2 ただし魅了は男にしかかからん!
現れたのはいかにも騎士って感じの人。
甲冑に剣。真っ赤なマント。びっくりするほど明るい金髪。
そして眉間にシワ。
まだ若そうなのになんか苦労人っぽいなぁ。
「おい、神官! 聖女はまだか!」
「「あっ、ハンクス様!」」
このチビどもは神官だったらしい。威厳もへったくれもない神官もいたもんだ。
ぴよっと立ち上がって、ハンクス様とかいう騎士っぽい男のところへ駆け寄っていく。
「ナイスタイミングです!」
「ついさっきです!」
「召喚成功しました!」
「そうか! まさかと思うがそこにいる半裸の男じゃないだろうな!」
「「大正解ですハンクス様!」」
「ふざけるなこのポンコツ神官どもっ!!」
「「ひええっ!!」」
いやー、至極真っ当な反応だと思うぜ俺は。
ハンクス様とやらは神官の一人の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「三度目の正直と言ったのはどの口だ……っ!?」
「えっ、あっ、えーと、どの口だろう……僕だっけ?」
「僕かも」
「僕じゃない?」
「ええいまどろっこしい!」
同感。反応だけでよく分かるね、この人は常識人だ。
一方の神官は意外に機敏な動きを見せた。「えいやっ」と気の抜けた掛け声と一緒にくるっと回転して、ハンクス様から手甲と手袋を外しつつ地面に下りた。
で、懲りずに三人がかりでまとわりついていく。
「まぁまぁハンクス様」
「大丈夫です、って」
「そうカリカリしないでください」
「彼はきっちり聖女様――あらためヒジリオ様のはずですから」
「能力的には変わりありませんよ、たぶん」
「きっと世界を救ってくれますって、おそらく」
ハンクス様が「お前らぁっ!」と怒鳴って腕を振り回した。きゃー、とわざとらしい悲鳴を上げて、神官どもは俺の背後に隠れた。
鋭い目が俺を射貫いた。ずんずんこちらに向かってくる。うわ、こっわ。圧が強ぇ。
「おい、俺を巻き込むなよ……」
「大丈夫です、ヒジリオ様!」
「ヒジリオ様なら平気です!」
「ご安心ください!」
「お前ら本当に無責任だな!?」
「なぁ、お前」
「ひえっ!」
肩を掴まれた。
「災難だったな。手違いだろうが、こんな馬鹿どもに召喚なんか、され、て……――」
……ん? どうしたんだろう?
恐る恐る彼の方を窺うと、彼は目を見開いて“信じられない!”とでも叫びだしそうな顔になっていた。うわ、すげぇ、目ぇ真緑じゃん。外国人でもそうそういないだろ、こんなキレーな緑色。
チビたち三人がドヤ顔でふんぞり返った。
「お気づきになりましたか、ハンクス様」
「そう、これぞ聖女様――じゃなかった、ヒジリオ様の生態的特徴」
「【被庇護の肌】! 逃れられませんよ!」
ハンクス様は俺の肩を掴んだままわなわなと震えている。その顔がどんどん赤くなっていく。
え、ちょ、なにこれ、大丈夫? パッシブスキル……パッシブスキル? なんで突然ゲーム用語? そんで……ひひごの、はだ? ってなに?
俺は三人の方に首をめぐらせた。
「何それ?」
「聖女様の生態的特徴だと伝わっています」
「聖女様の肌と肌を合わせると“この人を守らなくてはならない!”という使命感が湧いてくるそうです」
「強制的に」
「何それ……」
「わかりやすく言うならば、ある種の『魅了』に近いですね」
「性欲ではなく庇護欲を掻き立てるタイプの」
「ただし男に限る」
「何それっ?!」
聞いてもわからなかった。ってかわかりたくなかった。
なるほど被庇護ってそういう……そういう?! チャーム?! しかも“男に限る”!? 何そのただし書き!!
「っ……き、キ、貴様らぁ!」
ハンクス様は叫ぶやいなやマントを外して俺にかけ、ぴゃっと逃げ出した神官たちを追いかけた。
「そういうことは! 先に! 言え!」
「でもでも、これで納得できたでしょう?!」
「さっすがハンクス様、すぐかかると思いました!」
「魅了耐性ゼロですもんね!」
「うるさい殺されたいのか!」
きゃーきゃー喚きながらハンクス様の手から逃げていく神官ども。
それを傍目に俺はマントにくるまった。あったかい……あったかいけど、なんか、その……複雑……。
要するに俺は聖女の役割を持っていて?
この世界は何らかの危機を持っていて?
それに俺が関わってどうにかしなきゃいけない、と?
「……夢にしたってリアルだなぁ……」
そんなRPGをやっていた記憶はない。というか聖女(男)が出てくるRPGなんか知らん。どんなクソゲーだよ。男女平等にもほどがある。っていうか“聖人”って言えばよくない?
あー、ビールが美味ぇなぁ!
「グルォォオオオオオオオッ!!」
三度、咆哮。それからパァンッ、とガラスが割れたような音がして、周囲を覆っていた霧がスーッと晴れた。
神官の二匹にアイアンクローを極めていたハンクス様が振り返る。
「まずい、やられたか!」
言うが早いか階段を駆け下りていった。
「ヒジリオ様、出番です!」
「よろしくお願いします!」
「さぁさぁこちらへ!」
神官どもに手を引かれて(こいつらはしっかり手袋をはめていやがった)無理やりハンクス様の後を追わされる。
「ひっ……」
階段を一段下りた時点で、俺は思わず息を呑み立ち止まった。
「グゴォオオオオオオオオオッ!」
長い階段の下だ。かなり距離があるのに、それでも巨大だとわかる黒いドラゴン。
その存在で、思い知る。
――ああ、ここは、違う世界だ――と。