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食欲はすれ違いより強し

 伊達政宗と自転車男に絡まれても、美哉は別に遅刻をしなかった。

 遅刻をしたのは正四の方だ。彼女は二時間目が始まる直前に教室に入ってきて、他の子に「どうしたの?」と問われて「ちょっと親の都合で」と苦笑いをしていた。

 そんな正四を見て、美哉がどう思ったかといえば、ほっとしていた。

 一時間目の途中辺りから、正四もあの人たちと出くわしたのではないかと、心配になっていたからだ。

 光圀はといえば、今日に限らず普段から、授業中には美哉に極力語りかけてこない。気遣っているのもあるが、彼自身、授業に興味があるのだった。基本的に彼は、勉強家なのであった。


 こんなときぐらい、何かアドバイスしてくれても良いのに。


 美哉がそう思っても光圀は一時間目の数学で気になる点がある様子で、美哉のノートを覗き込みながら首を傾げているだけだった。

 正四の方からも特にアクションはなかったのだが、昼休みになると、美哉の方から声をかけた。それまでは休み時間になっても目を合わせるぐらいで、やり取りは無かった。


「まっちゃん、今日、お弁当持ってこられた?」

「えっ? あ……忘れてた。っていうか朝飯も食べてないや」

「やっぱり」


 顔を向けて話してみてわかったが、正四の目元にはクマが出来ていた。授業中も起きてこそいたが、手元はあまり動いていなかったように思う。


「購買で何か買ってきなよ。私、中庭で待ってるから。おかず分けてあげる」

「……いいの?」


 おかずを分けてもらっていいのか、という意味ではないのは、美哉にもわかる。

 美哉は少しの間だけ口を噤んでから、答えた。

「あのとき、友達がどうとか、私の方こそ勝手なこと言っちゃったから……まっちゃんだって大変だったはずなのに。だから、いいの」

 正四はそれについて更に話を続けようとはせず、他のクラスメイトが何の話かと興味を持つ前に、そそくさと購買へと走っていった。



 秋空に恵まれた学校の中庭は、空の青色へと校舎の白い頭が伸びていた。

 狭苦しさを感じ取ることもできなくはないが、自分が学校にいるのだという実感が湧いてくる。美哉にとっては好きな風景だった。


『女子というのはもっと、牽制し合うもんかと思ってたがな』


 ここにきてようやく光圀が口を開いた。正四を待っていた美哉は顎を触りながら、光圀に思考を流した。


『そういう人もいるけど……そういう人ばかりでもないよ』

『ふうん。じゃあ、武士と同じだな』

『性別とか身分とかって、なんであるんだろ』

『理屈はいくらでも付けられるがな。それはわしみたいなのが口出すようなことじゃない。そうだろ?』


 そんなことも無いと美哉は思うのだが、光圀なりに世の中との線引きをしているのかもしれない。

 その光圀と比べると、あの政宗の様子は少し違っていた。

 面白い遊び相手と無邪気につるんでるような、そんな印象である。


 あれが政宗特有の価値観の表れなのか、光圀にも共通したものなのか。そこまでは美哉には推量しかねた。


「お待たせ!」

「ああ、まっちゃ……って、どうしたのそれ!?」


 見ると、惣菜パンを籠に十個ばかりも入れてあった。クラスでまとめ買いした場合には見られる風景だが、個人ではそうそう見ない。

「いや、そのね、美哉ちゃんがどれ好きかわかんなくって、でもあんまり待たせるのも悪いし」

 それで適当にあるものを買えるだけ買って、籠も購買で借りてきたらしい。

「私の分もあるの? じゃあ、ちょっとはお金出すよ」

「いい、いいって。その、こういう風にしか私、気持ちを伝えられないから……ただ、食べてくれればいいから」

「そういうわけには……」

 と、気になって光圀の方に視線をやると、『そうそう、こういうやり取り、とても女子っぽい』みたいな目をしていて、美哉は唇を尖らせた。


「食べよう、まっちゃん」

「急にどうしたの」

「おじいちゃんがうざいから」

「水戸のご老公相手にそこまで言えるのも凄いと思うんだよね」

「おじいちゃんはおじいちゃんだし」


 それを聞いた光圀がどんな顔をしたのか、美哉はあえて見ないでおいた。

 代わりに自分が持ってきた弁当を開けて正四に見せてやった。

 昨日の夕飯の残りの煮物とポテトサラダ、それに冷凍クリームコロッケが、両手の平におさまるぐらいの小さなお弁当箱に詰められている。

 珍しいものではないはずだが、正四は見るからに感動していた。

「ぽ、ポテトサラダ! しかもりんごが薄切りで入ってるやつだ!」

「苦手な人もいるよね、りんごが入ってるの」

「私は好きなんだけどなあ。何故かコンビニとかのには入ってないしさ」

「そうなの?」

 光圀風に言うなら、コンビニ経験値が美哉はあまり高くない。

 その光圀が口を挟んできた。

『りんごが入ると加工食品として傷みやすいんじゃないか。あと均一に品種を管理するのも大変そうだな』


 りんごは光圀が生きていた頃から贈答品に使われることがあったが、現代までに品種が増えまくって、さしもの光圀にも目が回りそうなぐらいだった。

 果物はそのままで食べることが多い食材であり、より丈夫で、より甘く、より瑞々しく、見た目もよく……と際限が無く要求度が上がっていく。

 果物とはある意味で、武士に求められるものに近いのかもしれない。


「ふうん」

『相変わらず興味があるんだかないんだかわからん返事だなあ』

 あるにはあるのだが、あまり頭から信じてもかえって光圀に悪いように美哉には思えるのだった。その気持ちについては特に触れず、光圀は惣菜パンの方に目を移していた。


 ポテトサラダはまくまくと食べる正四に全て譲って、美哉は他のおかずと惣菜パンを食べながら、正四の話を聞いた。

 正四が遅刻したのは、やはりあの伊達政宗と自転車男が関係していて、それは美哉が彼らと出会う数時間前から始まっていた。


「数時間前って、まだ朝方じゃない?」

「そうなの! だから全然寝られてなくってさ……ふぁ〜あ」

「寝る前に話すだけ話してくれる?」

「ふぁい、はい、もちろんらよ」

 頼りない言い方だったが、そこは流石に鍛えられているらしく、軽く深呼吸をすると、すぐに呂律が元に戻っていた。

「元はといえば政宗様が東北から移動し始めたのが発端なんだけど……今日の件は警察も絡んだから、美哉ちゃんと黄門様の監視役の私まで手伝わされちゃったんだよね」

「ああ、やっぱり私と会う前に何かやらかしてたんだ、あの人。何やったの?」

「それがね……」


 それは、食い逃げだった。

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