逢瀬
結婚式から十数日。お世辞にも過ごしやすいとは言えない雰囲気の屋敷の中で、女主人としての役割さえも与えられていないエリザベートは毎日、暇、としかいいようのない日々を過ごしていた。
結局、結婚してからというもの、ジャックが夜にエリザベートのもとを訪れることは無かった。つまり、夫婦間でまだ何も起きていないのだ。
「はぁ……暇だわ」
そう言ってため息をつくエリザベートの体は、とうとう不調を訴え始めていた。慣れない環境で、神経を張り詰めていたのと、この家で自分が受け入れられていない雰囲気に晒され続けていたせいだった。
まだ昼間なのは分かっているけれど、だらしなくベッドに寝転がる。きっと、この姿を使用人に見られたら、奥様は酷く怠惰な人だ、と裏で噂されるのだろう。そこまで想像してうんざりしたエリザベートは妄念を振り払うように首を振った。
視線の先、サイドチェストの上のバラの置物が、陽の光を受けてベッドに赤い透過光を散らしている。それが、白いシーツに飛び散る血のように見えて、エリザベートは、シリルへの焦がれる思いを強くしたのだった。
コンコン、と小さな音でエリザベートは目を開ける。いつの間にか眠ってしまっていて、空の天辺には月が輝いていた。この姿を見られてか、自分は夕食にすら呼ばれなかったようだ。
ふ、とエリザベートが自嘲の笑みが浮かべていると、再び、コンコン、と小さな音がして。
それは、バルコニーに繋がる窓から鳴っていた。
「…………!」
思い当たるものは、ひとつしかなかった。がばりと起き上がり、エリザベートは走った。
息を切らせてバルコニーに出ると、そこに居たのは、焦がれてやまない、彼だった。
「シリル……!」
相変わらず黒に身を包んだ彼に飛びつくと、布越しでもしっかりとした体格が分かる。
「リジー、会いたかった……!」
きつく抱きしめられ、胸に顔を埋めて息を吸うと、僅かに花のような香りがした。
「シリル、シリル……!」
久しぶりの彼が恋しくて恋しくて、エリザベートは自然と涙を零していた。きっと今、自分はとても見せられないような顔をしているだろう。でも、自分の顔を気にするよりも、彼のことを見つめていたかった。
月明かりの下、見上げたシリルの青い瞳に自分が映っている。今この瞬間だけは、自分はシリルだけのものであって、シリルは自分だけのものであると、エリザベートは実感した。
シリルの頭で光が遮られ、エリザベートに影を落とす。ゆっくりと目を閉じ、エリザベートは優しい口付けに酔いしれた。
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