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プロローグ

 

 シェイラ・クラークは貴族の令嬢である。ぱっと目を引く赤みがかった茶髪に、きりっとした目元やツンと尖った鼻。少々気の強い印象を与えながらも、10人が見れば10人が「あら、かわいい」と口をそろえるだろう。


 だが、彼女にはふたつの問題がある。


 ひとつは、とある事情により貴族界で「ちょっと変なひと」と遠巻きに見られているということ。そしてもうひとつは、つい最近、幼馴染に婚約破棄をされたということである。


 シェイラの婚約破棄は、貴族界においてそこそこのスキャンダルとなった。なぜなら、婚約破棄の理由が、お相手の青年にシオン家の令嬢が一目惚れをしたというものだからだ。


 クラーク家はしがない中流貴族。名家シオンと比べれば、その差は歴然としたものである。とはいえ、件の令嬢が息子に恋心を抱いたことを知った途端、それまでの長い付き合いの何もすっ飛ばし、コロッと婚約破棄を打診してきた相手の家にシェイラの両親は激怒した。


 貴族的口上でオブラートに包みつつ、「上等だ、こちらからお断りだボケ」と直訳すればまあそんなことを言い放ち、クラーク家は相手の家と決裂。こうしてひと悶着を起こしたのち、幼い頃からの付き合いだった許婚と別れることとなった。


 ここまでの経緯を聞けば、人々はシェイラがひどくみじめな気持ちになり、深く落ち込んでいると思うだろう。


 実のところ、そんなことはない。シェイラが相手の青年に抱いていた感情は兄弟のそれに近く、恋人に向けるような甘いものではない。強いて言えば「変なひと」と認識されるとあるのっぴきならない事情のために、次の結婚相手を見つけるのが面倒くさいぐらいである。


 とはいえ、そのあたりもシェイラは悲観していない。というか、このまま結婚できなくてもいいくらいだ。


 もともと彼女はひとりで自由気ままに過ごすのが好きな質。それに、そもそもそういう者はシェイラとの結婚を望まないだろうから可能性は低いが、彼女の()()に理解の無い男のもとに嫁ぐことになったら大変だ。いくら奇異の目を向けられることに慣れた彼女だって、毎日そんな相手と顔を合わせるのはさすがに気が滅入る。


 幸い彼女には兄がいて、しっかり者の令嬢が嫁いできてくれている。あちらの家庭が順風満帆ならば、シェイラひとり行き遅れたところで何とかなるだろう。


 だから、彼女は考える。ほとぼりが冷めるまでは大人しく過ごし、その後は気ままで自由な独身ライフを謳歌するとしよう――――。






 そう、思っていたのに。


「ラッド・クラーク殿。シェイラを私の妻とすることを許してもらえるだろうか?」


 シェイラの位置からは背中しか見えないが、父ラッド・クラークがあんぐりと口を開けたまま固まってしまっているのが容易に想像できる。だが、驚いたのはシェイラも一緒だ。否、シェイラのほうがよほど驚いていると言っていい。


 深い藍色の髪の隙間から覗く、くっきりとした二重に垂れ目がちな目元。赤い瞳は獲物を追い詰める猛禽類のように鋭く、悪戯っぽく吊り上がる口角がぞくりとする色気を醸し出す。一目で鍛えているとわかる引き締まった体躯はしなやかで、絵画のモデルのようだ。


 彼の名は、ラウル・オズボーン。代々、王立憲兵隊のエリート、第一部隊の長〝王の剣〟を輩出している名家の出であり、おまけに母親が現王の妹君というやんごとない血筋。さらには自身も王都の治安を守る鬼の第二部隊――通称『鬼神隊』の長であり、上げた手柄は数知れず。


 容姿・経歴・出自に性格。すべてがカリスマ性に満ち、我が道を悠々と歩く彼についたあだ名は『魅惑の鬼隊長』。この国のモテ男の代名詞とも言われる男である。


 何が言いたいかと言えば、およそシェイラと深く関わりを持つような人物ではない。

 だというのに、シェイラと結婚したいとは何事か。


「私たちは互いを必要としている。彼女もそう確信しているはずだ。だろう、シェイラ?」


 いまだ状況についていけないラッドに見せつけるように、ラウルがシェイラへ流し目を送る。その熱っぽい視線も、口元の笑みも、社交の場では幾人もの乙女たちのハートを鷲掴みにしたことだろう。


 けれどもシェイラは、真顔で首を振る。



「すみません、意味がわからないのですけど」




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