なのに後ろ向きに引っ張られたら落ちる!


「ゥルグゴォォオオオオオオオっ!」

「ひぃっ!」


 ドラゴンの急降下。突進。ターゲットは完全に俺だ。しかもたぶんこれ完全に当たり判定内にいる。ヤバい、マズい、死ぬ――っ!


「うわああああああっ!」


 パニくった俺は何を思ったかビールの缶を投げつけていた。

 と同時にマントの裾を踏んで体が宙に浮いた。


「あああああああああああっ?!」


 ああー死んだ。間違いなく死んだ。ドラゴンに殺られるか階段落ちで死ぬか、二つに一つだ。どちらにせよ最悪だ。


 恐ろしいほどの風圧が顔面スレスレのところを過ぎていったのを感じた。

 それから、背中に衝撃が――


 ――衝撃が――


 ――想像してたよりずっと軽いな?


「おい、ポンコツ神官ども! 無茶なことをさせるな!」


 ハンクス様の声に目を開ける。どうやら彼が受け止めてくれたらしい。


「ずびばぜんばんぐずざまぁ……」

「ぼぐらもごわがっだんで……」

「がんべんじでぐだざぁい……」

「お前らが転んだのは自業自得だ! 泣けば許されると思うなよ、俺より年上のくせに!」

「「ぴえん」」

「反省してないだろ貴様らぁっ!! ったく……おい、大丈夫か?」

「あっ、はーい、平気でーすぅ……」


 これが女だったら絵になったんだろうな、とか思うとむなしくなるのでやめた。たぶんハンクス様だってむなしく思っているに違いない。とりあえず助けられたことに対する感謝だけ思っておこう。ありがたやありがたや。

 ハンクス様は溜め息をついて、俺を立たせた。


 そのとき突然、ズンッと大きな音がして、地面がわずかに揺れた。


 バッと振り返ったハンクス様が――呆然としたように呟いた。


「マジか……」

「え?」


 つられて振り返る。

 目線のずっと下。階段のふもとに。


 あの巨大なドラゴンが、力なく倒れていた。


「え……なんで……? 俺何もしてないのに……」

「僕は見ました!」

「ヒジリオ様が投げた聖水を」

「悪龍が飲み込んだのを!」


 ビールで!? 嘘だろ!? 缶が喉に詰まったとか!?


「……どうやら、本物だと認めざるをえないようだな」

「えっ」

「最初っから本物だって言ってるじゃないですか!」

「もー、ハンクス様ってば疑い深いんだから!」

「でもそのくせあっさり騙されますよね!」

「いちいちうるさいぞ貴様ら!」


 きゃー、と両手を上げて、神官たちは俺の背中に隠れた。

 大きく溜め息をついたハンクス様が、髪を掻きむしるようにしてから、俺の方を見た。


「……名前は?」

「……あ、俺?」

「お前以外に誰がいる」

「コイツら……」


 と背後にちらりと目線をやると、三人のチビは「僕はイータ」「ロブ」「ハルモニだよ」とにっこり笑った。ぶっちゃけどれが何だったかわからなかったけれど。


「そいつらはどれをなんて呼んでも応えるからどうでもいいぞ」

「へぇ……」

「じゃなくてお前だ。お前」

「ああ、えっと……聖生――」

「セイリュウ、か」


 復唱したハンクス様がひょいと片膝をついた。


「我が名はハンクス。これより聖女――ヒジリオ、だったか。聖男(ヒジリオ)セイリュウ様の騎士として、剣となり盾となることを誓う!」


 ゲームのムービーかよ……。


 呆然とした隙を狙ったかのように吹き上げてきた風が、今度こそタオルを持っていって、慌てて手を伸ばした俺は足をもつれさせてぶっ倒れてそのまま気絶した。やっぱ徹夜とビールは駄目だわ――とか思ったのは、自分の醜態のことなんて考えたくもなかったからである……。



 

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