学園生活初日3
『魔術師』とはこの世界では罵倒の言葉で使われる。
理由はごくごく単純で、『魔術』がまるで実用性がないからだ。
この世界において『魔術』は魔術陣を描き、それに少なくない魔力を長時間注ぎ込んで、ようやっとそれなりの威力を発揮できるというのが常識だ。
ざっくり言えば、『魔術』は『遅くて』『使い勝手が悪くて』『燃費も悪くて』『弱い』のだ。
まあ、『弱い』と思われるようになった原因が『聖具』と呼ばれる魔術を容易に断ち切ってしまう力を秘めた道具の発見にあり、『使い勝手が悪い』というのもここ最近徐々に現れ始めた『魔法使い』たちの誕生によるものだ。
だから、それはある意味では時代の流れで、もっといえば自然淘汰の1つと言えよう。
だからこそ、今の世界では『魔術師』はそう書いて『役立たず』と呼ぶくらい、程度の低い存在なのだ。
ゆえに、対戦相手であるユリアや審判のミミ、そしてこの決闘を見ている生徒たちはユミの発言に訳が分からず固まってしまった。
「い、今あなた……ま、『魔術師』と言いましたの? 役立たずの?」
「ああ、僕がここに来たのはその『魔術師』の評価を覆すためってのもある」
ユミが森に入る前から『魔術師=役立たず』の図式は存在していた。
事実自分もそうだと思っていたし、その後に出会ったあの忌々しくも尊敬できるジジイに常識を完全に覆された経験は忘れていなかった。
(──だから、僕はあの人に恩返しするんだ)
「ここからは『魔術師』の独壇場だ。せいぜい長い間堪えてくれよ!」
その言葉とともに『魔術師』としてのユミの攻撃が始まった。
まず現れたのは先ほどナイフを持つ前まで装備していたクロスボウ。
それに先ほどと同じように白いカードを貼り付けようとする。
「させませんわ!」
一般的な常識から考えればわけのわからない発言に戸惑っていたユリアだったが、そこは実力者の1人であるのか、すぐさまあの攻撃はさせないとばかりに行動を起こす。
『おおっ!?』
『速え!』
『さっきの倍以上じゃない!?』
ギャラリーが驚く通り、重りを外したユリアは先ほどとは比べ物のないくらいの速度でユミに突っ込む。
普通の人間であればこれだけのスピードの落差であっさりとやられただろう。
だが、ユミは普通ではない。
「シッ!」
ユリアの刺突をごくわずかなサイドステップで回避して、さらに距離を離そうとする。
だが、ユリアも食い下がる。
(一瞬でも距離を取られれば、あの光の矢が飛んできますからね! そう簡単にはやらせませんわ!)
心の中の決意の通りに、ユリアは宝剣による連続刺突攻撃を繰り出す。
ユミの動きをしっかりと捉えて、絶え間なく、それでいて若干の緩急を織り交ぜながら放たれるそれは、先ほどの華麗な剣技とは違い苛烈であるものの、流麗で美しい。
その圧巻の連続攻撃を見て、ギャラリーが「おおっ」と感嘆の声を漏らすのも頷けるほどの剣さばきだ。
しかし、ユミはここからは魔術師の独壇場だといった。
ユミはしっかりと高速で動くユリアを視界に捉えながら、言葉を紡ぐ。
「──『英雄の翔靴』一式・解」
その言葉によってユミが履いていたレザーブーツの足元にうっすらと緑色の幾何学模様が輝く。
(なんのつもりかしら? よくわからないけれど、この相手はここまで常に予想外でありながらも最善の行動を選んできた! だから、やらせるわけにわいきませんわ!)
確かに自分の家のランプなどの生活器具で見たことがあるような、それでいてそれよりも遥かに洗練されて美しく光る不思議なそれに意識を一瞬持っていかれるも、ユリアはすぐに思考を断ち切って、相手に技を発動させないように、ここが勝負所と自身の右手に持つ宝剣に意識を集中させる。
するとどうだろうか、宝剣はその表面に聖なる力がどんどん宿っていき、気がつけば光の刃で出来た大剣の様になっていた。
実は『重鈍聖鉛』は重いだけではなく、その物も重さにくわえて近くにあるものの聖力自体も吸収してさらに重くなっていくという性質がある。
それゆえ、そんなものを身につけて行動すると、常に自分の体内にある聖力=魔力が吸収されて、制限されるようになるのだ。
だからこそ、『重鈍』という言葉が付いているのである。
そんな鉛で出来た重い鎖の拘束から解き放たれたユリアの魔力は学生の中でも上位クラスであり、それを聖具につぎ込むと、それだけで聖なる光の剣を生み出せるのだ。
この技術のことを『神気解放』と言い、並大抵の努力でこれをできるものはいない天才をのぞいて存在しない。
それゆえ、その技に大抵の人間が誇りを持ってそれぞれの『神気解放』に名前を付ける。
そしてユリアの『神気解放』の技の名前は──
「──『断罪の閃剣』!」
光の大剣による刺突がユミの首を刎ねんと迫る。
それは自分は歯向った罪人への裁きの剣撃。
これまで戦ってきた同級生の中で、なぎ払いでさえこれを躱すことが出来たのはごくわずかの必殺剣は──
ブオォォンッ!
「なっ!?」
──誰もいない場所を通り過ぎて見事に空振りした。
そして、
「後ろだよ」
「しまっ──」
気がつけば後ろにいたユミにユリアは蹴飛ばされていた。
攻撃直後の完全な隙をついたその蹴りは見事に背中にヒットして、ユリアはものの見事にステージを転がる。
「くぅ……」
なんとかステージギリギリで踏みとどまるものの、想像以上の蹴りの威力に肺の中の空気が全て抜けて呼吸困難に陥ったユリアの身体は言うことを聞かず、立ち上がることを許さない。
そんなすでに戦闘不能に近いユリアに対してユミは告げる。
「『魔術』はかつてその発動の遅さがネックとなっていた。それでいて弱いというのだから、まあどう考えても『聖具』の前には役立たずだよ」
そう、それはこの世界が『魔術』から『聖具』へと武器を変化させていったことからも事実だ。
「──でも、そこで『魔術』の開発をやめてしまったのは実に早計なことだったんだよ」
「……な、なに……が…………」
「魔術の発動に時間がかかってしまうのは魔術陣に魔力を込めるのに時間がかかってしまうから。
それなら『あらかじめ魔術陣に魔力を込めておけばそれは解決できる』と考えることは出来ないかな?」
「「「「「──ッ!?」」」」」
ユミの言葉にその場にいた全員が驚く。
それは実に単純で、しかし先により便利なものが生まれてきてしまったが故に誰も今まで気がつかなかった事。
よく考えれば当然のことで、しかし誰もが気がつくことなく通り過ぎたヒラメキだった。
ユミも、自分も『魔術師』のイメージがあったため気づかなかったから、みんなの反応を見て心の中で「うんうんそうだよねー」と頷く。
「みんなも気が付かなかったよね。
──でも現実にはそう考えた人間がちゃんと存在したんだ」
ユミは語る。
「彼はその後、研究によって魔術陣に魔力を込めたままの状態を維持する仕組みを作り出し、さらに彼は魔術陣に『発動キー』となるものを設定することによって、その『発動キー』を満たした時のみ魔術陣の効果が発動されるように魔術陣を書き換えて、魔術を込めた札を作り出した」
例えばユミがこの決闘での攻撃において最初に使った光の矢はクロスボウに魔術の込められた『札をセットする』という行為が発動キーになっており。
ユミがユリアの光の大剣を回避したときにこの広場においてほとんどの生徒が見失う事態になった原因となる『英雄の翔靴』に関しては、『声』を発動キーにすることによって自身の靴の裏に風の奔流を生み出すことで速度を上昇させたりしていたのだ。
『声』や『一つの行為』をするだけで魔術が発動できること、それはすなわち──
「──これがあれば、『魔術師』が『速さ』に遅れることはなく、それどころか近接戦闘がメインの『聖具』に対して、光の矢のように遠距離から攻撃することができる」
そしてそれは、ここまでの決闘でのユミが発動したもの全てで、れっきとした事実であると証明していた。
「だから、もう『魔術師」なんて言わせないよ」
そう言って赤いカードを一枚出して、この決闘内での最後の言葉を紡いだ。
「『エクスプロージョン』」
とりあえず二時間更新はここまでです