中編
意外と長くなってしまったので、中編とします。
「な、ななな、なんで入れ替わっちゃったんですか!? 私がラウルさんで、ラウルさんが私で!? なんでこんなことに……!?」
ラウル――ではなく、ラウルの姿をしたシェイラが、頭を抱えて意味もなくウロウロと歩き回る。そんな彼女を、同じくシェイラの姿をしたラウルが、必死に宥めた。
「落ち着け、シェイラ! ……いや、シェイラの入った俺、か? どっちでもいい! とにかく座れって。落ち着いて状況を確認しなければ」
「こんな状況で落ち着いてられますか! って、ああ! 『私』が呆れた顔してこっち見てる! なんか気持ち悪くて変な気分!」
「それは俺も同感だ。『俺』が目の前で取り乱して半泣きしてやがる。正直、ぶんなぐってやりたいとこだが……シェイラ、だもんな……」
途方に暮れたようにシェイラ、もとい、ラウルが頭を掻く。
どうしてこんなことに。いや。そんなことはわかりきっている。
どう考えても、天使が放った弓矢のせいだ。凄んだラウルに怯えたせいか、恐い人間を懲らしめようとしたのか。とにかく、あの天使を怖がらせるような真似をしたから、こんなことになったのだ。
(天使様を虐めないでって言ったのに……!)
涙目で〝ラウル〟を睨むと、彼も自覚はあるのか罰が悪そうに口をへの字にする。スカート姿のまま男らしく足を組んだ彼は、頬杖をついてむすりと顔をしかめた。
「悪かったよ。俺が判断を誤った。……だが、その顔で睨むのはやめてくれ。うっかり、手が出てしまいそうだ」
「だったら、ラウルさんも私の体でそんな風に足を組まないでください! スカートの中が見えたらどうしてくれるんですか!」
「なっ……!? くそ、スカートってのは不便だな!」
ばっとスカートの裾を押さえて足を下ろし、〝ラウル〟が毒づく。その仕草も、表情もまさしくラウルなのだが、姿形だけはシェイラなのがつくづく妙な光景だ。
とにかく、ここで言い争っていても仕方ない。理屈はわからないが原因がはっきりしている以上、とるべき道はただひとつ。先ほどの天使を見つけて、この入れ替わりを一刻も早く治してもらわなければ。
けれども、その時、タイミング悪く神父が戻ってきてしまった。しかも、二人の着替えのために来てくれたオズボーン家の使用人を、背後に引き連れて。
「お待たせしました、ラウル様、シェイラ様! ちょうど、皆様が到着いたしました。ささ! お部屋にご案内します。本日の晴れ衣装にお召し替えください!」
「ま、待ってくれ! 今はそれどころじゃ……」
「晴れやかな式よりも優先すべきことが、この世にありましょうか! ラウル様はこちら、シェイラ様はあちら! 皆さん! お二人をお部屋にお連れください!」
「かしこまりました!」
意気揚々と使用人一同が答え、二人は引きずられるようにして控室へと連行される。扉の向こうへと消える刹那、〝ラウル〟は焦ったように振り返ると、〝シェイラ〟に叫んだ。
「シェイ……ラウル、さん! 着替えたら、戻って奴の捜索を!」
「は……わかりま、わかった!」
ぎこちなくも、そう答えたすぐ後に、ばたんと扉が閉ざされる。同時に、〝シェイラ〟自身も花婿衣装の担ぎ込まれた控室へと連れていかれた。
だが、本当の試練はそこからだった。
「ラウル様。本日は誠におめでとうございます」
見覚えのある若い男性の使用人が、にこやかにほほ笑む。そうして彼はきゅっと袖まくりすると、きらりと白い歯をのぞかせた。
「シェイラ様のためにも、本日は一段とキメさせていただきます。――では、まずはお着替えといきますよ」
ひっ、と〝シェイラ〟は顔を青ざめさせた。そうだ。着替えだ。つまり、今から自分はラウルの体で、脱がなければならないのだ。
とっさに庇うように体を抱けば、憲兵隊として鍛え上げられた厚い胸板の感触が、服越しに腕に伝わる。そんな自分の姿――もとい、ラウルの姿が大きな鏡のなかに映りこむのを見て、〝シェイラ〟は内心悲鳴を上げた。
(こ、こんな明るい場所で、ラウルさんの裸なんか見れない……!)
尚、裸になる必要はないのだが、未だラウルの鍛え上げられた肉体美を直視できないシェイラにとって、下着姿か裸体かなどは些末な問題。顔を青くしたり赤くしたり忙しくころころ変えながら、じりじりとにじり寄ってくる使用人から、なんとか逃れようと身をひねる。
「待ってくだ、くれ。着替えるのは、その、やはり後で」
「往生際が悪いですね。さあ、参りますよ。お覚悟!!」
「ま、いや、ちょっと! せめて、せめて部屋を暗く、いや、待っ……!」
いーやー、と。本物のラウルだったら絶対に上げない悲鳴が、控室に響いた。
(ラウルさんってば、どうして脱いだ姿までカッコいいのよ……! もう、もう……!)
しばらく経った頃。やはりというか花嫁より先に準備が終わった花婿――の体に入った〝シェイラ〟は、未だ顔を火照らせたままぷんすかと廊下を歩いていた。
ラウルの体は今日も素晴らしかった。それこそ魅惑の鬼隊長の呼び声にふさわしい引き締まった肉体は、目のやり場に困るほどの色気を醸し出していた。
そんなラウル(肉体)が身に纏うのは、濃紺のタキシード。シェイラの白い花嫁ドレスを目立たせるためのチョイスなのだが、すらりとしたそれは彼の長い手足を殊更に強調し、一言で言えばキマッている。髪も普段とは少々セットを変えて男らしい額が覗かせており、凛々しさがアップしている。
つくづく、自分の旦那様になる人は男前だ。ノリノリで支度をしてくれた使用人の手により完成した姿を見て、シェイラもすっかり見惚れてしまった。願わくば、こんな形ではなく彼の姿を見たかった……。
ちなみに、自分が着替えたのと同じように、シェイラの体に入った"ラウル"も着替えているわけだが――それについて考えだすと羞恥のあまり悶絶してしまうため、シェイラは頭の外に追いやることにした。
さて。幸いにして式には大分時間がある。ほかの参列者より早く到着する予定の家族の姿もまだ見えない。さっきの天使を探すなら、今が絶好のチャンスだ。
大好きな両親はもちろん、キースやクリスティーヌ、ラウルの友であり部下のユアン、エディや王立劇場のエイミーたち。たくさんの人が、シェイラとラウルを祝うために忙しい時間を縫って駆けつけてくれるのだ。
入れ替わったまま結婚式を行うなど言語道断であるし、中止や延期ももってのほか。だから、なんとしても天使を見つけて、結婚式が始まるまでに元の二人に戻らなくてはならない!
蝶々。銀の蝶々を探さなくては。
そう焦って首を巡らせる〝シェイラ〟。その瞬間、視界の端に銀色の粉が舞うのが映った。
「天使様!?」
〝シェイラ〟の声に、小さな体がぴょこんと跳ねる。供え物だろうか。りんごをもぐもぐと食べながら、くりりとした目がこちらを向く。
だが、ラウルの姿をした〝シェイラ〟がその瞳に映りこんだ途端、天使はびっくりしてりんごを落としてしまう。そのまま、犬に追い立てられた幼子のように逃げ出してしまった。
「待って! あ、ラウルさんの体だから怖いのね!? まったく!」
慌てて後を追うが、小さな体で飛び回る天使はちょこまかとすばしっこい。どうやら、先ほどラウルに睨まれたのがまだ堪えているのか、追いかければ追いかけるほど逃げていく。
「ちょっと! 待ってってば! いじわる! しない! から!」
タキシードを裂いてしまわないよう注意しながら、ぱっと机を飛び越える。軽々と着地しながら、〝シェイラ〟は驚愕した。いつもより段違いに体が軽い。さすが鬼神隊の隊長の体だ。考えるより先に体が反応してくれる。
だが、ラウルの高い身体能力をもってしても天使を捕まえることができない。それどころか、小さい体であちこちを通り抜けられる分、逃げる天使のほうが圧倒的に有利だ。
何度目かにわからない、手が空をかいたその時、シェイラは叫んだ。
「待ってって、言ってるでしょー!?」
「……何をしてるんです、ラウル?」
そんな彼女の耳に、思いもよらない人物の声が飛び込んできた。
後編に続きます。