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2-2



 小一時間後、シェイラは憲兵隊の用意した車に乗せられ、王立劇場を訪れていた。劇場を見上げれば、上部にある2体の天使が陽光を浴びて黄金色に輝き、とても目にまぶしい。


「今日明日の公演は、念のためキャンセルさせた。だから時間を気にする必要はない。そのつもりで、じっくりとすみずみまで劇場内を見てくれ」


 彼女をここまで連れてきた張本人、ラウルが隣でそのように説明する。降り注ぐ太陽の光をうっとおしそうに手で遮り、目を細めて同じように劇場を見上げている。――それにしても、憲兵隊の制服は彼によく似合っている。


 彼、ラウル・オズボーンは、超がつくほどの有名人だ。この国でいちにを争うほどの名家の三男坊で、華やかな容姿。幼少のころから神童と呼ばれ、歴代最短の速さで憲兵隊第二部隊の隊長に就任するという天才肌。


 この第二部隊――鬼神隊の隊長だというのもミソだ。なにせ鬼神隊は王都の守り刀。純粋なエリート軍団なら第一部隊だが、逆を言えば第二部隊はただのエリートでは決して務まらない。当然に曲者ぞろいとなる鬼神隊をまとめているというだけで、彼の実力がうかがえるというものだ。


 上品でスマート。そうした普通の貴族の枠にはまらない、ワイルドな魅力の光るラウル・オズボーンには、男女問わずに多くのファンがいる。そのくせ決まった相手もいないとのことで、それはもう、我こそは!と名乗りでる女が後を絶たない。


 数えるほどだが、シェイラも大きな舞踏会に出たことがある。そういうとき、ものすごい集まりがあるなと思えば、大抵その中心にいるのはラウルだった。熱っぽい視線をたくさん浴びながら、誰ひとりにも媚びず堂々と闊歩する様は、まさに〝魅惑の鬼隊長〟だった。


 中流貴族、それもゴーストの『勘』のせいで変人扱いされてきたシェイラとは、住む世界がまったく違う男。


 よりによってその男が自分を迎えにきて、それも協力しろだなんて。


「どうした。何か聞きたいことがあるなら、先に聞いておけ」


 シェイラの視線に気づいたラウルが、深紅の瞳を彼女に向ける。その鋭い視線はどんな些細な悪事すらも暴いてしまいそうで、特に後ろめたいことのないシェイラであっても落ち着かない心地にさせる。


「いや……まさか憲兵隊から協力依頼がくるとは思わなかったので」


「それに関しちゃ、俺も同意見だ。〝霊感令嬢シェイラ・クラーク〟。噂はもちろん知っていたが、捜査協力を求める日が来るとは思わなかった」


 ぐさりとラウルの言葉が突き刺さり、「うっ」とシェイラは呻いた。霊感令嬢とは、『勘』がいいシェイラを指して付いた二つ名、らしい。らしいというのは、直接そう呼ばれたのは今回が初めてだからだ。


 それにしても、ラウル・オズボーンの耳にまで霊感令嬢の名が轟いていたとは驚きだ。というより、面識のない相手にまで自分のことが知られているのは、なかなかどうして気分のいいものではない。


 それでシェイラは、思わず口を尖らせた。


「その呼び方を知っているなら、よく私に声かける気になりましたね。あまりいい噂を聞かなかったんじゃないですか? 霊感令嬢、には」


 曰く、ひと嫌いで、偏屈である。

 曰く、黒魔術に通じており、怪しげな儀式を行っている。

 曰く、ゴーストを従えていて、恨んだ相手にそれをけしかける。


 これらすべてがシェイラに関して広まっている噂だ。もちろん事実ではない。強いて言うなら『ひと嫌い』はぎりぎり合っているが、その『ひと嫌い』だって、妙な目で見てくる連中のせいでひと付き合いが苦手というだけだ。


 驚くべきことに、このくだらない噂を信じる者が社交界には存外多い。シェイラに言わせれば、ゴーストと黒魔術はまったく関連性がないものだし、ゴーストを従えるだなんて彼らはそんな都合のいいモノたちじゃない。けれどもひとりひとりを捕まえて、それらを懇々と諭すのも面倒なので、特に弁解もしてこなかった。


 すると、ラウルはなんてこともなさそうに肩を竦めた。


「そっちも聞いてはいたがな。だが、どんな性格で、日夜なにをして過ごしていようが関係ない。俺が関心あるのは、怪人のゴーストを見つけ出す能力だけだ」


「はあ……」


 ばっさりと言い切ったラウルに、シェイラは呆気にとられる。


 なるほど確かに、天下のラウル・オズボーンには、たかだか中流貴族の娘の人柄など気にする必要はどこにもない。憲兵隊が捕らえる対象にでもならない限り、シェイラがどこで何をしてようが彼にはどうでもいいことだろう。


 半分感心、半分呆れたシェイラだったが、ふいにラウルが歩き出したことで現実に引き戻された。


「そろそろ行くぞ。時間に制限はないが、無駄にするのは好きじゃないんだ」


「は、はい!」


 長い脚で先を行くラウルを、急いでシェイラは追いかける。ふたりが近づいていくと、正面入り口を守っているふたりの憲兵隊がそろって敬礼をする。それに「よっ」と片手で答えるラウルは、つくづく貴族らしくない。これでオズボーン家の人間だというのだから驚きだ。


 と、そんなことを考えていると、ふとシェイラは昨夜出会った時のことを思い出した。


「ラウル隊長はどうだったんですか?」


「どうだったって? 何が?」


「怪人のゴーストが現れたとき、隊長も舞台を見ていたんですよね。あなたも怪人の姿を見たんですか?」


 これは期待を込めての質問だった。なぜなら昨夜の彼は、まるで子犬のゴーストの気配を追ってきたかのようなタイミングで階段に姿を現した。だとすれば彼もそこそこの『勘』持ち。新聞のイラストよりかはいくらかマシな怪人の姿を、彼が見ている可能性がある。


 だが、ラウルは予想外の反応を見せた。彼は突然ぴたりと立ち止まり、シェイラは彼の背中にあわや激突しそうになる。何事かと彼を見上げて、シェイラは「ひっ」と息を呑んだ。


 そこには鬼神がいた。否、昨夜と同じく、鬼神と化したラウルがいた。


(え、なんで……?)


 意味がわからない。いや、本当に、まったく意味がわからない。今の会話のどこに、怒る要素があったのだ。何でもいいが怖い。とにかく怖い。背中だけでこれだけプレッシャーがあるなんて、正面からまともに受け止めたら気絶してしまう。


 あまりの変化にシェイラがびくびく怯えていると、ふいにラウルが大きく息を吐きだす。思わず飛び上がったシェイラだったが、振り返ったラウルはすでに〝鬼神モード〟を解除していた。


「いいや。俺は奴を見ていない」


 前髪をかき上げ、何もなかったようにラウルは答える。


「俺はボックス席にいたから、観客たちの反応であの方向になにかがいるらしい、というのはわかった。だが、そこに何がいるのかはさっぱりわからなかった」


「そう、ですか」


 なんとかそれだけをシェイラは答える。正直なところ、それよりも今の突然のプレッシャーはなんだったのかと、そっちを答えていただきたい。


 だが、竦みあがってしまうような圧迫感を思いっきり浴びたシェイラがそんなことを聞けるはずもなく、ラウルもまた歩き出してしまう。


「まずホールへ向かうぞ。君が何を見たのか、詳細を教えてくれ」


「はい……」


 ショックを引きずったまま、シェイラは先ほどよりも気持ち距離を取ってラウルのあとを追いかける。だから彼女は気づかなかった。


 ――先導するラウルは、目立たないようにそっと首筋の汗をぬぐっていた。



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