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あなたのおそばに

 美哉が交差点で危ない目に遭ってから一週間が経った。

 当日は夜になってから自転車にぶつかりかけた恐怖がこみ上げてきたが、食生活が大分改善されていたおかげか、じきに眠ることができた。


 彼女がベッドで寝るときに光圀はどうしているかといえば、美哉の父親が置いていったリクライニングチェアで、霊体のくせに快適そうに足を伸ばして寝ている。

 邪魔になりそうなものを自分の部屋に持ち込んだ美哉を見て母親は「もしや父親のことが恋しいのだろうか」と訝しんだが、ここのところよく本を読んでいるのがわかると、読書用なのだと納得したのだった。


 実際に本を好んでいるのは光圀の方で、美哉と市立図書館に行くとや、適当に目についたものを借りさせていた。

 なにせ光圀は、歴史に名を残す歴史オタクである。『長篠の戦いの実態はここまでわかった!』とか『室町幕府の全貌に迫る!』みたいなのから郷土資料本まで、とにかく飽きないで読みたがる。

 それならまだしも美哉の手に余るのが、漢籍の類だ。書き下し文があるのでも、漢字がずらっと並んだ本を読むのはなかなかの頭脳労働だった。おまけに物理的に重いものが多い。


 別に美哉が読んでやらずとも光圀も本ぐらいは自分で頁をめくれるのだが……美哉はこう思うのである。

「折角借りてきたのに読まないのは、図書館の人に悪い気がする」

 今日もまた帰宅後に自室で本を読んでいた美哉の言葉に、光圀は笑った。

 自室だと美哉も声を出せるので、気楽に会話ができた。

『損な性格しとるなあ、お前』

「だからお爺ちゃんに取り憑かれるんだ……」

『失礼な。わしはそんな理由で相手を選んだりはせんぞ』

 取り憑いている時点で失礼なのは光圀の方なのだが、真の理由については美哉も興味はある。


 死んでまで知的好奇心と食欲を失わないようなお年寄りが、どんな理由で中学生の女子に取り憑くのか。

 それを知るのは怖くもある。

 もし「若者を思い通りに操って世界征服をするのだ」と言われたら?

 それは極端な例だとしても、美哉は光圀に体を乗っ取られてしまえば、どうしようもないのだ。

 とはいえ、食事のことを考えるだけで鬱々としていた日々に比べたら、自分でもマシだと美哉は思っている。


 マシだといえば……新しく友達も出来た。

 ちょうどその友達から、スマホにメッセージが届いた。美哉が確認する間にも、ポコポコと追加のメッセージが表示された。

「まっちゃんからだ」

『ああ、あの図々しい奴か』

 光圀が鬱陶しそうに言う。それについては同感な所もあって、美哉は苦笑いをした。


 佐藤正四まさよは、つい先日に転校してきたクラスメイトだ。

 線が細めの美哉とは違って、陸上部やバスケ部にでもいる方が似合う体つきをしている。

 親しくなった理由は、とても明快だった。なにせ本人が初対面のときに吐露している。


「野口さんなら勉強を教えてくれそう」


 転校してきたばかりで困っているとはいえ、そこまで堂々と言われたらおかしくて、一緒に笑ってしまった。

 それから毎日、学校の図書室で一時間、自分も宿題をやりながら、正四の勉強を美哉はみてやっている。 

「学校ではまっちゃん、家ではお爺ちゃん……私ってなんて面倒見がいいんだろう」

『自分で言ってちゃ世話ねえわな。それで、電信で何の用事だ』

 こういうときにスマホの画面を覗き込んだりはしないところが、光圀の品の良さではある。

「近くの駅まで来てるから、出てこないかって。勉強のお礼に何か奢ってくれるみたい」

『ほう』

 やる気が出たらしい光圀の一方、美哉はめ息を吐いた。

『邪魔はせんよ』

「邪魔にする気も無いよ」

 美哉がため息を吐いたのは、中学に入ってから、友達とご飯を食べる機会なんてほとんど無かったからだ。

 美哉の学校は設備が整っていて、給食ではなく、食堂か自分で用意してくるかを好きに選べる。

 幸か不幸か、そのおかげで拒食気味だったことは友達にはばれてない……はずだ。昼食を抜く子もそう珍しいわけでもないので、無理に隠そうとする必要も無かった。

 そんな生活の中で、光圀に続いて今度は正四と、食事を一緒にする相手が増えている。

 どこかの誰かに試されているのだろうか。なにせ霊体の光圀なんてものと出会ってしまったので、未知の存在についての許容度がガバガバになっている。


「まあ、奢るといっても二人とも中学生だし? 外じゃそんな大したもの食べられないよ」

 といったところで、光圀にとってはどんな食事も貴重なのだろうが。

 そう思っていた美哉は、正四と落ち合った先で、目を丸くした。


 正四が奢ってくれることになったのは、蕎麦屋だった。

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