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2-1




『王立劇場にゴースト現る。これぞ真の「怪人」か』


 翌朝の新聞は、王立劇場のゴースト騒ぎで持ち切りだった。


 だが、それも無理のない話だ。王立劇場に住まうゴースト――『怪人』を題材とした舞台の上演中に、本物のゴーストが現れたのだ。しかも事態は怪人が目撃されるだけにとどまらず、同じタイミングで舞台照明が原因不明の落下事故を起こしている。シェイラが新聞記者でも、喜び勇んで現場に駆けつけて記事にするだろう。


 記事にはいろんな角度から事件を目撃した観客たちの証言が並び、昨夜の混乱が詳細に記録されている。なかにはゴーストを見たというひとの証言もあり、それらをもとにしたゴーストのイメージイラストも寄せられていた。


「……で、その怪人だけど、当然シェイラちゃんも見たのよね?」


 そう言ってシェイラの前に紅茶を置いてくれたのは、キースの嫁クリスティーヌ。全体的にふんわりとした優しげな印象な彼女だが、これがなかなかどうして、締めるところはきっちり締める、しっかり者の良妻だ。加えて彼女はシェイラの『勘』にも理解がある。頼もしくて懐の大きい、シェイラの大好きな兄嫁だ。


 その兄嫁に問われて、シェイラは彼女にも見えるように新聞を机の上に広げた。その顔は、どこか不服そうである。


「見たけど、私がみたのはこんな〝お化け〟じゃなかった」


「あらあら。これは怖そうねえ」


 クリスティーヌが目を丸くしたのもそのはず。新聞に掲載されたイラストには、かろうじて人型に見えなくもないような、真っ黒でもじゃもじゃした影が描かれているのだ。


 あのとき、シェイラの目に映ったのは、まさに「天使と怪人」の怪人そのもの。ゴースト相手に妙な表現かもしれないが、もっとスマートで、紳士的な姿だった。こんな悪い夢に出てきそうな出来損ないのモンスターなんかじゃない。


 しかしながら記事によれば、劇場にいたひとのうち20名近くのひとが、イラストのような姿を見たという。また怪人の姿を見なかったひとでも、そのタイミングで強い耳鳴りがしたり、頭痛に襲われたりしたひとが大勢いたのだそうだ。


「兄さんは何も感じてなかったのに……」


「キースは何もなかったのにねえ……」


 同時にふたりは新聞から顔を上げ、残念なものを見るような目でテーブルの隅に座るキースへと向ける。ふたり分のじっとりとした視線に射抜かれた彼は若干顔を赤らめ、「仕方ないだろ」と口を尖らせた。


「僕はシェイラと違って、ぜんぜん『勘』がないんだから」


「キースのことはいいとして、シェイラちゃん以外の、それもこんなにたくさんの人がゴーストを見たなんて、とてもすごいことじゃないかしら? きっと、とっても強い想いを持ったゴーストなのね」


 頬に指をあてて、クリスティーヌがのんびりと首を傾げる。


 まさしく兄嫁の言う通りだ。今までシェイラがゴーストを見つけたとき、他の誰かが同じようにゴーストの姿を捉えたことは一度もない。せいぜい寒気や耳鳴りといった異変を感じる者がいる程度だ。そう考えれば、昨夜のアレは、非常に稀有な事象だったと言える。


 シェイラと同じように『勘』の鋭かった先人たちが残した手記によると、普通のひとがゴーストを見ることが出来たとき、ケースは大きくわけてふたつらしい。


 ひとつは、そのひととゴーストの間に特別な繋がりがある場合。家族や恋人、はたまた飼っていたペットであるというように、生前に結ばれた感情の結びつきが、時たまそうした奇跡を起こすらしい。


 そしてもう一つは、ゴースト自身が強い念を持っている場合。わかりやすい例をあげるならば、無念や怨恨といった負の感情、つまりは悪霊の類などだ。


 今回の場合は、ゴーストを目撃したひとがてんでバラバラの家の出であることから、おそらく後者に属する。加えて、照明が落ちたのが偶然などではなくゴーストの仕業だとしたら、シェイラが過去に会ったことのあるどのゴーストよりも強い霊だ。


 そんなゴーストの胸の内にある想いは、いったいどんなものなのだろう――。


 そのとき、シェイラの思索は控えめに発せられた咳払いで中断された。音の主は、クラーク家を支える初老の執事ブラナーである。


「若旦那様。約束のお時間に間に合わせるには、そろそろ屋敷を出たほうがよろしいかと」


「ん、約束? ほわあ!? そうだった‼ ブラナー、急いで車を正面に回してくれ‼」

 

 壁の時計を見たキースが、途端に慌てて立ち上がる。おそらくはすべて手配済みの出来る執事が「かしこまりました」と恭しく頭を下げる中、兄は焦って部屋を飛び出していく。


 その後ろを、キースを見送るためにクリスティーヌが続き、ブラナーも後を追う。残されたシェイラも、やれやれと肩を竦めて新聞へと戻る。


 繰り返される、見慣れた朝の光景。

 いつもと違ったのは、一度は遠ざかった足音がふたたび居間へと戻ってきたことだ。


「シェイラ! シェイラ‼︎」


 ばたんと勢いよく扉を跳ね開け、キースが部屋に飛び込む。シェイラは仰天してソファの上で跳ねた。


「何よ、出かけるんじゃなかったの⁉︎」


「出掛けるよ! 出掛けるけど、それどころじゃないんだよ‼︎」


「若旦那様、お嬢様が困っておられますよ。――シェイラ様。お嬢様に、ご客人です。正面玄関までご足労いただけますか?」


 大混乱中の兄に代わって、ブラナーが適切な説明。だが、こんな朝一から自分を訪ねてくるような人間、シェイラには覚えがない。


 誰だろう。そう首を傾げながら玄関へ向かった彼女は、開かれた戸の向こうに、制服姿の男がわらわらと集まっていることに気づいてぎょっとなった。


 かっちりとした全身黒の制服に、金のボタンや装飾物。それは憲兵隊が身に着けるものだが、胸元に二本の剣がクロスするデザインのマークが入る。このマークを見て、積極的に話しかける人間はまずいない。なぜならそれは、王立憲兵隊のなかでも特に凄腕の荒くれ者が集まるという第二部隊――泣く子も黙る『鬼神隊』を示すものだからだ。


 一般市民ともなじみの深い、王都内の見回りをしたり、関所を守ったりするような兵とは格が違う。いわば有事の際の実働部隊と言える鬼神隊が、一体全体うちに何の用だ。


 彼らのうちのひとりが、シェイラの到着に気づいて顔を上げる。他の者と違い、制服の上にさらにマントを羽織った上官風のその男の顔を見て、彼女は「あっ」と声を上げた。


「やはり、君がシェイラ・クラークだったか」


 それは、あの夜に王立劇場の階段で出会った、例の派手なオーラの男だった。相手もどうやら、シェイラのことを覚えていたらしい。小声で呟いたあと、改めて貴族の礼をした。


「王立憲兵隊、第二部隊長のラウル・オズボーンだ。シェイラ殿。今日は、君に折り入って頼みがありここへ来た」


 ラウル・オズボーン! その名前を聞いて、シェイラは胸のなかでひとり「なるほど!」と叫んだ。道理で見覚えがあるわけだ。ラウル・オズボーンと言えば、名乗るまで正体に気づけなかったのが不思議なくらいの有名人ではないか!


 それはそうと、まず問題とすべきはラウルの『頼み』だろう。だいたい『頼み』という割には、断るという選択肢をまったくもって与えるつもりのない目をしている。なんだか嫌な予感がしたシェイラは、せめてもの抵抗に恐る恐る切り返す。


「あの……私が、憲兵隊の皆様のお役に立てることなんて、ないと思いますが?」


「いや。これは君にしか出来ない。むしろ君以外にはなしうることの出来ないことだ」


 シェイラの期待に反してきっぱりと言い切った彼は、「我々に協力してもらうぞ、シェイラ・クラーク」と続けた。


「君の力を借りたい。ゴーストを見つけ出す、君の力を」




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