気づいたら、森の中
まだヒロインの名前が出ていません。あ、ヒロインですよ、念のため。
新しい出会いまで、もう少し。
ふっと意識にさわったのは、緑の匂いとうっすらとしたカサカサした草の感触。一気に意識が覚醒してガバッと起き上がる。一瞬クラっと来ましたが、視界に入ってきた光景に大いにビビりました。
「ここ、どこ?!」
叫んだのは当然の処置だと思います。考えても見てください。たった今まで、コンクリートに覆われた東京のど真ん中にいたのに、なんだってこんな自然豊かな森のなかにいるのか。
自然豊かなと表現しましたが、これはなかなかに優しい表現です。何故なら、驚くほど薄暗いから。昼なのか夜なのかわからない視界の悪さに、木々から垂れ下がる頑丈な蔓の数々。所々に怪しげで毒々しい、派手な色のきのこが生えていて。言うなれば、ザ・魔女の森。
「マジかー」
ガックリ項垂れてしまう。もう遅刻間違いなし。こんな見覚えのない場所に来る前の、私の最後の記憶は、穴から落ちて『びゃーー』という情けない悲鳴を上げたことくらいだ。
ものすごい浮遊感に包まれ、悲鳴まで上げて落ちたと思ったが、そういえば体が痛いなどの症状はない。どういう風に落ちたのか全く記憶がないが、とりあえず怪我がないのは幸いだ。
「あれ、マンホールとかじゃなかったの? それともなにか、下水道ってこんな素敵な森が出来上がってるわけ?」
ぶつくさ言ってますが、要するに独り言。独り言くらい言わせていただきましょう。だって、私は迷子ってことですから。人は自分が何処にいるかわからない状態に迷子と言うハズ。それは大人だって、関係なくそうですから!
「と、とにかく帰らないと!」
ぐっと拳を握りしめ、天に突き上げる。むやみやたらに動くのはまずいが、ここにいたところで事態が好転する訳もありません。なんだったら、先程から何かのうなり声が響いてくるのです。ここにいたのでは、何かのご飯になってしまう可能性が大なのです。さっさと動き出すとして、問題は何を目指して歩くのかというところ。空もほぼ見えない鬱蒼とした森に、目印などあるのか。
「あれ?」
そういえば、昼か夜か分からないくらい暗いのに、少しは辺りが見えるということは。回りを見渡せば、遠くに煌めく光が見えた。もしかして、外に出られるかも?
「うっしゃぁーっ」
乙女にあるまじき雄叫びですが、漸く見つけた希望にはしゃいじゃってもしかたないですよね。さあ、行きましょう。目指すは森の外。意気揚々と、私は歩き出しました。