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6-4



「ところで、隊長はエディさんを知っているんですか?」


 街頭が灯り始めた街を並んで歩きながら、先ほどの会話を思い出し、シェイラはそのようにラウルに尋ねた。


「まあな」と頷いた彼は、前に目を向けたまま、しばし考え込むように顎に手を当てた。


「何度か顔を合わせたことがあるが……、悪い奴じゃない。ただ、変わった男だ」


 ラウルによると、エディたち新聞記者は、よく取材のために事件現場や憲兵隊詰所周りに出没するらしい。それこそ今回の怪人騒動のようなキャッチーな話題には多くの記者が沸くらしいが、エディは他の記者とはいささかズレた視点で取材を行うのだという。


「たとえば王立劇場の騒動なら、大抵の記者はアランが犯行に及んだ理由を追い、スキャンダルを暴くことに精を出す。……今のところ、それに成功した者はいないがな」


 だが、エディはそれをしない。事実、今回彼が目を付けたのは事件のバックボーンではなく、事件解決に一役買った奇特な才を持つ『霊感令嬢』だった。


 なぜ、ほかの記者のようなスキャンダラスな大ネタを狙わないのか。ラウルが以前、直接本人に聞いてみたとき、エディは摑みどころのない笑みを浮かべて「それじゃあ、品がありませんから」とだけ答えたそうだ。


「お前に声をかけたのも奴なりの美学に基づいてだろうが……さっきの誘い、どうするつもりだ? 受けるのか?」


「そうですねえ」


 シェイラは首を傾げて宙をにらんだ。


 正直なところ、エディの誘いはシェイラにとっては突拍子のないもので、真面目に考えていなかった。だいたい、昨日の記事ですら既に身悶えするほど気恥ずかしいのに、連載なんてことになったら耐えられる気がしない。


 けれども、エディの最後の言葉――彼と組むことが「不名誉な噂を覆すチャンス」になるという部分だけ、引っかかっていた。


「いきなりの話なので自分がどうしたいかよくわかりませんが……家族は話を受けたほうが喜ぶのかな、とは思います」


 キースが買ってきた例の新聞を、嬉々として眺めていた家族の姿が瞼の裏に蘇る。シェイラ本人が羞恥に震えるのもお構いなしに、父と義姉はいつまでもニコニコと字面を追い、母と兄は「すごい!」とか「どうだ!」などとやんやと盛り上がっていた。


 そのときに思ったのだ。きっと自分は、自分が思っている以上に『勘』のことで家族に心配をかけてきたのだろう。だからこそ両親はシェイラの早すぎる婚約話をまとめたし、それが破棄されたときは烈火のごとく怒ったのだ。


「『勘』のことでこれ以上目立つのは面倒ですけど、両親や兄夫婦がそれで少しでも安心できるなら、それもありなのかなって……」


 彼の意見が気になって、シェイラはラウルを見上げてみる。するとラウルは、難しい顔をしてゆっくりと首を振った。


「それぐらいしか惹かれないのなら辞めておけ。今以上に注目されて、居心地の悪い思いをするのはシェイラだぞ」


「けど隊長はこの間、噂なんか気にしないで堂々としていろって」


「やりたいことがあるなら、という意味だ。望みがあるのに、ひと目を気にしてやらないのはアホらしい。それなら遠慮は不要だ。けど、奴の言っていたコラムは、お前のやりたいことなのか? お前自身は魅力を感じているのか?」


 ラウルに問われて、シェイラは必死に考えた。


 こうしている間にも、もうすぐそこまで家に近づいている。人柄の良さ故なのだろうが、ラウルは客観的に、それでいてひどく真面目にシェイラの相談に乗ってくれている。できれば彼が一緒にいてくれるうちに、自分なりの答えを見つけてしまいたい。


 しばらくうんうんと呻っていたシェイラだが、ぽつぽつと零れるようにだが、心情を吐き出し始めた。


「……この数日間、楽しかったんです」


「というと、怪人騒動のあたりか?」


「その、事件を茶化したり、面白がったりしていたわけじゃないんです」


 ラウルが軽く顔をしかめたのを見て、隣にいるのが鬼神隊の隊長であるのを思い出したシェイラは慌てて否定した。けれどもシェイラの心配をよそに、ラウルはわかっているから先を続けろと言わんばかりに、軽く肩を竦めただけだ。


 それでシェイラは気を取り直し、怪人捜査の数日間を思い返した。


「これまで『勘』が誰かの役に立つなんて考えたこともなかったから、隊長に捜査に協力してほしいと頼まれたとき、すごく驚いたんです。本当にそんなこと出来るのかなって、疑問にも思いました」


 けれども、地下通路でラウルとゴーストを追いかけたことや、怯えるエイミーのそばに寄り添って彼女を守ったこと。それらを通じて、まるで世界が鮮やかに塗り変わったように、シェイラは自分の『勘』を誇らしいと思えたのだ。


「エディさんに声をかけられたのはたまたまです。けど、どんな形かはわかりませんが、『勘』を使って誰かの役に立てたら、それはとても嬉しいなと思います」


「……なるほどな」


 と、そのとき、ちょうどクラーク家の門の前に到着した。名残惜しいが、これ以上立ち話をして彼を引き止めるわけにもいかない。シェイラは立ち止まり、ぺこりと頭を下げた。


「話を聞いてくれて、ありがとうございました。おかげで少しだけすっきりしました。あとは、自分でちゃんと考えてみます」


 だが、ラウルからは返事がない。不思議に思って顔を上げれば、彼は何やら真剣な面持ちで黙りこくっている。


 一体ラウルはどうしてしまったのだろう。そのようにシェイラが首を傾げたとき、唐突にラウルがぱっと顔を輝かせ「いい案があるぞ」と声を弾ませた。


「シェイラ。お前の望みは誰かの役に立ち、かつ家族を安心させること。そうだな?」


「そうですけど……?」


 勢い込んで身を乗り出したラウルに圧されて、シェイラは数歩後ろに下がる。しかしながらラウルは一向に気にする素振りもなく、その〝名案〟とやらの内容を告げた。




「俺と結婚しよう、シェイラ。それなら、お前の願いを両方叶えることが出来る」




「………………はい?」


 いま、とんでもない聞き間違いをしたらしい。いや、そうに違いない。


 シェイラはとっさに、そのように納得した。けれども納得したそばから「そうと決まれば善は急げだ」とか「ご両親にも挨拶をしなくちゃな」などと、妙ちくりんな言葉ばかりがラウルの口からぽんぽん飛び出す。


 恐る恐るシェイラが口を挟もうとしたちょうどそのとき、門の前に一台の車が停まる。運転手にお礼を言って車から降りたのは、なんとシェイラの父、ラッド・クラークだった。


 ――ところで、ここでラッドという人物について、先に説明をしておこう。


 色んな意味で強烈な母ディアンヌとは違い、ラッドは穏やかで優しく、とても真面目な人間だ。決して派手ではないがコツコツと地道に実績を積むタイプで、商売相手や部下たちからの信頼も厚い。ある意味で古風な人間だが、シェイラの自慢の父だ。


 そんな人物だから、娘が話している相手がかの有名なラウル・オズボーンであるのも、ちゃんと一目で見抜いたらしい。これはきちんと挨拶をするチャンスとほのぼのと微笑みながらふたりに近寄り、被っていたハットを取って頭を下げた。


「失礼、憲兵隊のラウル・オズボーン様ではありませんか? 私、シェイラの父、ラッド・クラークと申します。この度は娘がたいへんお世話になりました」


 半分呆けたままシェイラが場所を譲ると、父はラウルの前に立ち手を差し出す。ラウルはそれに応えて手を握り返すと、第二部隊の隊長として笑みを浮かべた。


「ようやくお会いできました。初めまして、ミスター・クラーク。王立劇場の件は、シェイラ嬢の協力がなければ解決できませんでした。遅ればせながら厚く御礼いたします。本当にありがとうございました」


「いやいや。娘がお役に立てたなら、これほど嬉しいことはありません。どうでしょう。このまま立ち話もなんですし、もしお時間があるようなら家に上がっていかれませんか?」


「待って! 隊長はもう帰るところだから」


 なんとなく嫌な予感がして、シェイラは口を挟む。しかしながらシェイラの制止も空しくラウルは大きく頷くと、魅惑の鬼隊長の呼び名に恥じない完璧な笑顔で一片の迷いなく続けた。


「ちょうどよかった。私も、父君にお願いしたいことがあったのです。――ラッド・クラーク殿。シェイラを私の妻とすることを許してもらえるだろうか」


「……ん、んん?!」


 父も、一瞬何を言われたのかわからなかったらしい。彼ははじめ首を傾げ、続いて頓狂な声をあげ、ようやく理解が追い付いたころにはその場で完全に固まってしまった。


 そしてシェイラは――さすがに二回も言われれば、もう逃れようはない。先ほどの突拍子のない発言はシェイラの聞き間違いなどではなく、正真正銘、ラウルが放ったものだと認めざるを得なくなってしまった。


 そうこうしているうちにもラウルは片手を己の胸に力強くあて、まったく状況についていけずに目を白黒させるラッドにずいと詰め寄る。


「驚かれるのも無理はない。なにせ急な話です。だが、私たちは互いを必要としている。彼女もそれを確信しているはずだ。だろう、シェイラ?」


 堂々と言い切ったラウルは、「どうだ」と言わんばかりに得意げな様子でシェイラに流し目を送る。……いや、本当に、その根拠のない自信はどこから沸いてくるのだと小一時間問いただしたい。


 息を吸って、吐いて。


 色々言いたいことはある。むしろ言いたいことしかない。けれども一旦それらを落ち着かせてから、シェイラは真顔で、端的に、冷淡と言えるほど冷静に首を振った。


「すみません、意味がわからないのですけど」


「えっ」


 えっ、じゃない。えっ、じゃ。


 ついにシェイラのなかで、何かがぷちんと切れた音がした。無言のままシェイラはラウルにつかつかと詰め寄ると、一転して圧され気味のラウルをキッと睨み上げた。


「願いを叶えることが出来る、じゃないですよ! 私、そんなこと隊長に頼みました? ていうか、隊長は情けや同情で結婚を決めるんですか? 新手の慈善活動ですか?」


 早口でまくしたてれば、明らかにラウルが「まずい」という顔をする。彼はいくらか慌てた様子で、必死に弁明した。


「すまない、言葉が足りなかった。いや、順番を間違えた!」


「言葉だか順番だか知りませんが、こんなにバカにされたのは初めてです。いいですか。ぜったいに、ぜっっっったいに、あなたと結婚なんかしません!」


 ラウルの顔が傷ついたように歪む。相手のほうが貴族的地位は上なのにとか、ちょっと言い過ぎたとか、頭の片隅で警報が鳴る。だが、泣きたいのはこっちだ。事実、シェイラの鼻の奥はツンと痛んだが、それに負けないように思い切りシェイラは叫んだ。



「ラウル隊長のバカッ!! 隊長なんか大っ嫌い!!!!」



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