『魔術師』と『無能』1
今日は三話投稿予定
ユミが決闘の最後に使った魔術は爆発を生み出すもので、それによって動けなかったユリアは吹き飛ばされて場外へと飛ばされてしまったことにより決闘はユミが勝利した。
それによりユミは少なくないポイントを獲得し、序列も大幅に上昇。
さらには序列上位のユリアに勝った強者であるということと、本人の持ち前の端正な顔立ち、Sクラスへの特待生だったことを含めて一気に有名人になった。
だが、そんな本人以上に注目を集めているのはどう考えても『魔術』の新たな可能性についてだった。
ユミが最後、意図的に『カード』と『発動キー』の二つで実際にそれなりの威力の『魔術』を発動できると証明したことによって、ものすごい勢いでその持ち主たるユミにその力の片鱗を見せてもらおうと殺到したのだ。
しかし、ユミはこれを一蹴。
理由は「やってきた人間がすでに魔術に詳しい人間でないから」だ。
ユミが持っている技術は中途半端な知識しか持たないものに渡しても全く扱えるものではないし、ただ自分がその力を与えるだけでは意味がない。
ユミの目標は『魔術』が使えるものであることの証明と同時に、将来的には自分やこの発明をしたジジイクラスの魔術への探求者の誕生を促すことだ。
それが、多くの人間はただ「金を出すからその兵器を寄越せ」と喚いていただけだったのだ。
腹立たしいにも程があるし、現段階でこの『魔術カード』とも呼ぶべき画期的なものを生み出せるのはユミだけなのだから、そんな大勢に出すことなんて心理的事情だけでなく物理的にも不可能だ。
それゆえ、その技術が欲しいと言ってきた現段階でのアホどもには課題を出して追い返していた。
ちなみにその課題、ユミからしてみればこれくらい出来なければ話についてくることなどどだい無理なレベルのギリギリなところであったのだが、これを解決するのに多くの人間がこれから挫折と奮起を繰り返してなんとなか理解するのに早い人物で10年はかかることになるのだが、この時の世間知らずなユミはそんなことになるとはつゆほども思わなかったのであった。
「『英雄の翔靴』一式・解」
「なっ!? 消えくぼぁ!?!?」
ユミの靴が光った瞬間には対戦相手が蹴飛ばされて場外へと飛ばされていた。
そして勝者のコールが告げられると観戦していた人たちがざわめく。
『スゲェ、あいつまた勝ったぞ』
『実際あの靴が光ったらヤバイ』
『今回の相手学内序列500位代だったよな?』
『ああ、でも未だに最初の決闘で使った技しか使ってないからな。底が見えねえよ』
『『『『『キャー! ユミくん付き合ってー!』』』』』
『『『『『ケッ、イケメン死ネ!』』』』』
そんな言葉を置き去りにしてユミはステージを降りると、すぐに演習場を飛び出した。
学園に入学してから一週間。
最近ユミはふらふらとある目的のために校内を見て回っていたのだが、ユミの技術を欲しがるバカどもの他に、「生意気な『魔術師』を叩き潰せ!」みたいなノリの相手に決闘を申し込まれていて、ポイント獲得のチャンスを無下にもできずに時間を取られていたのだ。
しかし、流石に何度も邪魔をされるとなかなか目的に合う行動をすることもできないので、一応対策を立ててきた。
そそくさと誰もいないところまで『英雄の翔靴』を使ってまで移動してきたユミは一度周り見渡して誰もいないことを確認すると、緑色のカードを取り出す。
今回も何もないところから取り出したように見えたが、実は何もないわけではなく秘密はユミの両腕の三つのリングが重なったようなブレスレットにある。
ユミが身につけているこのブレスレットは実は亜空間に繋がる魔術が込められており、その中に多くの武器や食料、その他服やタオルなどが収納されているのだ。
これはかの老人が友人から教えてもらった『まじっくばっく』なるものを参考にして作ったもので、名前は『マジックブレスレット』となっている。実に安直だである。
しかし念じるだけで欲しいものが出せたりと便利なので、ユミは両腕に装着している。
「『インビジブル』」
取り出したカードを胸の前に持ってきたユミがそう呟くと、声による発動キーで魔術陣が起動して、ユミの姿がその場から消える。
これは特殊な風を纏うことによって他者から姿を見えなくする魔術で、この魔術のいいところは魔力も感知されにくくなるために非常に隠密性に優れているのだ。
「ユミさまぁ~どこですかぁ~」
「……」
……例え、初めて自分の力の片鱗を見せて以降、なんだか自分が非常にむず痒くなるような尊敬とそれ以上の何かを込めた目で見てくるようになったユリアでも、あっさりと通り過ぎていくような隠密性なのである。
「さて、これでようやくゆっくりと探せる」
ユミは実際に効果があることをちゃんと確認できたので、学園内を歩き始めた。
ユミの目的だが簡単にいえば魔力を持たない特殊体質な刀使いの少女、ミヤビの捜索だ。
実のところ、ユミはあの少女のことをかなり高く評価していた。
それどころか、この学園に入ってからは余計にミヤビの評価を高める結果になっていた。
理由はここ最近決闘を幾度としていくことで、一番最初に見たミヤビの刀さばきが一番綺麗だと思ったから。
儀式的なものであるなら一番最初に戦ったユリアも綺麗な剣筋だったし、ユリア以上の序列の人間もそれぞれの武器を非常にうまく扱っていたのは事実だ。
(──でもそれでも彼女には敵わない)
あの実践的で無駄のない動きは様々な武器を扱えるようになろうと必死に訓練したユミからして見ても、到底かなわないのではと思わせるほどの迫力があった。
所詮ユミは『魔術師』であるからそれは仕方のないこととも言えるのだが──
(……なんか、彼女の剣は命を燃やしているようなところがあったんだよなぁ)
その全てを捧げているかのような動きに、どこかあの人物を重ねてしまっているのかもしれないと思ったユミは苦笑しながら学園内を歩く。
「とはいえ、当てなく探すのはなぁ」
歩いてはいるものの、この後どうするのかというのをユミは考えていなかった。
学園は広大な土地を使っている。
そのほとんどが演習場なのだが、その演習場は何も闘技場のような場所だけではない。
例えばここ第九学園は緑が多いのだが、これは景観を意識しているわけではなく、『冥途の森』が近くにあるために、森での生活に慣れようといった実践的な目的を持って作られている。
他にも湿地帯のような場所もあれば、逆に爽やかな草原のような場所もある。
これはそれぞれで環境がガラリと変わる瘴魔領域にちゃんと対応出来るようにするための探索者育成学園、ひいては探索者育成機関の対策だ。
ユミとしては瘴魔領域の存在意義をなんとなく知っているだけに、これだけ必死になって攻略しようとしている探索者育成機関には苦笑してしまう部分もあるのだが。
そんなことを頭の片隅に考えながら、探し人についての情報は何かないものかというところで、後方からこんな声が聞こえてきた。
「おい、あの『無能』が序列482位のクリストファー・ロウと闘うみたいだぜ!」
「お?今日こそはあのムカつく『無能』の野郎の敗北する様を見れるかな?」
「第8演習場だってよ! 早く行くぞ!」
「おう!」
そう言って男たちは見えないユミを追い越していく。
(──『無能』か……もしかしたら……)
なんとなく探し人の特徴を言っているような気がしたユミはふらりと自分も第8演習場へと足を運ぶのだった。
「ここか……」
やってきた第8演習場。
簡潔にいうと、ユミの直感のようなものは正解だった。
『無能』と呼ばれる人物が戦う場所に向かうと、そこにはひどいブーイングを受ける刀使いの少女の姿があったからだ。
(相変わらず魔力はない。しかし──)
ユミは周りに意識を向ける。
「死に晒せぇ!」
「無能が!」
「落ちこぼれの分際で調子になんじゃねぇ!」
後方からステージを見つめるユミの視界にはこのような暴言を吐く生徒たちが男女問わず多数いた。
(……こうも容易く人は他人を罵倒することが出来るのか……なんというか、悲しいな……)
この完全アウェーな状況はユミからしてみればかなり不快なものなのだ。
自分自身もかつて聖具の扱いをうまく出来ずに苦しい思いをして逃げ出してしまった経験がある。
それだけに、そんな中で魔力を持たない、本当にある意味では『無能』な彼女は今どんな顔をしているのだろうか。
そんな風に気になって、ユミは『マジックリング』から久しぶりに眼鏡を取り出して、それをかけた。
ユミがかけた黒縁メガネは特殊な機能がいくつも付いている、遠視や魔力反応に関しての透過機能、他にも見ているものの倍率を大きくする機能やレンズが曇りにくくなる機能までなんでもござれだ。
今回使うのは遠視である。
ユミの位置からは遠いので、この機能で今戦闘に入ろうとしているミヤビの表情を確認する。
「──ッ!?」
そして驚いた。
今ミヤビに見えないはずの自分の存在を確認された気がしたのだ。
そのことに驚くと同時に、それだけではなくそのユミを見ている目が、この自分に対して圧倒的なアウェー感の中でまるで屈していないのだ。
(君は一体、どれだけ強いのだろうか……)
初めてあった時に、自分がやられた魔獣についての情報をすぐさま聞いてきたことといい、今ミヤビがしている「何にも屈することはない」という意思のこもった瞳をしていることといい。
ユミはなんだか、あの普段はおどおどしている少女のことが、心の底から恐ろしく感じてしまった。
そんなユミの気持ちなど関係ないとばかりに、『無能』の試合が始まった。
***
(……あれは)
決闘を申し込まれて対戦することになったステージの上で、ふと、誰かに静かに観察されているような感覚を覚えたミヤビはその視線のする方へと意識を向けてみると、そこには何もなかった。
(……でも、いる)
自分でもわからないが、”いる”という感覚がある。
こういった感覚は自分が『無能』であるために身につけたもので、それ故によく当たる。
だからかなりの違和感を感じるわけだが──
「今日こそはぼくの手によって『無能』である矮小な君に敗北をプレゼントしてあげよう!」
そう、今は戦いが始まる前の段階。
余計なことに気を配るわけにわいかないのだ。
(……クリストファー・ロウ。性別男の2年Bクラスで学内序列482位。短剣使いで体にいくつもの仕込みナイフを用意しており、その立ち居振る舞いから感じる礼儀正しさと異なり繰り出す攻撃は狡猾にして残虐)
魔力を持たない『無能』であるミヤビは彼女ができる全てのことをしており、この情報収集もその一環の1つだ。
彼女の頭の中には学内序列1000位以上の人間と、そのほか新しく入ってきた中で強者になりそうな人物のデータが頭の中に入っており、そこから対策を立てるのである。
そうしてどのように行動するかを相手の煽りや周りのブーイングを無視して思考をまとめたところで、試合が開始される。
「ほら行くぞ!」
クリストファーはいきなりナイフを三本投擲すると自身もミヤビに突進していく。
それに対してミヤビは無駄なくナイフを受け流して回避し、その後も下がりながらクリストファーをうまく近づけさせないよう目や手首などの箇所を狙いながらうまくいなしていく。
外から見てみれば攻めるクリストファーと守るミヤビと言った光景だ。
これはミヤビの試合では基本的にずっとそうである。
しかし、ミヤビの戦い方はここから本領を発揮する。
「っ!?」
クリストファーの顔に驚きの色が出る。
それも無理からぬことだろうここまで下がっていたミヤビがその場にとどまって攻撃をいなし始めたのだ。
それはこの何時間で相手の攻撃のリズムや呼吸、威力に角度などをある程度把握したことを意味している。
その驚くべき行為をした少女はその目にただ1つの感情を乗せていた。
(……私は負けられない)
自分が夢見たことを実現するために。
(……私は絶対に『探索者』になってみせる!)
ここから、ミヤビの攻勢が始まった。