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第6話 青春だねえ

主人公は図書室に向かう。

 翌々日。


 終業のチャイムが鳴った。あまり早く図書室に行っても迷惑になりそうので、今回は少し時間をつぶしてから向かうことにした。


 図書室の前に着いたところで、千尋が図書館から出てきた。思わぬ人物の登場に、咄嗟に軽口が口を突いて出た。


「千尋って図書室に来ることあるんだな」


 いつもの様子でからかうと、千尋は怒ったような表情で答える。


「失礼ね。本くらい読むわよ。あんたこそ、本読まないくせに」

「いや、俺は生徒会の仕事だって」


 そう、俺はあくまでも生徒会の仕事で来ているのだ。本を読みに来ているわけではない。しかし、その言葉に千尋の反応は無かった。千尋の顔を見る。


 千尋は何かを考えるように少し下を向いていた。しかし、決心したように俺に問いかけた。


「あのさ。レオって、幼稚園の時の約束って覚えてる?」


 唐突な質問に虚を突かれた。正直、幼稚園の時の記憶なんて薄れてきている。俺は思い出そうと真剣に考えたが、心当たりは無かった。


「幼稚園? 何か約束したっけ?」


 それを聞くと、千尋は苦笑いしながら、手のひらを左右にぶんぶんと振って言った。


「そっか。いや、昔のことだから、ほんと、忘れて!」


 そして、千尋は話題を変えるように続けた。


「あんた、用事があって来たんでしょ」


 その言葉に、葵ちゃんとの約束を思い出す。それを思い出すだけで、ちょっとウキウキした気分になった。


「お、そうだった」


 千尋の横を抜けて、図書室に向かおうとする俺に対して、千尋は明るい口調でこう言った。


「青春だねえ」


 しかし、千尋の表情は暗かった。それを見て俺はからかうように問いかける。


「何? 千尋は青春してないの?」


 てっきり、グーで殴られると思ったが、千尋は下を向いてこう言った。


「うるさい……」


 そう言って、俺の横を抜けて、廊下をつかつか歩いていく。何か調子狂うなあ。そう思いながら、千尋に挨拶をする。


「じゃあな!」


 千尋は軽く手を上げながら、廊下をつかつかと歩いていった。


 俺は図書室のドアの方を振り返ると、少しどきどきしながら図書室の部屋を開いた。


□□


 葵ちゃんと席を並べると、俺はこう言う。


「今日は図書委員会の帳簿を見てみよう」


 拓哉が言うには、図書委員会の帳簿に間違いがあるらしい。だから、勉強したことを実践ということで、図書委員会の帳簿を見てみることにしたのだ。


 とは言っても、図書委員会の帳簿は、本を買う、生徒会からお金を貰うというだけのシンプルなものだ。つまり、家計簿と一緒だ。


 だけど、あえて仕訳を書いてみることにした。圧倒的につまらない作業だが、俺は楽しくて仕方なかった。


 葵ちゃんが仕訳を書くたびに、色んな反応をするからだ。例えば、突然、帳簿の一部を指さしながら、大きな声を出したりする。


「あ! ここに書かれている1万円の本!」


 そして、すくっと立ち上がると、何やらビンテージ感のある分厚い本を持ってきた。


「この本なんです」


 少し怪訝な顔をしながら、その本を机に置いた。何だか分厚くて難しそうな本だった。正直、こんな本、誰が買うんだろうと思った。


「古本屋で買ったら、千円くらいで買えそう」


 葵ちゃんはその言葉に心底同意するように、こくこくと頷きながら答える。


「本当ですね!」


 そして、あごに指を当てて考えるようにしながら


「私、古本屋でも買えるようにお願いしてみようかな?」


 そう思うとはっとしたような表情をして


「あ、でも、落書きとかあったらまずいかな」


 真剣な表情で悩んでいた。そんな表情が楽しくて、思わず、からかうつもりで言う。


「全部葵ちゃんが読んでチェックすれば?」


 俺は冗談のつもりで言ったのだが、葵ちゃんは真に受けたようだ。


「そうですね! 私が全部チェックしないと!」


 でも、急に思い返したように言う。


「でも、大変そうだなあ……」


 葵ちゃんはとにかく反応が大きくて、考えていることが分かりやすい。


 実は、俺が女子と話すのが苦手なのは何を考えているか分からないからだ。悪気は無かったのに、中学時代に女子に泣かれてしまってから、俺は女子と話すがすっかり苦手になってしまった。


 でも、葵ちゃんを見ていると、考えていることが手に取るように分かって面白い。そして、反応がいちいち可愛い。色んな表情を見たくなってしまうのだ。


 そんなやり取りをしながら作業を進めていったので俺は退屈することが無かった。


 簿記の概要が分かっている葵ちゃんは、仕訳を書きながらこう言った。


「生徒会の会計はお金の出入りが、収益と費用と一致しているから、分かりやすいですね」


 それを聞いて思う。葵ちゃんは本当に会計の素養があるのかもしれない。まあ、俺は事前に予習しているから分かっているわけだけど、それに作業しながら気づくとは……


 そんな作業をしている時に、ふと、見覚えのある数字が目に入った。帳簿にこう書かれていたのだ。


7月15日  851円  園芸全書


 あれ……この数字って?


 俺は拓哉の言っていた合っていない数字を唐突に思い出して、葵ちゃんに尋ねる。


「あのさ。これって何か覚えている?」


 俺が指さしている記録を見て、葵ちゃんは記憶をたどるように言う。


「えーと。確か、園芸部が買ってきた本を図書館に……」


 そこで葵ちゃんは急に立ち上がった。椅子が、がたっと音を立てた。


「あ!」


 葵ちゃんは、はっとしたような表情で続けた。


「私、記録の仕方を間違えてました。これ、図書委員会からお金出してない。だけど、領収書を受け取って図書委員会の帳簿に付けちゃいました。本だからって……」


 俺は葵ちゃんに向いて、人差し指を向けながら言う。


「それだ!」


 俺は思わず手のひらを葵ちゃんに向ける。葵ちゃんは少し戸惑ったような表情をしたが、俺の意図が分かったのか、にっこりと笑ってハイタッチしてきた。


「やっぱり会計って楽しいですね!」


 葵ちゃんの意見には賛成しかねるが、嬉しそうな表情を見ていると反対する気にはなれなかった。実際、今日は楽しかったわけだし。


「明日、俺から報告しておくよ。謝っとくから気にしないで大丈夫だよ」


 それを聞いて、葵ちゃんはちょっと迷うような表情をした。しかし、心を決めたようにこう言った。


「えっと、あの、私も、謝りに行きます」


 真面目な子だなあと思いながら、俺は葵ちゃんに伝える。


「明日なら図書室を締めた後でも、拓哉はいると思うよ。って、やべ!」


 ふと時計を見ると、17時を過ぎていた。


「約束の時間じゃん。バスケ部の練習に参加しなきゃ」


 葵ちゃんは心底意外そうな表情で聞く。


「中井先輩って、バスケ部なんですか?」


 俺は手をひらひらさせながら答える。


「いや、お遊びで参加するだけだよ。真面目に部活なんて無理っしょ」


 葵ちゃんは不思議そうに首を傾げて、そして、くすくすと笑いながら言う。


「ふふ。やっぱり中井先輩って自由で、面白いですね」


 その言葉に気分を良くしながら、俺は荷物を詰めると、立ち上がって、葵ちゃんに挨拶をする。


「じゃあ、また、明日ね!」


 俺は、跳ねるようにして廊下を走って行った。葵ちゃんとハイタッチした時の右手の感触を思い出しながら。



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