第7話 迷子の数字は見つけたのにな……
主人公は意気揚々と問題を解決したことを自慢しに行く。
翌日。
原因を解明した俺は終業のチャイムが鳴ると、園芸部に立ち寄って証拠を集め、少し作業をしてから、意気揚々と生徒会室に向かった。気づくと夕方に近い時間になっていた。
「よっ!」
「遅いな。イベントの準備するんだろ!」
「ああ。ちょっと用事があってな」
拓哉は何やらパソコンで作業をしていた。そして、拓哉の前には葵ちゃんが読んでいた『騎士のアリア』が置かれていた。
「その本、流行ってんの?」
俺は『騎士のアリア』を指さして聞く。拓哉は顔を上げると答えた。
「いや、古い本だからな。流行ってないと思う」
「ふーん……」
その瞬間に、少し、もやっとした気持ちになった。しかし、気を取り直すように、拓哉に問題を解決したことを報告する。
「そうだ! あの件、解決したぜ。裏も取ってきた」
俺は園芸部の帳簿のコピーを見せながらそう言った。園芸部の帳簿には、コピーの伝票が貼付されている。同じ伝票の原本は図書委員会の帳簿に貼り付けてあった。
俺は簿記を理解していることをアピールするためにレポートを作っていた。正直、家計簿レベルの生徒会の会計では作る必要もないのに、現金の出入りを表す現金出納帳まで付けたのだ。これの準備が思ったより時間を食ってこの時間になったのだ。
それを拓哉に見せた。今日こそいい反応を頼むぞ~。
「まあ、そんなところだろうな」
しかし、拓哉は表情を変えずにそう言うと、レポートをバインダーに入れて、棚にしまってしまった。
「おい、それだけかよ! ほら、お礼、感謝、サンキュー。プリーズ」
拓哉はそんな俺の懇願にも反応する様子も無く、椅子に戻ってくる。ただ、戻ってくる途中で小さな声でこう言った。
「資料のまとめ方は分かり易い」
聞き間違いじゃないことを確かめるように、拓哉に尋ねる。
「え? 拓哉、俺の事褒めた? 褒めたよね!」
「事実を言っただけだ」
「それを褒めるって言うんですよ。これで俺も拓哉の右腕かあ! 録音しときゃ良かった」
「副会長が会計の右腕ってお前……」
そんな呆れた表情をしている拓哉のことは気にせずに、俺はようやく拓哉に認められたことへの喜びをかみしめた。
そして、神崎さんが謝りに来ると言っていたことを思い出して、それを拓哉に伝えた。
「で、後で図書委員の神崎さんが謝りに来るってさ」
拓哉はそれを聞いて面倒くさそうに言う。
「どうせ会計を知らない奴だろ。解決したからもう良いんだけどな」
いや、会計を知っている子だけど……そんな時に、葵ちゃんの声がして、生徒会室のドアが開いた。
「失礼します」
葵ちゃんは俺に気付くと軽く会釈をする。俺はそれに手を応じて答える。
そして、葵ちゃんは拓哉のところまで歩いてくると、頬を紅潮させて作業をしている拓哉に話しかけた。
「あ、あの。石川先輩、こ、この度は、すみませんでした!」
葵ちゃんの表情は、俺には一度も見せたことのないものだった。その表情を見た時に、俺の頭の中で歯車がかちっとハマった。
■■
「私、生徒会の会計に興味があるんです」
「石川先輩って何でゴエモンって呼ばれているんですか?」
「えっと。騎士のアリア、好きになったかも、です」
■■
なんだよ……そういうことか。
ここでは俺は邪魔者なんだな……恋のキューピットってやつだ。
「ああ。中井から聞いてる」
拓哉は葵ちゃんに片手を上げて応じると、顔を向けることも無く続けた。
「良いよ。分かってなかったら、間違えることもある」
手をひらひらさせて、葵ちゃんを追い返すようにしている。しかし、葵ちゃんも食い下がった。
「で、でも、私、同じことが起きないようにしたい。だから、ア、アドバイスをお願いします!」
葵ちゃんは必死な表情でそう言っている。その言葉に、拓哉は葵ちゃんの方を見た。そして、感心したような表情をしてから、俺に向かって言う。
「おい、聞いたか。お前にもこのくらいの真面目さが欲し……どうした?」
その言葉はほとんど耳に入っていなかった。俺が空を見ていることに気付いた拓哉はそう聞いてきた。
俺ははっとして拓哉を見た。俺の口からは咄嗟に嘘が出てきた。
「あ、そ、そうだ。俺、用事あったんだった。帰るわ」
俺の回答に対して、拓哉は怪訝な顔で聞いてくる。
「おい、今日はイベントの準備するんじゃなかったのか?」
「いや、それは、明日でもいいかなあって」
意味も無く生徒会室の棚の上の方を見ながら、さらに嘘を上塗りする。
「お前、明日は、用事があるって……」
「それも明後日で良いかなって! とにかく帰るわ」
だんだんと言い訳が苦しくなってきて、俺は、会話を無理やり終わらせることにした。
「じゃあな、拓哉」
葵ちゃんは驚いたような表情で、やり取りを見ていたが、にっこりと笑うと声を掛けてくれた。
「中井先輩、さようなら」
「ああ、葵ちゃん、じゃあね」
俺は、葵ちゃんの顔を直視できずに、軽く手を振りながら応じる。
「お前ら元々、知り合いだったのか?」
そんな拓哉の声を背中に聞きながら、生徒会室の扉を閉めもせずに、廊下に出てからは、徐々に歩くスピードを上げながら、最後は駆け足で学校を出た。
学校の近くの河川敷まで行くと、芝生の坂道の上の方に、腰を掛けた。
「馬鹿みたいだな、俺」
俺は思わず、そんな感傷的なことを、つぶやいた。
「迷子の数字は見つけたのにな……」