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蜜の掟  作者: ぺぺ
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葵の約束②


「…でもそんなこと言われたの初めてだ」

「え?」

「だって周りは皆スポーツバカとかサッカーバカとかいじってくるんだぜー?」

「あはは、葵君は愛されてるね」

「そうか~?」

「うん、葵君人気者だもん」

「じゃあ花園さんは俺の事を愛してる?」

「…え?」



ざあ、と風が強く吹いた。それにも驚いたけれど、葵君の口から信じがたいことが出てきた気がして、風でそよぐ髪の毛をかき分けて葵君を見上げる。自然と足は止まっていて、それに加えていつの間にか周りには誰もいなくなっていることに気づき、妙にこの場が変な空間に感じてしまった。



「え、っと…言葉の綾というか比喩表現というか…」

「じゃあ花園さんはどう思ってるの?俺の事」

「えーっと…」



なんて答えるべきか。



というかどうしてこのような展開になってしまったのか。狼狽えながら、葵君を見つめるも、彼の瞳は真剣に私の答えを待っているようだった。



「く、クラスメイトかな…?」

「クラスメイトとして好き?」



どうしても「好き」という言葉を使わなくてはいけないのか。好きにもいろいろな意味があるのはわかっているけれど、中々使用しない言葉ゆえ、口に出して言うのはなんだか恥ずかしい。



「う、ん…クラスメイトとして好きだよ」



無意識にクラスメイトという単語を無駄に強調してしまった。意識し過ぎなのはわかっているけれど、こういうことに疎い私にとっては仕方のないことだと思う。



なんだか妙な空気になってしまい、居心地の悪さにそわそわしていると葵君はふっと口元を緩めた。




「そっか。俺も花園さんの事好きだよ」

「あ、ありがとう…」




それはクラスメイトとして?




そんな疑問が浮かび上がったけれど、聞けなかった。葵君は態と曖昧に言っているような気がしたから。どちらからともなく歩行を再開する。葵君は何事もなかったかのように、部活や学校生活の話をしはじめ、ぎこちなくなってしまった空気が徐々にほどけて行った。そのことに内心ほっとする。



「あ、あそこでサッカーやってる」

「え、まじ?どこ?」



あそこ、と言ってのびのびと広がっている原っぱを指さす。そこでは小学生くらいの子達がきゃいきゃいと楽しそうにボールを追いかけていた。その光景は微笑ましく、無意識に立ち止まった私たちは芝生の上に座り込んでぼうっとその光景を見ていた。



するとそこに転がってくるボール。そのあとに続いて一人の少年がボールを追いかけて近づいてきた。




「それ僕たちのボールです!すいません!」

「はいよ」



小学生にしてはしっかりしていると感心する。葵君はにこやかにボールを手に取り渡してあげていた。しかし男の子は動かない。何やら葵くんのスマートフォンケースを凝視していた。



「お兄ちゃんもサッカーやってるの?」

「え?」

「それ、僕のお兄ちゃんも持ってる!」



興奮気味に、目をキラキラさせて葵君を見つめる男の子。葵君のスマートフォンケースは日本サッカー代表のロゴがプリントしてある青いケースだった。



(サッカーファンならすぐわかるってわけね)



感心しながら二人の会話を見守っていると、葵君は申し訳なさそうな顔をこちらに向けた。



「ごめん、花園さん。少しだけやってきてもいい…?」



ぼんやりとしてすべて聞いていなかったが、一緒にサッカーをやろうという話にでもなったのだろう。私はこくりと頷いた。



「うん、大丈夫だよ」

「わりい!すぐに戻ってくるから!」



そう言って葵君は男の子にぐいぐいと引っ張られながらサッカーに交じっていった。葵君は素人目に見てもやっぱりうまくて、カッコいいと思った。




(何かに夢中になれるのって素敵)




そんなことを思いながら葵君たちの試合をぼんやりと見つめる。





そんなことを考えながら、ぼうっとしているうちにとんとんと肩を叩かれてはっと大きく肩を揺らす。どうやら気づかぬうちに眠ってしまっていたようだ。振り返ると、そこにはソフトクリームを二つ持った葵君が立っていた。




「はい、食べる?」

「う、うん…ありがとう」



私は綺麗に巻かれたソフトクリームを受け取って、一口舐めた。優しいバニラの味が広がって思わず顔がほころぶ。



「サッカー終わったの?」

「…」

「葵君?」



ぺろぺろとソフトクリームを食べている私をじっと見ている葵君。何かおかしいところでもあるだろうか。少し不安になって、ソフトクリームを食べる手をとめて、のぞき込むように何も言わない葵君を伺う。すると、葵君はようやく気付いたかのようにハッと我に返ったようだった。



「あ、ごめん」

「疲れたの?」

「…うん、そうみたい」



そう言って葵君は溶け始めたソフトクリームを食べだした。私も不思議に思いながら食べることを再開する。




「ごめんね、私気づかないうちに寝ちゃってたみたい」

「こっちこそ待たせてごめん。ついつい本気になっちゃって」

「ううん、見てるの楽しかったから大丈夫。やっぱりサッカーやってる葵君ってかっこいいよね」

「…花園さんって」

「?」

「…俺、花園さんの視線好きだよ」

「え?」

「憧れてますっていう視線。花園さんに見られるとすごく気持ちいい。時々放課後に俺達の練習見てたでしょ」

「え…あ…気づいてたの?」



毎日というわけではないが、帰り道にグラウンドを通る時は思わずサッカー部の練習を見ていた。別にサッカー部だけというわけではなくて、何かに夢中になっている人達を見ることが好きだった。



きっとそれはまり姉と唯奈が自分の中でコンプレックスとして存在していることも大いに関係しているのだと思う。彼女たちも自分の好きなことをきわめて、それで頂点に立って、キラキラと輝いている。そういう人達が身近にいるとやはり、何か一つでも夢中になっている人は私にとって憧れなのだ。




「うん。あんな熱烈な視線を感じたらね」

「あはは…恥ずかしいな…」

「…ねえ、俺も花園さんの事みつきって呼んでいい?」

「え?」

「だってずるいじゃん。俺だけ苗字って」

「あ、そっか…ごめんね、クラスの人達が葵君って呼んでたから私もついそう呼んじゃった」

「それは別にいいよ。その代わり俺も名前で呼ばせて」

「う、うん…いいよ」

「よかった、みつき」



そう言って葵君は微笑んだ。

優しい笑みにドキドキしてしまう。葵君からみつきと自分名前が出てくるなんて変な感じだと思った。




「日も落ちてきたし、風も冷たくなってきたからそろそろ帰ろうか」

「そうだね」




葵君との時間はあっという間だった。ただ芝生の上に座ってお話をしていただけなのに、すっかり夕日が顔を出していた。クラスの人気者はやはりそれだけの魅力がある。何気ない会話ですら楽しい。私はすっかり葵君の人柄に魅入られてしまった。




「じゃあここで…」



ゆっくりと歩いていたにも関わらず、別れの時間はすぐにやってきた。葵君の家とは別の方向なので、必然と改札口でお別れになる。



「送ってくよ」

「え、いいよ!確か家あっちのほうだったよね?」



そういうと葵君はこくりと頷いた。確か葵君の家は結構遠くて、私の家からは真逆だったはず。私は全力で首を横に振った。



「でも、」

「明日も朝練あるんでしょ?ゆっくり休んだ方がいいよ!」



まだ食い下がろうとする葵君に私は必死で断った。



(恋人でもないのに、そんなことまでしてもらったら悪いもん)



じりじりと後ろに下がりながら、本当に大丈夫、と断っているとようやく諦めたようで葵君は諦めたように息を吐きながら、気を付けてね、といった。



「うん、ありがとう」

「…本当に気を使わなくていいのに」



ぼそりと小さい呟きだったが、私の耳にはしっかりと届いた。けれどあえて返事はしない。




(葵君は優しすぎる)




こんなふうにずっと葵君の優しさに触れていたら、それこそ女の子は勘違いしてしまうだろう。彼のファンが多いことに納得がいった。




「みつき、ちょっと手かして」




呼び捨てで名前を呼ばれて、どきりと心臓が跳ねる。しかし、勘違いしてはいけない。なぜなら葵君は仲がいい女の子は皆呼び捨てで呼んでいるから。



(でも慣れていないから緊張しちゃう)



そんなことを思いながら、葵君に言われるがまま手を差し出す。すると、葵君は私の手をそっと持ち上げ、手の甲に唇を落とした。その姿はまるで童話の中の王子様そのもの。




「な、な、なにして…」

「これで俺も同じラインだ」




そう言ってニコリと笑う葵君。幸い周りに人はあまりおらず、今の出来事も見られていなかったようだ。




「ライン、って?」

「そのうちわかるよ」




葵君はそういいながら、名残惜しそうにゆっくりと私の手を放した。葵君の目の奥には熱が密かにこもっていたように見える。どこかで見たような、ギラギラとした獰猛な色。




(…もしかして、)




「じゃあまた明日」

「う、うん…また…」




葵君は爽やかな笑みを残すと、颯爽と去っていた。呆然とした私を置いたまま。




そこまで私は鈍くない。

唯奈に言われた言葉が頭の中でちらついていた。







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