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蜜の掟  作者: ぺぺ
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葵の約束



寝起きは最悪だった。



かといって学校を休むわけにもいかない。

どんよりと暗い気持ちを抱えながら、のろのろと準備をする。リビングに下りると、いつも通りのまり姉と唯奈が雑談していた。とくに唯奈なんて昨日のことなんてなかったかのように本当に何事もなく。



食欲が湧き起らず、用意されていた朝食の半分も食べ切ることもできずに私は家を出た。何が起こるのかわからない恐怖心を抱えて学校へと向かう。



しかし、びくびくしていた私を裏切るように、そこではいつもの日常が待っていた。本当に何事もない風景に、眉をしかめてしまうほど。



(…夢じゃないよね?)



周りを伺いながら席に着く。それでもやはりいつもの教室だった。



(…すべての人に効果があるっていうわけじゃないのかな…?)



よく考えてみればそういうことなのかもしれない。そもそも、そのミツバチに似た遺伝子とやらがすべての人を引き付けてしまったら、まともに生活もできないし、それこそ漫画の世界だ。



(…棗は反応しやすい体質だったとか?個人差があるとかそんな感じ…?)



だとしたら、今のところ何も起こらないということは案外あまり今までと変わらないのかもしれない。幸い棗とは違う学校なので、平穏を脅かされる可能性は少ない。



少しだけ安堵して、ほっと息をつく。




「んでデートはいつにする?」

「!?」



何も変わらない平凡で退屈な授業を終え、クラスの当番ということで、校庭の花壇に水やりをしていると、練習着姿で現れた葵君。葵君は挨拶もなしに、いつもの人懐こい爽やかな笑みをこちらに向けてそう言った。



「え、っと…なんのこと?」

「え?忘れたの?」

「え?…あー…え、う、うそでしょ?」



もしかして、以前に授業中に助けてもらった時にした約束の事を言っているのだろうか。



「あれって冗談とかじゃ…」

「えーそんなふうに思ってたの?俺ショック」

「え、だ、だって…」



いじけたように唇を尖らす葵君。

その表情は少し幼く見えて、可愛いと思ってしまった。



「花園さんは俺にお礼する気ないのかー」

「え、あ、あるよ!」

「じゃあいつにする?」



演技派、とでもいうのだろうか。

コロコロと表情が変わる葵君に惑わされるばかりだった。




「い、いつでも…」

「そっか。じゃあ今週の日曜でどう?」

「うん、大丈夫…」

「おっけ。決まり。あ、連絡先教えてよ。練習終わったら連絡するから」

「わかった…」



慣れたように、スムーズに連絡先を聞き出す葵君はやはりモテるのだろう。はい、と返された携帯を握りしめながらそんなことを思った。



「じゃあなー!」



去り際まで爽やかな葵君。




(葵君とデート…)




まさか本当にすることになるとは。もし葵君ファンの女の子達に知られたらどうなってしまうんだろう。考えるだけで顔が青ざめる。




(…もしかしてこれってミツバチの…?)




それともただの偶然?




しかし、棗とはだいぶ態度が違う。そもそも事の始まりは、ぼうっとしていた私に助け船を出してくれたその借りということなのだから、やはりただの偶然なのだろう。




そう思い込んだ方が精神的に楽だし。

どこからか聞こえてくる吹奏楽部の演奏は何だっただろうか。確かあれは何かの舞台に使われていたものだと記憶していたが、それが喜劇だったか悲劇だったのかは覚えてなどいないのだ。







そして早くも訪れた葵君と約束の日。今日まで葵君と出かける約束をしているなどと、誰にも悟られることなく過ごすことができた。ユリカにすら知られていない。学校内では、いたって普通にクラスメイトとしてお互い接していたかいもあって。



(ユリカに知られたら、秒で広まるし)



歩くゴシップともいわれる所以だろう。



「お待たせ」

「あ、お、おはよう…」



そわそわと待ち合わせ場所で待つこと五分。葵君は待ち合わせ時刻ぴったりに姿を現した。少し小走りで、癖毛をぴょんぴょんと揺らして近寄ってくる彼はどこまでも爽やかだ。本当に自分のキャラを徹底しているとつくづく感心する。



「待った?」

「ううん」

「そっか、よかった」



ほっと安堵するような表情をすると、葵君は、私の格好に視線をとどめた。じっと見られていることに気づき、軽く赤面する。



今日はいつもより少しだけおしゃれしてみた。出かけるだけとはいえ、あの葵君と遊びに行くということなので、少しは気合いを入れた。女の子なら誰だってそうするだろう。無難な花柄ワンピースに低いヒールがついた、淡いピンク色のサンダル。葵君の視線に緊張して、私は俯いてしまう。




「今日の花園さん…すごくかわいいね」

「えっ…」



率直に、しかも直球な感想を述べる葵君に感心と、それから喜びを覚えた。




「あ、ありがとう…」

「うん、すごい可愛い!」

「もういいよ…」



そんなに褒められてしまうと、心臓が持たない。言われなれていない言葉はうれしい反面、ドキドキも凄まじいものだと知る。




「こんな可愛い花園さんを連れて歩けるって、俺ラッキーかも」



そう言って、人懐こく笑う葵君。彼が男女問わず人気な理由はここにあるのだろう。素直に思ったことを口にし、人を気持ちよくする術を知っている。彼の甘い言葉に女の子達がメロメロになってしまう気持ちがよくわかる。



(私も気を抜いてしまったら、惚れそうになるもん…)



こんなに優しくて、かっこいい男性は早々いないだろう。




「じゃあ行こうか」

「うん」



すっと葵君は私の隣に並んで、歩みをゆっくりと進めた。葵君は話もとてもうまくて、目的地まで結構な時間だかかったはずなのにあっという間に感じてしまった。本当に見習うべきところばかりだ。




「ごめんな、俺デートとかしたことないから女の子が喜ぶような行先わからなくて」




デート、という単語に一瞬ドキッとする。しかし、私は悟られることなく、申し訳なさそうな顔をする葵君を気遣うように、笑みを向けた。




「いいよ。私、自然好きだし公園をお散歩するのも好きだから」

「私こそ、こっちがお礼をしなくちゃいけないのに、いいアイデア出せなくてごめんね」

「いや、男の俺がもっとリードしなきゃいけないから」




本当どこまでも優しい葵君。

私も男の人と出かける経験なんて、ないに等しいからどこに行こうなんて全く思いつかなかった。でも先ほど言ったように自然は好きだし、なんの目的もなくぶらぶらとお散歩することも好きだ。だから、葵君が自然公園にいかない?と言った時には私はすぐにうなずいた。




「この公園って、動物園とか、水族館とかもあるんだって」

「へえ、そうなんだ。確かにこの公園すごい広いもんね」




恐らく端から端まで行くのに一時間以上はかかるだろう。この公園は都内で一番広大な公園だった。




「でも今日天気よくてよかったね」

「ああ、確かに。サッカー日和だなあ」

「ふふ、休日の事でもサッカーの事考えるんだね」

「あ、ごめん…」



しゅんと落ち込んだ顔を見せる葵君に、私は慌てて首を振った。




「あ、違うの。そこまで夢中になれるものがあるって、とっても素敵な事だと思う」

「そうか…?」

「うん。私ってこれといった趣味とかないからすごく羨ましい」




サッカーをしている葵君は本当に生き生きしていると思う。前に、部活中の葵君を見る機会があったけど、あの時の彼は本当に少年のように目を輝かせてボールを追いかけている彼の姿はとても魅力的だったのを覚えている。






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