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蜜の掟  作者: ぺぺ
6/14

棗の劣情


「すごい…」

「うちの高校どこかなあ」



私とユリカはただただきょろきょろと周りを見回していた。



今日私とユリカはうちの高校のサッカーの予選大会があるということで応援に来ていた。ちなみにこういうものは初めてだ。



「しかしみつきがサッカー応援に行きたいなんてねえ」



珍しいといったようにまじまじと私を見やるユリカ。私は苦笑いしかできなかった。その理由は、私が葵君からかなり熱心に誘われていたから。



サッカーなんて見に行ったこともなければ、いまいち興味がなかった。そもそもスポーツ観戦というものもあまりしたことなく、ユリカのテニスの試合を何度か応援に行ったくらいで、うちの花形であるサッカー部の応援に行くことなんて絶対にないと思っていた。しかし、葵君とのお出かけから数日後、偶然二人きりになったときに誘われたのだ。




「ねえ、来週予選大会があるんだけど見に来ない?」




その誘いは唐突だった。一緒にお出かけをして、距離は以前より縮まったとは感じていたが、それ以降はいつも通りただのクラスメイトとして会話を交わすことは滅多になかったから。




「え、っとでも私サッカーの事あまり知らないし…」

「いいよそんなのべつに。俺だけ応援してくれればいいから」



そういって爽やかに微笑む葵君。



その笑みにどぎまぎしながら、私は視線を彷徨わせた。



「ルールわからなくてもいいなら全然…」

「本当?嬉しいなあ。みつきが来てくれるだけで勝ち進めそう」

「ふふ、そんなこと言われたら行くしかないね」




そんなことを言い合いながら笑いあう。そこまで言われたら行かないわけにもいかない。力になれることは一つもないだろうけれど、応援がほしいということなら、行かない理由もない。



「じゃあ、これチケット」

「ありがとう…もしよかったら二枚もらえたりする?」

「…誰とくるの?」



いつも明るく爽やかに話す葵君の声のトーンが少しだけ下がったような気がした。それになぜか焦り、急いで弁明する。何故、慌ててしまったのかは自分でもわからない。



「え、っと一人じゃ心細いからユリカといこうかな、って…」

「…そっか。はい、何枚でもあげる」

「ありがとう…」

「じゃあ、楽しみにしてるから」




じゃあな、と言ってユニフォーム姿の葵君は教室を出て行った。手元のチケットに視線を下す。後ろには夕日がじわじわと上っているようで、少しずつ私の影が伸びて行った。




そんなこんなで予選大会当日。

周りの熱気に圧倒されながら私たちはきょろきょろとどこで試合が行われているのか探していた。



「しかし、皆すごい熱の入りようね」

「高校最後の大会だしね」



俄然と気合いが入るのも納得だ。




「あっちみたいね。行きましょ」

「うん」




今まさにちょうど試合が行われるというところだった。私たちは、空いている席に腰を下ろし、試合の開幕を見守った。どちらのチームにも緊張感が漂っており、なんだかこちらまで緊張してしまう。それぞれのチームがポジションについた時、葵君を見つける。ぼんやりと葵君を見つめているとばちりと視線が合ってしまった。にかりと歯を見せて笑う葵君。恥ずかしくなって咄嗟に顔を伏せる。



「あれ、あんたに向かって笑ってるよね?」

「わ、わかんない…」



顔が赤くなってしまいそうになった時に聞こえるホイッスル。どうやら試合が始まったようだった。




結果はすぐに出た。




花形と言われるだけあって、勝負はすぐに決まった。うちの高校がどうやらかなり強いらしい。何度も葵君がゴールを決め、最初の試合は一時間もかからずに終わった。




「いやあ、中々爽快感のある試合だったね」

「そうだね。皆カッコよかった」

「うんうん。…あ、でも次の試合はシード校よ。ちょっとまずいんじゃない?」



眉をしかめて言うユリカに私も少しだけ不安になる。



「…大丈夫だよ!みんな強いし、葵君もいるし!」

「そうね、葵がいるならいけるかも」

「まだ始まらないよね?なんか飲み物買ってくる。何がいい?」

「私お茶がいいなあ。ありがとう」



すぐに戻ってくる、と言葉を残して小走りで近くの自動販売機に向かう。しかし、思った以上に道が複雑ですぐに迷ってしまった。



(…しまった…自動販売機ってどこだっけ…)



確かこっちだと歩いてきたはいいものの、中々見つからない。来る途中に見かけたはずだが、とおぼろげな記憶を頼りに来たのが間違いだった。すっかり道に迷ってしまった。




(素直に途中にある地図を見ておけばよかった…)




自分の浅はかさに後悔しながら、うろうろしていると、とんとんと肩を叩かれる。驚いてびくりと肩を震わせながら振り向くとそこには目を丸くしている葵君が立っていた。



「あ、葵君!なんでここに?」

「みつきこそなんでここに?」

「あ、えっとちょっと道に迷っちゃって…」



そういうと葵君は暫し黙った後、カラカラと笑った。


「みつきってかなりの方向音痴?」

「え?」

「ここ、さっき試合したところからそんなに離れてないのに」



ほら、といって葵君の指さした先をたどると確かにそこにはコートがあった。生い茂った木に隠されて、よく見ないとわからなかったけれど。



「本当だ…私どこ歩いてたんだろ」



10分くらい彷徨っており、結構遠くまで来たかと思っていたが元の場所から全く離れていなかったとは。恥ずかしいにもほどがある。



「一緒にもどろっか」



そう言って手を差し出してくる葵君。

こういう紳士的なことをすぐにできるのは流石だ。



「あ、私飲み物買いに来て…」

「じゃあ連れてってあげる」



目を離すとまた迷いそうだから。そう言って葵君は私の手を取ってぎゅっと握った。それだけなのに私はドキドキして、葵君を中々見ることができない。初心すぎると自分でもそう思う。



結局自動販売機は歩いてすぐのところにあり、再度私はどこをほっつき歩いていたのだと自分自身を苛める羽目になった。そんな私を見ておかしそうに笑う葵君にも申し訳なく思いながら。



「でもみつきが来てくれてうれしい」

「あ、うん…」



飲み物を持ちながら会場に戻る。葵君は普通に話しているけれど、私は内心気が気でなかった。



(…手繋いだまま…)



これは普通の事なのだろうか。あまりに恋愛経験が少なすぎてよくわからなくなってしまう。きっと普通ではないのだろうけれど、自分からそのことに切り出す自信は到底なかった。葵君の話も話半分で聞きながら、会場へもどる。さすがにみんなの前でこれはまずいだろうとさりげなく手を放す。



「じゃ、じゃあ頑張ってね!次も応援してるから!」

「うん。ありがとう。俺だけ見ててね」

「う、うん!」



言われたことの意味がよく分からず、とりあえず頷く。自分の高校の応援だけ徹していろという意味だろう。最初からそのつもりだ。



落ち着かない気持ちのまま、飲み物をもって戻ると、ユリカが興奮したように声をかけてきた。




「ねえねえねえ知ってた!?」

「何が?」



目をキラキラさせて食い気味に話すユリカ。一体何があったというのか。



「次の相手チームに幼馴染君いるよ!」

「え…」



コートに整列している相手チームに視線を走らせる。そこには確かに見慣れた背の高い男が並んでいた。そして、ふいに合う視線。冷たくて射貫くような視線が確かにこちらを向いていた。静かにじわりと嫌な汗が背中を伝った。




ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。



そういえば棗もサッカーやってたな、なんて今更になって思い出す。サッカー部に入っていたなんて知らなかったけれど。どのくらい経ったか。実際には数十秒にも満たなかったかもしれない。ようやく棗からの視線が途切れ、試合が始まる。しかし、私は平然と試合を見ることができなかった。



「幼馴染君強いね~うちの高校やばいんじゃない?」

「…」

「あ、また一点取った!いやあ、応援しなきゃいけないのはわかってるけど、カッコいいね~幼馴染君」

「…」

「みつき?聞いてる?」

「…え、う、うん」

「うちらも応援しなきゃ」

「…そうだね」



ユリカは大声で応援し始めた。私も応援しなくては。そのために来たのだから。それでも棗という存在が怖くて、喉が震えてしまう。




「やば、前半取られちゃった」

「…」




接戦だったが、惜しくも前半はとられてしまった。葵君を探すと、悔しそうな顔をしてチームメイトと話していた。



(ここで負けたら、進めない…)



そんなの絶対悔しい。

私もチケットをもらってここにきたのだから、棗なんて気にしないで応援しなくては。



後半戦が始まり、私とユリカは精一杯応援した。調子を取り戻したのか、前半戦では見られなかった葵君の活躍ぷりが後半戦になってみることができた。葵君は驚くべき程ゴールを決めていき、ついには相手チ―ムに勝つことができた。




「やったー!勝ったよみつき!」

「うん!」




ユリカと手を取り合って喜ぶ。

後半の追い上げは凄まじいものだった。こちらの陣営の熱狂ぶりもすごく、選手は笑顔で戻ってくる。そんな様子にこちらまで嬉しくなってしまうほどに。学校の人達に囲まれている葵君を遠巻きにぼんやりと見つめる。直接お疲れさま、と言いたいけれどあの様子だと無理そうだ。



(学校で言えばいいか)



そんなことを考えながら、見つめているとふいにこちらを向いた葵君と視線があった。にこりと微笑む葵君。私は急激に恥ずかしくなってしまって、ユリカの手を取って慌ててその場を離れた。




「いやあ、熱い試合だったね。サッカーも面白いもんだ」

「うん、勝ててよかったね」

「私も最後の大会だし頑張らなきゃ。もちろん、みつきも見に来るよね?」

「うん!」

「よし」




ユリカとたわいもない話をしながら帰路をたどる。選手と同じように、精一杯応援した私たちも多幸感で満ちていた。満たされた気持ちで家に帰ると誰かが家の前に立っているのが見えた。



冷えた視線がこちらに向いた瞬間、棗の事を思い出して浮かれた気持ちが一気に落ちた。



「よお。楽しそうだな。みつきちゃん?」

「…」



薄く笑みを浮かべる棗。目元は一切笑っていなくて、微かに怒りの色が伺える。そのミスマッチさに寒気を覚える。



「彼氏が負けてへこんでるっていうのにな?」

「…お疲れさま。でも、」



彼氏なんてまだ納得していない。

そう言おうと口を開くが、それは許されず、素早く棗に腕を取られ、引っ張られるように断りもしないで私の家に上がり込み、一気に私の部屋に駆け込んだ。それから、強く肩を押され、あっという間にベッドに組み伏されてしまう。



「ちょっと、棗、やめて…っ、」

「いけない女だよなあ。彼氏の事なんかろくに応援しないで、別の男を応援するなんてさ」

「それは棗が試合に出てるってことを知らなくて…」

「…それに加えて、手なんか繋いでさ。立派な浮気だよな?」

「!見てたの?」



私を見下ろす棗の視線にはどろりとした熱がこもっていた。瞳の奥はほの暗く、感情が読めない棗の表情にぞっとしてしまう。




「おねがい、棗どいて、」

「いっつもそう。お前は俺の事なんか一度も見やしない」




捕まれた手首がぎゅうっと強く握られ、顔を顰める。苦痛にゆがむ私の顔を見て、棗は冷たく笑った。




「こんな痛いこと。他の誰にもされないだろ?俺だけだろ?」

「…」

「答えろって」

「んっ、」



首元に顔をうずめられ、ちくりと痛みが走る。このままの雰囲気では絶対にまずい。なるべく棗を逆なでしない様に努めようと決める。



「…そうだよ。棗だけこんなに意地悪」

「…くくっ、だよなあ。みつきに痛みを与えるのは俺だけだもんな」




薄暗い笑みの中に垣間見える喜び。一体棗はどうしたというのか。まさかこれも、例のアレのせいだというの?



「とりあえずお仕置きだよな」

「え!?」

「よそ見する彼女には罰を与えなきゃいけないだろ?」

「で、でも…そ、そもそも彼女って、」

「…口答えすんの?」




きつくそう言われ、私は口を噤む。確かになんでもいうことを聞くと言ってしまったが、本当に口を挟むことはできないのか。




「俺だけのものって印をつけたから…そうだな、お前もつけろよ」

「え…?どういう…」

「だからお前もおれにつけろっていってんの。キスマーク」

「き、キスマークなんて…」

「早く」



そう言って棗は荒々しくワイシャツを開け、胸元を開いた。骨ばった鎖骨が目の前に晒され、私は凝視しながら固まってしまう。引き締まった胸板まで少し見え、私はそれだけでドキドキしてしまう。男慣れしてないせいだと思い込みたい。



「わ、私一度もやったことなくて…」

「ふうん。なら教えてやるよ」

「でも…」



そんな恥ずかしいことやりたくない。

その思いを口に出す隙も無く、向かい合って座った棗は私の後頭部に手を回すと強く自分の首筋に私を引き寄せた。試合の後だからだろうか。棗から少しだけ制汗剤の匂いがした。




「唇つけて」

「え…」

「早く。なんでもいうこと聞くんだろ?」

「…」




棗の力は凄まじかった。どれだけ離れようと力を入れても、びくともしない。きっと棗は私が指示に従うまで許してはくれないと思う。それにこれ以上要求がエスカレートしても困る。私は仕方なく棗に従うことにした。



「それで強く吸って」

「え?」

「歯立ててもいいから強く吸え」

「…っ、できない」

「できるまで離さねーからな」



言われた通りにやってもなかなかつかない。緊張も相まって、いくらやってもつけることはできなかった。そんな私を、上から見下ろすように見つめる棗。雰囲気からこの状況を楽しんでいることは明白だった。



「っ、はぁ…ちょっとだけついた…ねえ棗もうこれで言いでしょ?」

「…はっ、えっろ」



小さい赤い印を、鏡で確認して棗は薄く笑った。自分でつけたものなのに、無性に恥ずかしくてたまらない。どうして私がこんな羞恥的な事をやらされなければいけないんだろう。情けなさや恥ずかしさやらなにやらで、私の顔に熱が集まり、じんわりと屈辱的な涙が溢れてきた。



「…じゃあ復習としてもう一つつけてみな」

「え…?もうやだ…」



ぽたぽたと垂れる涙。

泣くことはこの男を喜ばせるだけだと知っていても、コントロールはできなかった。




「今日はこれで終わりにしてやっから」

「…ぐすっ、」

「それともこのまま泣き続けて俺にヤられたい?」



俺はそれでもいいけど、と口にしながら私の頭を撫でる棗。その手つきは優しくてわけが分からなくなる。



「…約束してくれるなら」

「するって」




軽くそう言われ、少しだけ疑ってしまうも、やらないことには何も進まないので、気の進まないまま再度棗の首筋に顔をうずめた。素早く終わらせようと、または嫌がらせも兼ねて私は強めに歯を立てた。棗は少しだけ呻いたが、私には関係ないと辞めなかった。




「はぁ…できた」



そのキスマークは先ほどのよりも一回り大きく、存在を示すかのように赤く、棗の少し焼けた肌にしっかりと痕を残していた。




「くくっ、上出来じゃん」

「…約束だから帰って」




口を拭って、小さく言い放つ。しばらく棗の顔は見たくない。




「その前にお手本な」

「え…や、やだ…!ちょっと棗!」




棗は一気に私に距離を詰めると、先ほど私が与えた痛みを私の胸元に残した。本当にこいつは性悪すぎる。赤い花びらのような跡が私に残され、私は力いっぱい棗を睨んだ。




「こんなの聞いてない!」

「お手本だって。この痕が消える前にまた呼ぶから、それまでに復習しておけよ」

「…もうやらない」

「どうだか」



喉を鳴らして笑う棗は楽しそうだった。それからやっぱりお前は泣き顔が一番可愛いと最低な言葉を残して、棗は部屋を出て行った。




緊張が一気にほどけ、すとんと力が抜けたようにベッドに座り込む。




(…どうしたらいいんだろう)




棗の行動は間違いなくエスカレートしていっている。これは果たして私の遺伝子とやらが関係あるのだろうか。私はほとほと困り果てていた。棗に力ではかなわない。かといって好きなようにされるなんて絶対に嫌。でもどうしたらいいのかわからない。




(…先生)




ミツバチの話を知ったのは確か藤先生からだ。




(…もしかして先生なら何か、解決方法を知っているかもしれない)




私は今までの生活を取り戻したかった。もし藤先生が知っているのならばぜひとも教えてほしい。次に先生に会った時、アドバイスを乞おうと心に決める。危機的な状況が最近増えている。このままでは確実にやばい。私の本能がそう告げていたから。





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