血の契約
前話が重複して投稿されていました……確認不足で申し訳ありません><
教えてくださった方本当にありがとうございます!!
目が覚めて、エリザベートはすぐに数々の違和感に気づいた。今自分が横たえられている場所はどこなのか。真っ暗な部屋だと分かるのに、やけに夜目がきくし、それに、体はとても軽いのは、なぜなのか。
あんな怪我をしたのだから、生きていられるはずがない……ということは、死後の世界なのだろうか。起き上がったエリザベートは、着せられていた黒の夜着を捲りあげて腹部を見ると、傷は綺麗さっぱり消えていた。
「ああ……私はやはり、死んだのね」
エリザベートは確信した。まあ、天に召されたにしては、白でなく黒の服を着せられていることに違和感を感じはしたけれど。
ギイ、と扉の開く音がして、エリザベートはそちらを見る。静かにこちらに向かってきたのは、いつもと変わらぬ黒衣に身を包んだ、その人だった。彼は、どこか暗いような表情をしていて。
「シリル……?」
「リジー……!?」
エリザベートをその目に捉えて駆け寄ってきたシリルにいちどきつく抱きしめられる。
「リジー……良かった。ひと月眠っていたんだ。もう目覚めてくれないんじゃないかと不安だった」
「私も……あの時、死んだと思っていました」
あの時の記憶は曖昧だけれど、あれだけ出血していれば普通は死んでいる。なのに、今生きていられるのはなぜなのか……。その答えは、自分の体の感覚の変化が如実にあらわしていた。
「私……暗いはずの部屋なのになんだか明るく見えるし、眠っていたのに身体はとても軽く感じるのです」
なんだかおかしいですよね。問いかけのようにしながら、シリルに伝えると、それを聞いた彼の顔は、さっと曇る。
「それは……」
続く言葉はなく、長い沈黙が流れる。シリルの“赤い”瞳は、ゆらゆらと揺れていた。
「あの、シリ……」
「ヴァンパイアの俺は、嫌いか?」
シリルの瞳の違和感に気づいたエリザベートが問おうとすると、被せるようにシリルが言った。
「……私は、シリルがシリルであれば、何だっていいです」
あの澄み切った青い瞳が、血を混ぜたような赤になったとしても。
「それなら、そのヴァンパイアの俺と、これから長い時を生きるのは嫌か?」
「それ、って……つまり」
今の、私は……。エリザベートの問いかけに、こくり、とシリルが小さく頷く。
「血の契約。ヴァンパイアと人間が、互いの血を交換することで、成り立つんだ。それで、人間はヴァンパイアになる」
シリルの答えを聞いて、エリザベートは納得した。
「俺は、リジーの意志を聞かなかった。でも、こうしなければ救命できなかったんだ……」
シリルはとても苦しそうな顔をしていた。
「シリル、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ああ」
「私は、シリルのものになれましたか?」
それは、ずっとずっと願っていたことだった。厳しい現実の中での、唯一の希望だった。
「そうだ、リジーは俺のものだ。それに、俺はリジーのものだ」
ああ、やっと願いが叶ったのね、そう言ってエリザベートは喜び笑みを浮かべた。
「君は、死んだことになっている。気が触れた夫に殺されて、な。仮死状態の体を使って葬式だって執り行われたから疑うものはいないだろう」
君の婚姻歴も、戸籍すら白紙になった、だから、俺に染まってくれ。エリザベートの涙を優しく拭いながら、シリルは言う。
「母や弟は……それに……叔父や、ジャックは……」
「心配しなくてもいい。君の元旦那……ジャックは気が狂って妻が不貞をしていると思いこみ、そのまま君を殺して正気に戻らなくなり地下室行き。君の父は娘を殺されたショックで社交界に出られなくなり、そのまま伯爵家当主を失脚し自害、当主の座は俺の後見のもと君の弟が継いだ、というシナリオは気に入ってくれるか?」
「ええ……素晴らしいわ」
シリルはあの後、周到に事を片付けてくれたらしい。自分のために、そこまでしてくれる彼の愛を感じて、エリザベートは嬉しくなった。




