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8-4



 さて。


 ラウルがユアンに連れられてルイ王子の待つ控室に向かったあと、いかにしてシェイラが姿を消してしまったのか。


 そのことを語るためには、少し時間を巻き戻すとしよう。


 大広間にエディとふたり残された際、シェイラもまた、エディからゴースト騒ぎの裏に隠された事の次第を聞かされていた。


「じゃあ、レイノルドに憑いている女の人のゴーストは、『ルグランの悲恋歌』のもとになったお姫様かもしれないんですか!?」


「しっ。お静かに。誰が聞いているか、わかったもんじゃありませんからね」


 口元に人差し指を掲げるエディに、シェイラは素直に己の口を両手でぱっと塞ぐ。それにふっと笑みを漏らしてから、記者は声を潜めて続けた。


「まだ確証はありませんが、その可能性が高い、ということです。シェイラさんには、その真相を暴いていただきたいと思っているのですよ」


「また随分、大事になってきちゃいましたね……」


 新聞のいちコラム用の取材のはずが、いつのまにかとんでもない事になっている。初仕事にしては荷が重すぎる依頼に、シェイラの声も思わず萎んでしまう。


 けれども、とシェイラは思い直す。エディは知らないだろうが、シュタット城の姫のゴーストと言えば、その昔ラウルが憑りつかれたことがある。


 ゴーストに憑かれた彼は長くうなされ、苦しめられたというが、その間に見た悪夢については鮮明に覚えていそうだった。そのなかに、レイノルドに憑いているゴーストとの共通点が隠されているかもしれない。


「わかりました。出来るかはわからないけど、やってみます」


シェイラが頷くと、エディはほっとしたような笑みを浮かべた。


「よかった。シェイラさんなら、頷いてくださると思いましたが。……しかし、隊長はきっと、この件にシェイラさんが関わることを喜ばないでしょう。でもね、シェイラさん。もし隊長に反対されても、お嬢さんには力を貸していただきたいのです」


「隊長が?」


 思わせぶりなエディの発言に、シェイラは首を傾げる。


 ――実はこのとき、エディは己が摑みうる情報の多くをシェイラに伝えはしたが、王子とは伝え方が若干異なった。つまり、いわくつき品がどのような経緯を経てレイノルド・ミラーのもとに届いたのかについては語らなかったのである。


 とはいえ、たとえしがない一般人にすぎないシェイラにしても、何らかの黒い事情が裏に潜んでいることくらい簡単に察しがつく。そのことを踏まえたうえで、シェイラはもう一度力強く頷いた。


「もしも本当にレイノルドがルグランの悲劇に関わる品を持っていて、それにゴーストが憑いているなら、大変なことになる前に回収したほうがいいですから。協力するって、約束しますよ」


「――いいんですか?」


「はい」


 きっぱりと答えて、シェイラはにこりと微笑んだ。


「こんな力でも、私の取り柄ですから」


「シェイラさん」


 感激したようにエディがシェイラを見つめる。それに若干の居心地の悪さを感じつつ、シェイラは頬を掻いた。


 大変なことなってしまう前に。その言葉に嘘偽りはないが、別にシェイラも聖人君子ではないので、王都に住まう見知らぬ人々を案じたのではない。じゃあ、なぜか怪しい品を手元に置いているミラー家の人びとを心配したのかと言われると、もっと違う。


 彼女の頭に浮かんだのは、初めて過去のトラウマについて話してくれたときの、ラウルの青ざめた頬とつないだ手の冷たさ。ただ、それだけだった。


「と、とにかく、そのゴーストが誰かに憑りついたり大暴れしたりするまえに、在り処を突き止めて、さっさとシュタット城に送り返しちゃいましょう!」


 うしろめたさを誤魔化すために、シェイラはぐっと手を握りしめる。それに「おー!」と小声で返してから、エディは首を傾げた。


「ところでね、お嬢さん。調査をお願いしといてなんなんですが、モノにゴーストが宿るってのはあり得る話なんです?」


「もちろん。ていうか、生きている私たちだってモノに念をこめることは出来ますよ」


「え、そうなんですか?」


 ひょうきんな声を上げるエディに、シェイラは説明してやった。


「たとえば、ある令嬢が恋人を想いながら刺繍をして贈ったとしますよね。そこには、令嬢の気持ちがちゃーんとこもっているんです。彼女が相手の方を想い続けていれば、お守りみたいに、相手の方を守ってくれたりもするんですよ」


「ってことは、逆に相手を憎んで作ったりすれば?」


「呪いの品に様変わりします」


 あっさりと頷くシェイラに、エディは嫌そうに口を曲げた。くすくすと笑って、シェイラは首を振った。


「もちろん、よほど強い念を込めたり四六時中憎み続けたりしない限り、効果はすぐに薄れます。ポジティブな願いより、ネガティブな想いのほうがエネルギーがいりますから」


「それを聞いて安心しました」


 何か思い当たる節でもあるのか、エディが本気で胸をなでおろす。……そのあたりの事情を詳しく聞いてみたい気もするが、残念ながら今話すべき内容はそこじゃない。


 気を取り直して、シェイラは話を先に進めることにした。


「つまり強い思いがそのままモノに宿るっていうのは、あり得ない話じゃないんです。普通はだんだんと薄れていくので、ゴーストにまでなっちゃうのはごく一部、ですけど」


「なるほど。とすると、かの有名なエリーゼ姫のゴーストも、生前の念がモノに宿って生まれてしまったわけですね」


「あ、いえ。エリーゼ姫の場合は、ゴーストの本体は別にいると思います」


「あれま。別ですか?」


 不思議そうにエディは首を傾げる。だが、シェイラがそのように思うのにはちゃんと理由がある。


 クラーク家の家系には代々『勘』が強い者が多い。そのため屋敷の書庫の奥底には、先祖が記したゴースト関連の書物が多数眠っている。ここ最近、シェイラは空いている時間のほとんどを書庫に籠り、そうした書物を読み漁っている。そのなかには、当然シュタット城に関する記述も含まれていた。


「シュタット城では、過去にものすごい数の怪奇現象が起きていて、その現れ方もまちまちです。おそらく、とんでもなくつよいゴーストがお城に住んでいるんだと思います。『いわく品』に宿っているのは、いわばその分身ですよ」


「へえ」


 感心したように、エディは何度も頷いた。若干、呆気にとられているようにも見えるその反応に、我に返ったシェイラは頬を赤らめた。


「ごめんなさい。私ばっかり、ぺらぺらと」


「いえいえ、とんでもない! むしろ、大変心強く、ありがたいです」


 にへらと笑って、エディはソファの背に頬杖を突いた。


「それに、こんな仕事をしていますと、ちょっとばかし人よりも詳しい事柄が増えちまうもんで。だからこそ、あたしの知らない世界を知っているお嬢さんのお話は、とても興味深く、聞いていて楽しいですよ」


「そうですか?」


「ええ。そりゃあもう。……あ、けれども。あたしがこんなこと言ったのは、隊長には内緒にしてくださいよ。シェイラさんに手を出そうとしてると思われた日には、二度とお嬢さんに会えなくなっちまいます」


「そ、そんなことは、ないと思いますけど……」


 言葉とは裏腹に、思い当たる節があるシェイラは視線を泳がせる。それに肩を竦めてから、エディはやれやれと遠い目をした。


「いーえ。そんなこと、大アリですよ。今回だって、レイノルドさんへの調査が決まったときの、隊長の恨みがましい目といったら……」


 と、そこで、エディが言葉を切った。なんとなしに舞踏会に目を向けていた彼はパチクリと瞬きをしたあと、「うーん?」と目を細めて身を乗り出す。


 そして、ぽつりと呟いた。


「あそこにいるの、レイノルドさんじゃありません?」


「え?」


 言われたシェイラも、慌てて舞踏会に目を向ける。だが、いるのは仮面をつけた豪華絢爛に着飾ったひとたちばかりで、誰が誰やらさっぱり見分けがつかない。


「ほら、あの扉の近くの。お連れのご令嬢を支えている、若い男の方がいるでしょう」


 そのように指差したエディのおかげで、ようやくシェイラもその人物を見つけることができた。言われてみれば、色素の薄い銀の髪といいスラリと細い背格好といい、幼馴染に見えなくもない。


 問題は連れの女のほうだ。シェイラは直接の面識はないが、艶やかなシルバーブロンドの彼女は、おそらく話に聞くシオン家のカトリーヌだ。儚げな美貌に銀の髪と、レイノルドと並べばふたり揃って精霊のようだと騒がれていた記憶がある。


 そのカトリーヌは、遠目に見ても具合が悪そうだ。しんどそうにレイノルドに寄り掛かり、彼に支えられながら出口へと向かっている。


 シェイラは焦った。ふたりはいったん会場を抜けてどこかで休むか、最悪、このまま帰路につくだろう。そうなれば、せっかくラウルに舞踏会に連れてきてもらったのに何も収穫を得られず終わってしまう。


「エディさん!」


 シェイラはすっと立ち上がると、目だけはレイノルドに向けたまま宣言した。


「私、ちょっとレイノルドの様子を探ってきます! エディさんはここにいて、隊長が戻るのを待っていてください」


「あ、いや、シェイラさん。あなたひとりを行かせたと隊長に知られたら、あたしの命が……。ちょっと、お嬢さん!?」


 エディの制止も耳に入らず、シェイラは客人たちの合間を縫って先を急いだ。とはいえ、踊るひとびとを邪魔するわけにも行かず、会場を大回りして出口に向かうしかない。おかげでシェイラが辿りついたときには、とっくにレイノルドを見失ってしまった。


 いったい、ふたりはどこに行ってしまったのだろう。城の廊下にひとり立ち、シェイラは途方に暮れる。手がかりとなりそうなゴーストの気配も、感じることが出来ない。


 とはいえ、もしもふたりが帰ろうとしているなら、城の出入り口へと向かったはずだ。走れば車に乗り込む直前に間に合うかもしれない。そう思ったシェイラは、ぱっと駆けだそうとした。


 だが、その手がふいに、後ろから摑まれた。


「待って、シェイ」


 背後で響いた声に、シェイラは息を呑む。


 自分に触れる、細く冷たい指。それが誰のものなのか、振り返らなくてもわかる。それでもシェイラは信じられない心地で、ちゃんと目で見て確かめずにはいられなかった。


「……レイノルド?」


 シェイラの呼びかけにこたえるように、彼はつないだ手とは反対の手を己の顔に持っていき、白い仮面をずらした。そこには見慣れた幼馴染の、恐ろしいまでに整った面立ちがあった。


「どうしてここに? ていうか、カトリーヌさんは?」


「しっ」


 人差し指を口元にあてて、薄水色の瞳がシェイラを見下ろす。そこにはなぜか抗えない力があり、シェイラは大人しく口を閉ざした。


 レイノルドは仮面をもとに戻すと、背後を気にするようにちらりと首を傾ける。そして城の入り口に続くのとはまったく異なる、人気のない廊下へと足を踏み出した。


「どこに行くの? こっちは……」


「来て、シェイ」


 シェイラの声を遮り、レイノルドが肩越しに振り返った。


「――お願い」


 薄水色の瞳に、戸惑う自分の姿が映るのが見える。


 何かお願いをしたいときに、相手をじっと見つめる癖。――それはかつてと変わらない仕草でありながら、その瞳にはほんの少し、怯えのようなものが混じっていた。


「……わかった」


 どのみち、自分にもレイノルドの様子を探るという狙いがあるのだ。そのように内心で言い訳をしつつ、シェイラは折れた。


「あまり長くはいられないけど、少しだけなら」


「それでいいよ」


 明らかに安堵した様子で、レイノルドの肩から力が抜ける。


「シェイと話せるなら、それでいい」


 そういう思わせぶりな言い方はやめてほしい、と。


 むすりと眉根を寄せる鬼隊長の不機嫌顔をとっさに頭に浮かべつつ、シェイラは注意深く幼馴染の様子を伺いながら、手を引かれるままに後に従ったのだった。


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