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蕎麦と友達は長い方が良い?

「見てよこの店構え! わざとらしい行列も出来ていない! これぞあるべき蕎麦屋の姿だよ!」

「そ、そうなんだ?」

 佐藤正四の興奮した口調に、美哉は戸惑いを隠せない。


 駅前で彼女と落ち合ってちょっと駅裏に入った場所で、正四は足を止めた。

 そこには両側を商店に挟まれた木造の蕎麦屋があった。個人がやっている蕎麦屋は美哉の住んでいる地域でも少なくなっていて、この店のことは母親にも聞いたことがあった。

 たしか、店主の娘さんの旦那さんが後を継いだとかで、そのおかげで店が続いているらしい。

 美哉も母親もどちらかといえばラーメン派なので、蕎麦は家でもあまり食べない。

 しかしそれにしたって、正四のテンションの上がり方は中学生らしからぬものだった。

「お蕎麦、好きなんだ?」

「うん、好き。それに蕎麦屋は天ぷらもおにぎりもあるじゃん」

 じゃん、と言われても美哉は、光圀風に言うならば蕎麦の経験値が足りていないので、よくわからない。

「でも、中学生だけで入っていいのかな……」

「一流レストランでもあるまいし、大丈夫だよ。コンビニと同じだって」

 そこで、光圀が美哉の肩を叩いた。

『そのままで聞け。乗り気じゃないなら、ちゃんとそう言った方が良いぞ』

『嫌なわけじゃないよ。ただびっくりしただけで』

『そういうことなら……あん?』

 光圀が驚いたのも無理はない。

 つい今しがたまで店の前で興奮していた正四が、踵を返して路地裏に入ってしまったからだ。

『電話かな?』

『それなら断りぐらい入れるだろ』

 その通りだと思って、美哉も慌てて正四の後を追った。

 しかしその先には、誰もいなかった。夕暮れに暗さを増していく路地裏には、ゴミ捨て場の他には両側の建物の裏口だけがあった。


 と、いきなり美哉の視界がひっくり返った。光圀が体を乗っ取って、これでもかと前転したのである。

『ちょっと! 汚いじゃない! 私服なのに!!』

『静かにせい!』

『だって! だ……って……』

 頭の中がぐるぐるしていた美哉の頭が、急激に冷えた。さっきまで自分が立っていた場所で、小さなナイフを突き出している人物がいたからだ。

 その人物は、正四だった。

「二人とも、安心して。これはおもちゃだから」

 正四はそう言うと、ナイフを美哉の前に投げ捨てて見せた。

 恐る恐る美哉がそれを触ってみると、そもそも金属製ですらなく、プラスチック製のものだった。

「よ、良かった〜!」

『全然良くないわい。あいつがなんて言ったか、聞いてただろ?』

 いつの間にか自分の体から出ていた光圀に言われて、美哉は改めて正四の言葉を反芻したのだった。


『二人とも』

 確かにそう言っていた。つまり……、

「まっちゃん、お爺ちゃんが見えてるの!?」

 美哉の言葉に、正四が頷く。

 正四は自分の短い髪を撫でると、美哉に頭を下げた。

「ごめん! 本当はこんなことしたくなかったんだけど……時間が無くって……それで」

「そんなこと言われても、わかんないよ。とにかく理由を話してくんないと」

 正四はそう言われても口ごもったが、ちらりと光圀の顔を見てから、美哉に顔を向けて言った。

「このままだと、美哉ちゃんが危ないの。西山様のせいで」

「せいざん? って誰?」

 そこで、光圀が口を挟んだ。

『あっ、それわしのことだ。隠居してた頃は西山荘に住んどったからな』

 光圀の声は正四にも届いているらしく、彼女は再び頷いていた。

 なので、美哉も声に出して会話をした。

「えーっと……様付けってことは、二人は知り合い?」

『直接は知らんが、覚えが無いわけじゃないな』

「っていうと?」

『当ててみせよう。正四、おぬし……隠密の家の者だろ?』

 正四は三度、頷いた。

「西山様だけが相手だったら美哉ちゃんの監視を続けるつもりでしたけど、ちょっと別の問題が起こりまして」

『ふむ』

 二人で話が進みそうだったので、慌てて美哉は声を上げた。

「ねえ、ちょっと待って! 勝手に話を進めないでよ! 隠密だとか監視だとかって……まっちゃんには私って友達でもなんでもなかったってこと?」

「そんなこと」

「じゃあ何?」

 つんけんした物言いをするつもりはなかったのに、気付くと言葉が荒っぽくなっていた。

 美哉は自覚がなかったが、目には涙が浮かんでいた。

 咳払いをして、光圀が場を制した。

『なあ、正の字。とりあえず警告は受け取ったのだし、わしも身の回りには気を付けるから、今日のところはこいつをそっとしといてやれんか?』

「……はい」

 正四の方から仕掛けてきたが、去り際は逃げるようだった。

 美哉がハンカチで目元を拭っているのを見て、光圀は自分の首裏をかいた。

『蕎麦はお預けだな』

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