第六王子は敵国のメイドに恋をする(中編)
中編です。
「第六王子ミハイル・エレミエフ・アクーラに命じる。戦場に赴き、敵の将軍の首を取ってくるのだ」
返す言葉は一つだけ。
「めんどくせぇ」
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ソフィーに別れを告げて、ホワール王国を去ってから一週間。ミハイルは兄である第一王子エドアルト・エレミエフ・アクーラと二人きりで話をしていた。
「すまないなミハイル。これ以上時間稼ぎはできなかった」
「ほんとですよ。俺とソフィーの邪魔をするなんて・・・と言いたいところですけど、概ね予想通りの状況ですね」
「さすがだな、こうなることを予測していたのか」
「本来ならこのタイミングで逃げるつもりだったんですがね」
「お前の心を射止めてくれた令嬢には感謝しかないよ」
「俺は一秒でも早くソフィーの元に帰りたいんです。さっさとこんなくだらない戦争終わらせます」
「お前は戦場で、俺は王城でそれぞれ役目を果たす、だろ?だが、可愛い弟を一人戦場に送るのは兄としては非常に心苦しい」
「気遣いは無用です」
「ということで、俺の方で優秀な護衛を一人選んどいたから」
「人の話を聞け」
この人はいつもこうだ。心配をしてくれるのはありがた・・・くもないが、たまに余計なことをするのだ。
「死ぬなよ、ミハイル」
「俺は戦場といっても後方ですから、エド兄上こそ、うっかり死なないでくださいね」
エド兄上と別れて自室に戻る。しばらくすると例の護衛騎士が部屋にやってきた。
「殿下、お初にお目にかかります。護衛騎士の任を賜りました、ラリーサ・マカロフと申します。第一王子より、」
「あぁそういう面倒くさいやつはいいから」
「はっ」
優秀な護衛って、この女のことかよー!女と一緒に行動してたなんてソフィーに知られたら、嫌われる!しかもソフィーほどではないが、綺麗な顔をしている。こんなやつを戦場に連れて行ってみろ、面倒なことになるのが目に見えている。
「お前の顔は醜い。隠せ」
「はっ」
すると翌日には兜をつけてやってきた。だが顔だけ隠しても体で女だとバレる。
「女の騎士を連れていると舐められる。隠せ」
「はっ」
こうして全身鎧の護衛騎士と、王に命じられて俺の護衛をすることになった騎士やら使用人やらを連れて戦場に向かった。
戦場に向かう道中、使用人数名に命を狙われたが、すべて全身鎧に防がれていた。王につけられた護衛や使用人は全員俺を殺すために集められたのだろう。この程度の強さなら予想の範囲内。余裕で倒せるが、予想外が一人。あの全身鎧、強すぎる。戦場に着くまでは俺が手を下す手間が省けて楽だが、戦場に着いてからは非常に邪魔になる。
救護テントのさらに後方。予定通りの場所についた。今晩にもジャックの子飼いの諜報員が接触してくる。そのときまでにこの鎧女をどうにかしなければ、ジャックと連携ができなくなってしまう。あぁくそっ、癒しが足りない。フィーナが圧倒的に足りない。あの優しいぬくもりに早く包まれたい。
「鎧、俺の代わりに敵将の首を取ってこい」
ホワール王国の将軍もこちらの仲間だが、なかなかに強い。この鎧の相手もできるだろ。それに、こいつは人を殺すことが嫌なのか、力をかなり加減して急所を避けて斬っている。こいつを戦場に投入することで両国の兵の死者数をかなり減らすことができるはずだ。
「しかし、それでは殿下の護衛が・・・」
こいつもどうやら俺の味方が一人もいないことに気づいていたらしい。こんな俺なんかの心配をするなんてとんだお人好しだな。いつかその優しさが仇にならなければいいがな。
「さっさと行け!」
「・・・はっ」
王は俺を殺したがっている。俺が死んだあとで、ホワール王国の間者に殺されたとでも言えば、兵を大々的に動かす大義名分になるからな。王から差し向けられた護衛、というか暗殺者の数は残り6人。俺を守っていた鎧の騎士が消えて、早速総出で囲んできた。
「唯一の味方を手放すなんて本当にバカ王子ですね」
「味方というか、邪魔者だがな。まぁそんなことはどうでもいい。俺はあの護衛騎士のように甘くない。生きて帰れるとは思わないことだな」
装飾が一切ない武骨な剣を抜いて、両手で構える。俺には手加減して無傷で勝利するなんて技量はない。あれは、鬼のように強いやつだからこそできること。最善はこいつらを全員倒すことではなく、俺が無傷で生き残ること。俺が怪我でもしたらソフィーが泣いてしまうからな。
「さぁ来い」
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戦場の後方、救護テントのさらに奥。林の中にひっそりと佇む小屋に、金髪の青年が床に座って足の間に剣を挟みながら目を閉じている。
「遅かったな」
「お気づきでしたか」
「気配を完全に断つなんてことはできないからな。それより、状況は?」
「はい。戦況はホワール王国が若干優勢で、」
「あの老将軍に伝えろ。もうすぐ戦況は拮抗する、とな」
「失礼ながら、理由を伺っても?」
「面倒だ、それくらい自分で考えろって言いたいところだが、まぁ俺のせいでもあるからな」
「はぁ」
「とんでもなく強い騎士を一人戦場に送った」
「騎士一人くらいで戦況が変わるものでしょうか」
「実際に見ないとわからないだろうがな。いずれわかるさ。鬼のように強いから。あと、そいつに敵将の首を取ってこいって言ったから、老将軍によろしく伝えといてくれ」
「はああああっ!?なに煽ってるんですか!」
「でかい声出すな。斬るぞ」
「えっこわっなんで剣抜いてるんですか!?」
憐れな男の悲鳴が響きながら、夜は更けていく。
ミハイルが戦場(超後方)に出てからおよそ半年、ホワール王国内では新王が即位した。即位したのは病に倒れた第一王子に代わり、民からの信頼の厚い第二王子ジャック・シュヴァリエ・ホワールである。
「て感じでホワール王国の宰相をジャック様が丸め込んでついに王になりました」
「予定より遅かったな」
「宰相の説得に苦労したみたいですね」
「ところで、お前はよく俺のところに来るが暇なのか?」
「失礼な。そんなこと言うんだったらあなたの愛しのソフィー・ルー様に関する情報教えてあげませんよ」
「言え」
目にもとまらぬ速さで剣を抜き放ち、鼻先に剣先を持ってくる。ほんとこの人こわいな。もとは暗殺者をやっており、ジャック様を依頼で殺そうとしたら逆に殺されかけ、なぜか気に入られてこうしてジャック様子飼いの諜報員なんて仕事をやっている。いまは敵国の第六王子ミハイル様との情報交換の足として散々こき使われているが。
「あんたの無事を祈って毎日祈りを捧げています」
「・・・そうか。泣いては、いなかったか?」
「わたくしめは見ていませんが」
「まぁ見たらその目をつぶして斬るが」
「俺の扱いが酷すぎる」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもいい」
「2か月後に実行する、ジャックにもそう伝えろ」
「本当にいいんですかい?自国の民でしょう?」
「すでに多くの血が流れている。いまさら引き返すことはできない」
「そうですか。では先ほど仕入れたばかりの情報を一つ。あなたが潰そうとしている救護テントでは、敵味方問わず治療しているそうですよ。なんでもとある衛生兵が「怪我人に国境なんて関係ねぇんだよ!」って言って他の衛生兵もそれに賛同したみたいです」
「・・・はぁ。本当に予定通りに事が進まないな。救護テントを潰して後方から戦場を蹂躙する予定だったが、少し変更する。救護テントの衛生兵たちはこちらに取り込む。実行は3か月後に延長だ」
「御意」
この戦争が終わったら休みをもらおう、諜報員はそう心に決めたのであった。
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それから3か月後の救護テントでは、ミハイルがホワール王国の兵を引き連れて衛生兵たちを囲んでいた。
「お前か、めんどくさいことを言い放ったとある衛生兵というのは」
「いきなり自国の王子が敵さんをたくさん引き連れて最初に言うセリフそれ!?」
「名はなんという」
「え、は?えぇ」
「さっさと言え」
「・・・ルカ・スミルノフです」
「そうか。お前ら3分で荷物をまとめて俺についてこい」
「いやいや、患者を置いていくわけにはいきませんよ」
「ちっめんどくせぇな。おいっ!怪我人どもを運んでやれ!ここにはお前らの国の兵もいる!助けてやれ」
後ろで衛生兵たちが何かこそこそ喋っていたが、ミハイルは気づいていない。ただ面倒を増やしたルカ・スミルノフとかいう男をこれから馬車馬のように使ってやろう、と黒い笑みを浮かべるのだった。
「せんぱい、敵国の兵の治療してたのバレてますね」
「俺、打ち首かも。なんかゾクッときたし」
「さっさと動け!五分後に火を放つぞ!」
それからミハイルたちはおよそ1月で戦場を制圧した。この時すでにソフィーと別れてから1年と半年ほどの月日が流れていた。
「戦況はアクーラ王国が圧倒的に優勢だと王都には既に噂を流しております」
「もうそろそろあの能無しの王が戦場にのこのこ現れるだろうな。そこで討つぞ」
「本当に君がやるのかい?」
およそ1年半ぶりに会ったジャックが心配そうに見つめてくる。どいつもこいつもお人好しが過ぎるな。
「お前は計画通りに王になった、それなら俺も計画通りに王を討つまで」
「何も、その役は君がやらなくても良いんじゃないのか?」
「この計画の立案者は俺だ。最後は俺の手で終わらせる」
「君は本当に優しいやつだね」
「お前の目は機能してないみたいだな」
最後に互いの拳を突きつけあう。
「じゃあな、ジャック」
「じゃあな、ミハイル」
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アクーラ王国の王が戦場で戦死し、第一王子のエドアルト・エレミエフ・アクーラが急遽即位した。それから半年後、アクーラ王国はホワール王国に全面降伏し、王城は無血開城された。2年にも及ぶ戦争はここに終結した。敗戦の報は即座に国民に知らされた。それと同時に裏切りの王子、第六王子ミハイルが自国を裏切り、敵国の兵を招き入れ、先王と相討ちになったという情報も瞬く間に広がり、敗戦国の民の憎しみの対象になった。
しかし、第六王子ミハイルの訃報を聞いて悲しむ者が敵国にいた。
「待っててくれって言ったのに。必ず帰るって約束したのに・・・嘘つき」
はらはらと涙を流す女が一人。彼の恋人だったソフィー・ルーである。彼女は死んだ恋人を思い、こそ先も一人生きていくのであった。
なんてね。どうも、諜報員のアンバーです。ただいまこの一連の任務の最後の仕事を行うために、天井裏で一人様子を伺っております。
部屋にはソフィー・ルー様が一人で泣いていらっしゃいます。だいぶ前に泣き顔を見たら斬るとか言われた気がするのですがきっと気のせいですね。無駄口はここまでにして、部屋の様子を見守りたいと思います。
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「どうして、置いて逝ってしまったの・・・?」
「ソフィー、遅くなってごめん。迎えに来たよ」
「ミ、ミハイル、さま?うそ、死んだって・・・」
「あぁ。ミハイル王子は死んだ。今の俺はただのミハイルだ。王族でもないし、君を泣かせてしまうような男だ」
「はい、はいっ」
涙を拭いもせず、その目に焼き付けるかのようにただただ目の前の彼を見つめる。目を閉じれば消えてしまいそうで。
「今の俺には何もない。それでも、着いてきてくれるか?」
「っあたりまえです!私はあなた自身に惚れたのです!例え地獄の果てでもついて行きます!もうあなたを決して一人にはしない!」
そう宣言してミハイルの腕の中に飛び込む。20歳になった彼は2年前に別れた時より身長も伸びていて、声もずっと低くなっていた。出会った頃の少年の面影は、もうない。だけど腕の中のぬくもりは何も変わっていなくて。全身に彼の体温を感じて、ようやく会えたのだと、帰ってきてくれたのだと理解した。
「もう二度と離しはしない。愛してる、ソフィー」
「私もよ。ミハイル」
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互いの存在をもう離さないとでも言うように抱擁したまま動かない二人。心苦しいが仕方ない。
「おっほん。すみませんお二人ともそろそろお時間です」
「えぇっ誰!?一体どこから!というミハイル、あなたも一体どこから入ってきたの?」
「ドアから」「天井裏から」
「それより俺とソフィーの時間を邪魔するなんていい度胸だなぁ」
「すみません、とりあえずその剣しまってください」
この人ほんとに怖すぎでしょ。俺何回この人に斬られかければ気が済むの。
「無駄口はその程度にしておけ、急いで出るぞ」
「無駄口」
「え?出るって・・・城から?」
にやり、といたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「この国から」
「正確に言うと、元アクール王国に向かってもらいます」
「え!?今から?」
「ごめんな、ソフィー。君には家もここで築いてきた地位も捨ててもらう」
「謝らないで、あなたと一緒にいられるなら構わないわ」
家族に別れを告げられないのは心苦しいけれど、と苦笑しながら言った。
「家族の寂しさは、新しい家族が埋めてくれる、そう思わない?」
「っ!あぁそうだね。子供は何人くらいがいいだろうか」
「そうねぇ・・・」
甘すぎて砂吐きそう。独身の俺にはきつい話だ。
「まぁ道中時間はたっぷりあるし、そこで話そうか」
「えぇ、とっても楽しそう」
「それではお二人さん、裏の森に馬を一頭繋いでありますから、そこに走ってください」
「えぇわかったわ。あなたは一緒には来ないの?」
「さすがに馬に蹴られちゃいますよ。俺はここで警備兵たちの足止めをします」
「礼を言う。いままで世話になった、アンバー」
この人がお礼を言った?とか俺の名前を憶えてた?とか色々驚いてうっかり涙が出そうになったが、グッとこらえる。
「俺は勝手に友人だと思ってますよ。ミハイル様」
「ふっ、今度会うときは呼び捨てで構わない、アンバー」
そう言って、ソフィー様の手を取って窓から颯爽と去っていった。ジャック様に拾ってもらって適当につけた名前だったが、案外悪くないな。
さてと、今の警備兵の配置的に遭遇する確率が高いのはあそこだなと目星をつけて、初めてできた友人の門出のために、夜の闇を疾走するのだった。
後編は22時に投稿します。