甘く蕩けるティラミス
高校に入ってから私は、とある小さなカフェでバイト店員として働いている。
そんなある日、一人の男子高校生がお客として来店した。この時から私の物語は始まった気がする…と、もし今の私が当時の話を一冊の本にしたためるとするならば、出だしの文章はこれにしようと思う。
その男の子は、私と同じ教室のクラスメイト。
特に見た目や行動に特徴があるといえる雰囲気ではなく。窓側の席に座り、授業態度は真面目、休み時間などは家から持ってきたのであろう小説を読んだりか、ぼーっと外を眺めたりして過ごしている。
しいて言うならあまりクラスメイトと溶け込む事はなく、いつも一人で何かをしているといったところだろうか…前髪を垂らしているから表情もあまり読み取りにくく大人しいといった何処にでもいる普通の男子高校生である。
…いや
…今、こうして文章として形に残して行くと、その時からすでに理由もないけど、私の中では、『何となく気になる』程度には、彼を追いかけていたかもしれない…そう思うと普通の高校生?というのもまた違うかもしれない?
とりあえず話を戻そう…その男の子は一通りメニューに目を通すと、ケーキセットの『ティラミス』と『珈琲』を注文した。
オーダーを取ったのは勿論わたし。注文の受け答えから察するに、あいにく彼は私が同じクラスメイトの女子とは気づかなかったみたい…
まぁ…今まで話しをしたりといった接点もなく、唯一あるとすれば始業式の自己紹介くらいしか印象に残ってない関係なら気づかない方が当たり前だよね?それに場所も服装が違ってくれば特に気づきにくいだろうし…なんて思いながらケーキと珈琲を用意していく。
……
今の時間は、まだお客は1組、2組しか来ないくらいのゆったりした時間帯。彼の注文したケーキセットを席に並べた後なんとなく、彼が最初にケーキを口に運ぶ一口目をつい店の作業をしてる『フリ』をしながらこっそりと、眺めてみる。
男の人が甘い物を口にすることに対して変だと思ったり、意外に思ったりする偏見があるわけではない。私のお父さんもたまに大好きなシュークリームをこっそりと、食べてたりしてるのを見かけた事もあるもの…ただ普段教室で、見かける『彼』とふんわりととろけて甘い『ティラミスケーキ』を食べる姿が結びつかなかった事に好奇心が湧き、ついついこっそりと見てしまっただけである。
……
ゆっくりとケーキを口に運ぶ彼。
……
教室では見せることはない表情、まるで意外な一面に見れた気がする。
…あんな感じで笑うんだ…
珈琲はお砂糖やミルクを入れずにそのままブラックで口に運ぶ。
普段カフェオレでしか飲まない私からすれば、そんな彼はどこか大人っぽく感じた。
……
あれから少しして、彼はお会計を済ませて帰っていく。最後に『ティラミス美味しかったです。』と一言添えて
実は私がこのお店で一番好きなデザートがティラミスケーキ。彼と少しだけど、接点ができた気がして胸の奥が不思議に温かくなった。
◇◇◇
あれから数ヶ月ほど時がたった…彼はお店を気に入ってくれたのか毎週一・二回同じ時間に足を運んでくれていた。今では常連さんと言ってもいいかもしれない。
そろそろ、『実は同じクラスメイトだよ』ってキッカケを作って話してみてもいいのかな?今でも変わらず彼との会話はお客さんとしての対応としてでしか話せないでいることに少し気持ちがもやもやとする…
だけど、急に馴れ馴れしく話かけるのは失礼かもしれない…教室が同じというだけだし、ここでは、ただのお客と店員。
…
「痛っ!!」
「あっ、香織ちゃん大丈夫?」
考え事をしながら果物をカットしていた私は、誤って包丁で 切ってしまった。
「とりあえず水で傷口洗ってて。…バンソーコーまだ残ってたかなー?」
そう言いながらスタッフルームへと向かう店長。
指示に従って、蛇口をひねって、水を傷口にあてる。
「あの…良かったらこれ使ってください。」
声のする方に顔向けると。そこにはバンソーコーを手に持って立っていた彼の姿。
「あ…ありがとうございます。」
お礼言いながらもそこに照れくささが混ざってしまったのは、突然声をかけられた事に驚いたせいなのか、彼の持つ猫のイラストがプリントされたバンソーコーに対する彼とのギャップに可愛さと感じたせいなのか…
「いえ…ちょうど声が聞こえたし、バンソーコーも持ってたから…確か、名前花井さんだよね?同じクラスメイトの同級生って事でよかったらどうぞ…」
…
気づいてくれてたんだ…
照れ隠しをするように目線を逸らしながらバンソーコーを渡してくれる彼。
知ってくれていたという気持ちにまた胸の奥が温かくなるのを感じた…
ーーこれからはもっと積極的に彼と話しよう。
その時、私は決意した…
◇◇◇
「小説はうまく書くことはできた?」
珈琲をゆっくりと飲みながら、話しかけてくれる彼。
今日は、いつもと違う最近出来た、流行りのカフェ学校がお休みの日曜日に二人で向かい、彼とお茶をしてる間に私は趣味である携帯小説を書き上げていた。
「うん。短編小説だけどうまくまとめられたと思う。」
バンソーコーを貰ったあの日をキッカケに、彼と話をする回数は増えていった。色んなカフェでお茶したりすると言った共通する趣味の接点があってか学校やバイトが休みの時など二人で遊んだりする事も増えている。
「たまには、花井さんの書いた小説の作品読んでみたいんだけどダメ?」
ちなみに今は、彼氏彼女の仲ではなく友達として関係だ。
「んー…恥ずかしいからダメ。」
その言葉に彼は残念そうな顔を浮かべながら、いつも食べているものとは違うティラミスケーキへとフォークを伸ばし口に運んでいく…
流石に今書いたこの話の内容を彼に見てもらう勇気は私にあるはずがない…
…でもいつかは見てほしいかもしれない
そんな矛盾した気持ちに揺れる私は、誤魔化すように頼んだカフェオレに口をつけて流し込むことにした。
その後の二人の続きはまた別の機会に…