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鮭の皮

 女子中学生の朝は早い。

 美哉はどちらかといえば自然に目が覚める方だ。カーテン越しの朝日で部屋の中が薄っすらと照らされており、部屋の真ん中のリクライニングチェアでは、いつものベスト姿の光圀が両手を組んで仰向けになっている。

「お爺ちゃんは着替えなくて良いから便利だよね」

 美哉が声をかけると、ぱちりと瞼を開けて、光圀が起き上がった。

『こういう生活しとると夜でも知り合いが来るかもしれんからなあ』

 冗談なのか本気なのかわからないことを言われる。

 美哉が戸惑っているのを見て、光圀は補足した。

『霊には霊の礼儀ってもんがある。お前さんは安心して寝とって大丈夫だよ』

「……ダジャレ?」

『馬鹿言え』

 美哉に精神的な明るさが戻っているのがわかって、光圀は笑った。


 正四に警告されたのは昨日のことだ。

 あの後、詳しいことを聞けなかったのは自分のせいだと美哉は思い始めていて、そのことについて光圀に謝っていた。

 美哉を落ち着かせる意味もあって、光圀は自分の考えについて明かしておいた。

『わしはこの通りの体だし、今までも似たようなことはあったんだ。お前さんは自分にとって大事なことを心配しとれ』

 その言葉を今朝になってから思い出していた美哉は、身支度も終わってあとは朝食を食べるだけの状態になって、光圀に頭の中で問いかけた。

『やっぱり、まっちゃんと話したいな。どう思う?』

『良いんじゃないか。話したいやつと話す。これほど素晴らしいことは無い』

 大げさに言ってから、光圀はテーブルに出された料理を見た。


 今日の朝食は、焼き鮭と卵焼き、それに納豆と味噌汁。

 典型的な和食。そう思った美哉に、光圀は言った。

『これだけ米のおかずだらけの食卓ってのは、今の時代ならではのもんだぞ』

『ああ……言われてみればおコメ中心だよね』

 このメニューからお米だけを取っ払った場合、どのおかずも単品では成り立たなくなる。それぐらいに米、それも白米を中心に食卓が作られている。


「美哉、どうしたの? 食べられない?」

 朝食を前に何やら難しい顔をしていた美哉を見て、母親が声をかけた。

 まさかめし談義を霊としていたなんて言えない。

「ううん、ちょっとぼうっとしてただけ」

「お母さん、先に出かけるからね。お弁当はそこに置いたから」

「うん。いってらっしゃい」

 美哉の母親はここから電車で少し行った所にある歯科で、美哉が生まれる前からずっと、歯科衛生士をしている。

 美哉が食べ始めるのを待たず、母親はそそくさと出勤して行った。


「じゃ、食べるよ。いただきます」

『うむ、よろしく頼む』

 食べるのを頼まれるというのも、稀有な体験ではある。

 それも含めて、食事そのものを誰かと共有するのは、単に「食べなきゃいけない」と思って食事と向き合うより、ずっと楽しいものだった。

 最初に口を付けた味噌汁は、全体的に野菜が足りないのを気遣って、キャベツがたっぷりと入ったお麩の味噌汁だ。

 ほふほふとお麩を口の中で転がしながら食べる美哉と感覚を共有している光圀は、くすぐったそうに頬を綻ばせている。

 光圀は滅多に「あれを食え、次はこれを食え」と指図することは無い。

 しかし、鮭に限っては別であった。


『のう、鮭なんだがな』

「はいはい、わかってます。皮もちゃんと食べます」

 焼き鮭の皮は光圀にとってはご馳走である。貧乏くさいと思うなかれ、焼いた鮭の皮のパリパリとした歯ざわり、脂の残り方、それらは貴重な贅沢だ。

 鮭を食べるとき、いつも光圀はある人の話をする。

『政宗様も鮭が好きでなあ』

「またその話? 政宗さん好きだよね、お爺ちゃん」

『だってなあ、お前、わしがガキンチョのときは、あの人は貴重な戦国の生き字引だったんだぞ。刀とかもぽんぽんくれて、気前も良かったし』

 やってることが完全に親戚のおじさんと子供だ。

 美哉はそう思ったが、生前の伊達政宗と光圀の年齢差は、五十歳ぐらい。お爺ちゃんと孫という方が近いものがある。

「それじゃあさ、お爺ちゃんよりもどうせなら政宗さんに取り憑かれた方が良かったかな」

 それについて、光圀はきっぱりと言った。


『あんなじじいよりわしの方が絶対に良い!』



 食べるものも食べて、光圀が満足しているうちに、美哉は自宅を出て学校へと向かった。

 気分は暗くはない。それどころか正四がどんな気持ちで自分と接していたのか、ちゃんと確かめたいという気持ちが強くなっていた。

 ごはんをちゃんと食べたからかな。

 美哉がそう思って光圀の顔を見ると、彼はとぼけた風な顔で、浮かびながら秋空を眺めていた。


 途中、いつもの交差点へと差し掛かる。

 先日のヒヤリハット以来、美哉は右見て左見てをしつこいぐらいやっている。

 今日も異常はない……と思っていたが、渡り終えた後で気付くことがあった。

「あれ? あの自転車、無くなってる」

『おお、言われてみれば』

 あの男性がどこかに連れ攫われた後、自転車はとりあえず交差点の角に立てかけられたままになっていた。

 業者が撤去したのか、誰かが勝手に乗っていったのか、はたまた持ち主が無事に帰ってきたのか。

 そのどれもがはずれだ。


 正解は「無事じゃない持ち主が帰ってきた」だ。


「見付けたぞ、こんガキぃやぁ!」


 大声で呼び止められて、美哉は背中を震わせた。

 振り返ると、そこには顔を包帯でぐるぐる巻きにした男性が、自転車を担いで立っていた。

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